初恋は手の届かないところにいた(ジャック視点)

 子供の頃、俺は魔導士の両親と旅を続けていて、俺が物心がつくかつかないかの頃この国に籍を置いた。


 この国は他国より恐ろしく魔法の発展が遅く、何かにつけて神頼りにしていた。怪我も病気も祈祷で治し、魔法は生活魔法で使う程度だった。両親は、地道に魔法で怪我を治す方法を教えたり、生活を楽にする魔道具を作ったりして生計を立て始めた。


 俺たちは平民の間で有名なり、お金を持っていない為神殿にお布施が払えず、怪我すら治せなかった貧民たちからも重宝がられた。そのうちそれが国王の耳に入り、神殿の顔色を伺うばかりの国が変わり始めた。


 神殿を使わなくても怪我の治療ができる魔法使いが増え、さまざまな魔道具を提供することで国民の生活は格段に良くなった。


 面白くなかったのは神殿側で、訳のわからない規約を作り上げ、みだりに魔法を使ってはならないだの、神の赦しを得る前に治療を施してはならないだのと言い出した。甘い汁を吸い続けて肥えた教皇が、国政に首を突っ込むのをよしとしなかった王は、両親を長として魔導士団を作り上げた。平民だろうが貧民だろうが貴族だろうが、魔力の多い人間を集め、魔導士団は国を守るため、神殿と相反する立場に立った。ただ、貴族はしがらみに囚われると言うことで両親は爵位を拒み、王宮魔導士団は貴族とは違う特権を持った。


 そんな忙しい両親を助けるため、俺も勿論、市井で困っている子供や怪我人を診て歩いていた時、銀色のふわふわした髪の毛をした女の子に出会った。風魔法を使って、老婆の荷物を運んでいたのだ。


「こうやってね、紐を結んでおけば勝手に飛んで行っちゃったりしないでしょ。風魔法の陣はね、こうやって結ぶのよ。ほら、簡単でしょ?」

「ああ、ほんとだね。メリーちゃんありがとうよ」

「どういたしまして!」


 にっこり笑顔で老婆と別れて、風を纏い駆け抜けていく。クルクルの銀髪が風に舞ってまるで風の妖精のようだった。生活魔法は比較的簡単な魔法で、特に知識は必要としないが、いかに有効に使うかはその人の想像力で変わってくる。荷物を軽くするために風魔法を使う方法は大国では使われていたが、この国では初めて見たため俺は感心した。どうやって勉強したんだろうと不思議に思ったのが最初だった。


「メリーちゃん」と呼ばれたその女の子は、それからも毎日のように見かけ、あちこちで愛らしい笑顔を振りまいていた。転んだ子供を起こして、怪我の治療をしているのを見た時は素直に驚いた。


「風魔法だけじゃなかった」


 魔法は、魔力と相性が合えばどの属性でも使える、というのは自論ではあるが、大抵の人は〇〇属性という言い方に拘りを持つ。その思い込みの所為で、使えるはずの魔法が使えないと言う羽目になる。よく目にした貴族の偉い様方は「息子が三属性の魔法の使い手」だから王宮の魔導士団に勤める事になると思うとか、「うちの娘は属性は一つだが稀なる光魔法を使うことができる」から神殿に聖女として遣わす、とか言っていた。


 わかってねえな、馬鹿じゃん。と内心嘲りながら、聞き流していた。この国はまだまだ貴族の力が強い。俺は一応平民としてこの国に籍を置いたから大きな顔はできないし、まだ表立って騒ぐ時ではないと沈黙を貫いた。


「風を司るシルフの精よ、我が願いを聞き給え」と始まる魔法に思わず吹き出しそうになった時、近くで同じように吹き出した声を聞いて、振り向いた。


「ぶぷぷー!バカねえ。見えもしない何とかの精にお願いして、何の魔法を使うつもりなのかしら?」


 銀髪の妖精メリーちゃんだった。


「魔法はね、古代語と魔法陣で使うものなのよ。見えもしない精霊とかにお願いしてたら、日が暮れちゃうわ」


 大人相手にはっきり物を申すその姿に俺は目を見張った。銀髪の妖精は、小さいながらも簡単な魔法陣を宙に描く。


「これが魔法陣。外の陣は結界を組み立てるもの、中の陣と外の陣の間には、時間や場所、条件を指定して、それに自分の魔力を流して、この魔法陣が誰のものか示すのよ」


 大雑把だが、基本は正しい。魔力で綺麗な円を描き、古代アルヴィン語を書いていく古い方式だ。きっと古書を読み漁って自分なりに理解したのだろう。俺は、ワクワクして思わず口を挟んでしまった。


