むくつけき乱入者

メリアンは大丈夫というように指で丸を作り、ティアレアの手を借りて立ち上がり、目の前にある椅子をすすめた。


「ティアレアも記憶がないんだものね。気持ちはわかるわ」

「……えっと」

「わたくしのことばかりお願いして申し訳なかったわ。貴女の気持ちも考えずに、ごめんなさいね」

「う、ううん、別に…それは、いいわ」


 でも、やっぱりここにいたいのだ、と潤んだ瞳でメリアンを見てくるティアレアは子供のようだ。誰かに依存しなければ生きていけないか弱い存在。記憶もなく、知り合いもなく、良かれと思って使った魔法は世界を消した。それは、誰でもトラウマになりそうだ。


 それでも。


「ね、ティアレアも、元いた場所に帰りたいのよね。あのね、わたくしの考えでは、貴女が空から降りてくるときに浮かんでいた魔法陣が鍵だと思っているのよ」

「魔法陣……」

「ええ。大きな大きな魔法陣。それが空に浮かんでね、貴女が降りてきたの。だからね、その魔法陣さえわかれば、貴女を元いた場所に送り返す方法もわかるかも知れないの」

「本当?」

「ええ。だけどそれには貴女の協力が必要なのよ。わかる?」


 ティアレアは神妙な顔で頷く。


「もう一度、わたくしは死ななければならないの」

「それは嫌!」

「聞いて、ティアレア。貴女は初めからの記憶を持っているでしょ?わたくしも同じように持っている。だから今回死んだとしても、時間が巻き戻って貴女が降りてくるところになるんだけど、その時も貴女もわたくしもお互いを覚えていると思うの」

「あ……」

「だから、一緒に魔法陣を覚えていてほしいのよ。そうすれば貴女を送り返すことができるかも知れない」

「……もし、出来なかったら?」

「もし、出来なかったら。また一緒に協力して他の方法を考えましょう?」

「一緒に?」

「そうよ。一緒に。だから貴女は一人じゃないの。わたくしが貴女を覚えてる」

「一人じゃない…貴女が、あたしを覚えてる」

「そう。だってわたくし達、何度も同じ経験しているのを共有しているでしょう。何度逆戻りしてもいつも貴女を覚えているわ」

「……うん。あたしも貴女を覚えてる」

「協力、してくれる?」

「……うん、わかった」


 ひとまず前進したことにメリアンはそっと息を吐き出す。酷なことを頼んでいるのは、話してみて気がついた。あんな酷い事をしたくはなかったと言ったのだ。そのつもりはなく、恐ろしい思いをして、そして全てを消し去った。それをまたお願いするのは確かにひどいことだ。


「あのね。ティアレアがわたくしを殺したくない、というのならわたくしは他の方法をとるから、大丈夫よ?」

「他の方法?」

「ええ、事故であれ、なんであれ。わたくしが死ねばやり直しになるの。だから、最悪自殺でも問題ないわけだし」


 そこで笑って、ふと考えた。


『正しい道を選びなさい』


 つまり、正しい道を選ばなければ死に戻るという事だけど。自殺しても大丈夫、なのかしら?と。


 今現在の地点で、メリアンはまだ生きている。つまりここまでは正しい道を選んでいるということ。で、自殺を選んだとする。もしもそれが正しい道で、メリアンが死ぬことによって未来が変わるのだとしたら。


「……あら?」


 もしもこの地点で死ぬという選択が正しかったのなら?


 ――もしかしてわたくし、もう蘇らないかも知れない?


 なんかまずいような気がする、とメリアンは表情を固くした。


「ちょっと待っててくださる?一つ、確認することができたわ」

「うん?」

「お茶を持ってくるから……。お菓子も食べるわよね?」

「うんっ!食べたい!赤くて甘いのがいい!」


 赤くて甘い?イチゴか、さくらんぼかしら。それともタルト?


 じゃあ、ちょっと待っててね、とメリアンはそそくさと黒部屋を出た。部屋を出ると、おそらくこちらの様子を伺っていたのであろうジャックが心配そうに隣の部屋から顔を出した。メリアンは軽く手を振りジャックに真っ直ぐ向かっていく。


 ジャックがホッとしたような顔をして軽く微笑むのを見て、どきりとした。


 もし、が正しい道ならば。


 メリアンの時間は戻らず、話は進んでいくかも知れない。そもそも、ティアレアを元に戻すのが最善と考えていたのはメリアン達であって、女神ではない。女神が何を持って正しい道を選べと言ったのか、本当のところわからないのだから。


 もしかしたらメリアンは死ぬ運命にあって。二度とジャックに会えなくなるかも知れないのだ。


 せっかく、お友達になったのに。


 もっと魔法が学べると思ったのに。


 嫌だ、と思った。


 死にたくないと。


 でもそれは、ティアレアにお願いしたのと同じことで。


 本人に向かって、結局のところ、貴女はこの世界の人間じゃないのだから死んでくれと。元の世界に戻ってくれとお願いしたのだ。なんて自分勝手な願いなのか。ここに来たのは、ティアレアのせいじゃないのに。