「今はもうその古代語は使わないで、ダール語を使うんだ。簡略化された魔法陣特有の言語で効率は上がるし、魔力量も少なくて済むよ」


 銀髪の妖精は、驚いた顔をして俺を見上げた。夜空ラズリのような深い青い瞳は知的で奥が深い。まるで遥か古代の知識を秘めているような色合いに、俺はらしくもなく引き込まれた。


「あなた誰?」

「俺?俺はジャック。君は?」

「メリーよ。それより、ダール語って?」

「魔法大国の言語だよ。ここより遥か南の大陸にある」

「魔法大国!あなた、外から来たのね?」

「まあね。でも内緒だよ」

「そうなの?どうして?亡命でもしたの?」


 俺より小さいくせに随分な言葉を知っている事に驚いた。あどけなく、でも貪欲に知識を欲しているその子に俺はダール語の基礎を教えてあげた。


 来る日も来る日も、メリーは俺を探しては新しい魔法陣を教えて欲しいとせがんで来て、俺もいい気になって色々教えた。6歳になったばかりだというメリーは頑張り屋で賢くて、簡単な魔法陣なら数回練習しただけで使えるようになり、俺は楽しくて、魔法陣の作り方まで教えてしまった。


 それからメリーは、独自に魔法を作り出して新しい魔法陣も描き始めた。これには流石の俺も慌てて、人前で新しい魔法を使ってはダメだと注意した。全く新しい魔法を作り上げる事によって、意図しないところで利用されたり、国際法に引っかかったりするからだ。勿論、この国には魔法が普及されていなかったせいもあって、国際法について知っている人は少ないようだった。


 メリーはあっさりわかったわ、と頷き「神殿がうるさいものね」と付け加えた。


「どうして神殿が?」


 俺がそう聞くと、メリーは大人がするように首をすくめて苦笑いを作った。


「儲けが少なくなるからよ。教皇様はガメツイのよ」


 まさか6歳の子供からそんな言葉が出てくるとは思いもしなかった。


「神殿はね、弱い人たちからお金をせしめとってシフクとやらを肥しているのよ。そう言う人をガメツイって言うんですって」

「そ、そうなの?」

「そうよ。城下町にはパン屋のお婆さんや、靴屋のおじさんが一生懸命働いているでしょう?その人たちが一生懸命働いたお金を取り上げて「神の御加護を」とか言って祈るの。でもね、祈ったところで神様に届いていないんだもの。全部嘘っぱちなの」

「そんなこと言ったら、神殿の人に怒られるよ?」

「だって本当のことなんだもの。大きな作り物の神像は一度だって神様の神気も降りたこともないくせに「ああ神よ」とか「おお、神託が」とか言っちゃって、笑っちゃうわ」


 そう言ってププっと吹き出して小さな両手で口を塞ぐ。

 メリーの言い分を聞いていると、彼女はまるで神様が見えているかのようだ。


「それじゃあ君には神様がいるかいないかわかるんだ?」

「神様はあった事ないから知らないけど、ここにはいないのよ。神気がないもの」

「でも神殿はそのためにあるんだよ?天のずっと上からこちらを見下ろしてるっていうよ?」

「あのね。聖魔法とかって特別とかいうじゃない?でも、構築も使う魔力も普通の魔力と同じ。神様はこの星を作ったのかも知れないけど、私たちが住み着いちゃって、神様は私たちに追い出されちゃったのよ」

「ええ?」

「大工さんは私たちのために家を建てるでしょ?でもその家に誰かが住み始めたら、大工さんはそこには住めないし、他に家を建て始めるでしょう?だから神様も同じ。この星を作ったのは神様かもしれないけど、私たちが住み始めたから、きっと他にも世界を作り始めてるんだと思うの。いちいち、私たちがどう暮らしているかなんて、覗き見するわけないじゃない」


 一体この国のどこに住んだらこんな考え方になるんだ?と俺は首を傾げた。魔法の世界には宇宙論や世界論、パラドックスが存在する。時系列論やパラレルワールドなど結論の出せない討論も魔法王国ではよくある話だが、こんな魔法の使い方もわかっていないような辺境の国でこの考え方は異端だった。


「面白い論理だね」

「うふふ!でしょう?私が言いたいのはね、大きな顔して神様と繋がってます〜!みたいなことを言って、みんなを騙してる神殿が嫌いなのよ」

「騙してるか。でもみんな自分から神殿にお祈りに行くだろ?」


 メリーは、俺の顔を見て、はあ、とため息をつく。頭を左右に振り、わかってないわねと呆れた顔をした。


「騙されてるからよ。残念ながら芥子粒ほどのわたしたちは騙されてる事にも気が付かず、神殿にお金を出して怪我を治してもらったり、病気を治してもらったりしてると思い込んでるの。でもね、あの人たちがやってるのは、治癒魔法と同じでしょう?私だってできるのに、みんなを治療すると怒るのよ」