「ジャック」


 ジャックに手を伸ばしかけたその時。



「メリアーーンーーッッ!!この阿婆擦れがァッーーー!!」



 聞き慣れた罵声に振り返ると、聖騎士の白い制服を血で真っ赤に染めたジョセフがいた。


 血走った目で、引き攣った笑みを浮かべながら、剣を振り上げて迫ってきたのだ。


 ジョセフは聖騎士だ。聖魔法を使いこなし、剣も騎士ほどに強いのだろう。迫り来るスピードは風に乗り、対応ができずに、身体強化をかけ腕でその剣を受けようと構えたが、その前にガキン、と音がしてジョセフの剣が弾かれた。勢いに乗っていたせいで、弾かれた剣ごと壁に激突した。


 ジャックが結界魔法を放ったのだ。ゆらりとジャックの魔力が蜃気楼のように揺れた。


「ジョセフ」


 名を呼ばれたジョセフは立ち上がり、痺れた右手から剣を放し左手に持ち直した。


「貴様、ここを王家を守る魔導宮だと知っての狼藉か。この宮で無駄な血を流すことは禁じられているぞ」

「やかましい!この盗人が!」

「盗人?なんの話だ」

「俺の!女に!手を出した犬は!死ねぇーーーっ!!」


 がむしゃらに聖魔力を纏った剣を振り回し襲い掛かるジョセフを、ジャックは魔力で作った魔剣で容易く受け止め流していく。メリアンは愕然としながらジョセフを見る。


 あの男は、一体なにを言っているのだろうか。

 その制服についた血は、誰のものなのか。自分のものか、他人を斬ってきたのか。

 まさか魔導宮の門番やら魔道士達を斬り放ってきたのか。


 なぜ、わたくしに斬りかかったのか。


「ジョセフ!やめなさい!ばか!貴方、なにをしているのかわかっているの!?」


 神殿を守る聖騎士が、国を守る魔導士に、ジャックに切り掛かるなんて!


「はっ!知りたいか!メリアン!俺は、たった今、!教皇を殺してきたところなんだよ!!嬉しいだろォ!?お前、あいつのこと嫌いだったもんなぁ!」

「……は?」


 ジャックも目を見開いてジョセフを見直した。


「あいつはなぁ!お前が欲しくて欲しくて、喉から手が出るほど欲していたんだよなぁ!俺を婚約者に立てて変な虫がつかないようにしてよ、あと少しでお前を俺の物にできるってとこまで来て、いきなり婚約は解消にするって、バカにしやがったんだ!俺が邪魔になったからって!この俺を殺そうとしたから、こっちから首を切り落としてやったよ!ははぁっ!!!ザマーミロってんだ!」


 耳鳴りがした。教皇を殺したと、ジョセフが。


 なんてことを。


 なんてこと。


 待って。


 婚約を解消させるって言ったの?


 あの教皇が?


 だから、殺した?


 婚約解消の書類を通す前に?


「なんで解消に応じなかったのよっ!」


 カッとなったメリアンは冷静さを失った。悪い癖だ。怒りに任せてつい口が滑る。


「な。なんで、だと!?」

「貴方だって、わたくしのこと殺したい程嫌っていたじゃないの!解消できて万々歳だったでしょう!なんで、ちゃんと書類に残す前に斬り払ったのよ!!」


 ジョセフは愕然とした顔でメリアンを見つめた。


「こ、殺したいほど嫌ってた……?」


「こっちはねぇっ!を潰そうと証拠集めに奔走して、何度死んだと思ってんのよ!ふざけんじゃないわよ!あの男はね、一思いに殺していい男じゃなかったのよ!わたくしの記憶の行方だってあの男が握っていたかも知れなかったのに!じわじわと苦しめて社会的抹殺をするつもりだったのに!なにがわたくしが欲しいよ!そんな物、あの男が興味あるわけないじゃないの!欲しかったのは名声と権力と富!わたくしが目の上のたんこぶだっただけよ!」

「な、なんだとっ!?」

「せっかく婚約解消して自由になれるところだったのに!殺してどうするのよ!」

「お、お前!お前も婚約解消を狙っていたのか……っ!!」


 ブワッとジョセフの魔力が膨れ上がる。


 メリアンがしまったと我に戻った時には、ジョセフは怒りで顔が破裂するのではないかと思うほど真っ赤になり、彼の持つ聖騎士の剣は、血の色も相待って真っ赤に染まった。


「……お前は、俺の物だ。絶対解消なんかしない!お前を手に入れて最後に笑うのは俺なんだぁぁぁ!!」


「メリアン!」


 ジャックが慌てて結界強固の魔法を投げ打ったが、聖魔法の前に相殺されてしまう。


 次の瞬間、ジョセフの血に染まった剣から放たれた攻撃聖魔法はメリアンに向かって放たれていた。


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