「怒られたんだ?」


 俺もメリーの考えにはほぼ同感だけど、極力神殿とは問題を起こすなと言われている。メリーは子供で立ち回りが上手くできていないから、真正面から神殿に刃向かおうとしているようで、顔を歪め口を尖らせ頷いた。


「この国には貧民街があるでしょう?あそこにいる人たちは、実はみんな魔法がとっても上手なの。私が最初に魔法を学んだのもそこなのよ。だけど神殿に逆らったせいで、仕事も家も取り上げられてしまったのですって。もっと魔法が自由に使えるようになれば、あんなところで暮らさなくてもいいのに、神殿には誰も文句を言えないの。病気や怪我を治してもらえなくなるから。私は……子供だから何の力もなくて、助けてあげられないし、お父様もお母様も神殿といざこざを起こすのはよくないっていうの」


 お父様、お母様。メリーは貴族の子供だったんだ。よく見れば、着ているワンピースも簡素なものだけど、平民の服より質のいいものだし、履いている靴もいいものだった。


「メリーは魔導士になりたいとは思わないの?」

「……なりたいけど無理なのよ」

「なんで?女の子だから?この国では女の子は仕事をしちゃいけないの?」

「そうじゃないけど……。私は後継だから、自分のしたいことだけしてちゃダメなんだって」

「後継者…」


 つまりは、貴族の長女か。後継者ということは、継ぐための家があるということで。

 ずきり、と胸が痛んだ。俺みたいなよその国から来た平民扱いの男では、隣に立つことなんかできない存在だったんだと気がついて、ようやくわかった。


 俺はいつの間にかメリーが好きになっていた。


 それから俺は、メリーから少し距離をおいた。メリーが俺を探しているのも知っていたけど、わざと隠れて会わないようにした。


 だって、メリーはいずれ貴族としてこの国を導いていかなければならないし、俺はいつまでこの国にいられるのかわからない。今までだって魔法が普及したら別の国に移動して、また同じことを繰り返していたのだから、仕方がない。


 くるりと巻いた銀の髪がキラキラと陽に輝いて、風を纏って街を駆け抜ける。

 彼女のことを「銀の風切鳥シルバーバード」と誰かが呼んだ。その通りだと俺も思った。自由に飛び回る銀の鳥。眩しくて、手を伸ばすことはできなかった。


 俺は以来、遠くから彼女が街を駆け抜けるのを見守る中、貧民街にも顔を出して優秀な魔法使いを引き抜いた。両親も国王も喜んで、それほどの人材がいるのならば、今いる魔導士を向かわせて全員に試験を受けさせようと話しているところで、どこから話が漏れたのか、神殿が先に手を打った。


 俺が気がついた時には、貧民街は瓦礫の山になりたくさんの人が傷ついていた。すでに事切れた人もいる中でメリーがいた。回復魔法や治癒魔法をかけながら、倒れた人を助けていた。さながら災時に現れた聖女のように。俺も、両親も魔導士たちも駆けつけ、助けられる人をできるだけ助けた。


 次の日の朝になって、ボロボロになって疲れ切った俺たちの前に教皇が現れ「邪な魔力を使って神の逆鱗に触れ罰が降ったのだ」と言い出した。


「神の意に反する魔導士などは罪人として国外追放すべきである」


 そう言って鼻の穴を膨らました教皇に向かって、メリーが立ち上がった。怒りで顔が真っ赤になり、銀の髪は逆立っている。まずい、と思った時にはすでに遅く、メリーはビシッと教皇に指を突きつけて大声で叫んだ。


「ふざけたこと言わないで!あなた達の言う神様とやらは、お金を取らないと人々を治さないじゃない!魔法使いは自分に出来ることをしただけよ!助け合う人たちを追い出して、あなたみたいに自分の事ばかり考える人ばかりが残ったら、この国はどうなると思ってるの!だいたい追放とかなんとか、そんなこと国王様が決めることであってあなたじゃないでしょう!あなたは、あなたの信じる神様とやらののくせに!」


 メリーは言い切った。教皇は顔を真っ赤にして怒りを露わにしたものの、怪我人や俺たち魔導士たち、白い目を向ける民を目の前にして「神罰を恐れぬ愚か者が!」と怒鳴り散らしただけで去っていった。


 街の人々は彼女を救世主扱いし、彼女に触発された人々が魔導士宮に溢れかえり、魔導士と神殿は完全に相反する存在として成り立った。


 そして、その後すぐに、どこをどう探してもメリーの姿を市井で見ることは無くなった。

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