王太子と公爵令嬢
「話し合いは終わった?」
日が高くなった頃、ジャックがルイ王太子殿下とアデル公爵令嬢を引き連れて魔導宮へやってきた。
下手に移動すると、メリアンはどこで死に繋がるかわかったものではない為、応接室でジャクリーンとお茶会を開いていた。
とはいえ、ジャクリーンは書類を片手に、仕事をしながら魔法構築と魔導具の話でメリアンと盛り上がり、なんと床に図面を置いて、床に直に座り込みながらああでもない、こうでもないと話し合っている所へ入ってきた3人は、困惑した。
「あら、王太子殿下にウェントワース公爵令嬢様、こんなところまでわざわざようこそおいでくださいました」
立ち上がり、軽く頭を下げるジャクリーンに対し、メリアンは大慌てでカーテシーをした。
「そなたが、
「はい」
メリアンは過去の王太子殿下の二十歳の誕生祭でお目にかかってはいるものの、王太子殿下はメリアンに直接会った事はない。メリアンは侯爵令嬢ではあるが、まだ16歳なので王宮で開かれる夜会に出席したことがないし、聖騎士の婚約者だったことから王宮で開かれるお茶会にも参加しないからだ。
デビュタントは学園を卒業してからという国の方針のため、現在16歳のメリアンには夜会に出席する資格がまだなかった。平日は学園に通い、週末はもっぱら領地の視察や書類仕事に時間を費やされ、次期領主になるのだからと厳しく教育されていた。
当然、そんなものは「悪魔付き」の噂を気にする両親の建前で「病弱な深窓の令嬢」であり「聖騎士の慎ましやかな婚約者」のイメージを植え付けたいのだろうとメリアンは思っていた。
メリアンより3つ上のルイ王太子殿下は、幼い頃からアデル・ウェントワース公爵令嬢と婚約関係にあり、メリアンは王太子殿下と顔をつき合わすことはなく、王太子殿下にとっては初見というところだったのだろう。
アデル・ウェントワース公爵令嬢とルイ王太子殿下は同い年で、すでに学園は卒業し、王太子殿下が二十一歳になった暁に戴冠と同時に成婚される。穏やかにニコニコと笑う公爵令嬢は華があり優雅な方だと誰もが褒め称える。初めの生の時も、王太子殿下から婚約破棄を言い渡されて泡を吹いて倒れてしまわれた。成婚式まであと1年だったのに、裏切られたショックは相当なものだったのだろう。
メリアンにしても、どんな理由があったにしろ初対面でご乱心の上、打首だの国外追放だのと告げられたものだから、王太子殿下に対してあまりいい印象を持っていなかった。思わず探るような目で王太子殿下を見てしまう。
「ジャックから大体の話は聞いた。そなたは全てを経験し、またそれを記憶しているというが真か?」
「はい」
「ふむ。それで、私が例の
「……少なくともしっかりと調査をし、危険がないと許可が出るまでは、近寄らないほうがよろしいかと愚考します」
「ふむ。アレはそれほどまでに危険か」
「はい。王太子殿下が実際にわたくしが殺されるところを見て、その記憶を持ったまま時間が戻るのであればご覧いただけますが、それも不確かな中、わたくしの言葉以外信じていただける証拠のようなものはございません」
「私は興味があるのだがな?一目垣間見ることも叶わないか?」
王太子殿下はどうやら好奇心旺盛のお方のようだ。おそらく最初の生の時も、新し物みたさに首を突っ込んだのだろうと予想される。その好奇心が国を滅ぼすとも知らずに。メリアンは苦々しく思い、僅かに眉を寄せた。
「ご自身の命を含め国王両陛下、王都民の命と、果ては王国の滅亡を引き換えに、どうしても好奇心を満足させたいというのであれば御心のままに。ですが、それによって全く関係のない貴重な国民の命が削がれる事を
途端に底冷えのする魔力が部屋中に広がった。もとより、たとえここで死んでも恐らくは振り出しに戻るだけ。殺されることを前提に煽ったのだ。
だがそれでもどうしても見たい、会いたい、と子供のような我儘をいうのなら、残念ながらこの方のご時世が来ることはない。怖いもの見たさの心境はわからないでもないが、王族なのだから、関係のない国民を巻き込む前に考えていただきたい。
そんな自制心も持てない王に我が身を捧げるなどまっぴらだ。仕える先が神殿だろうと王国だろうと変わらない。神を讃えるか、王を讃えるかの違いなだけだ。ならば、たとえ平民に堕ちようとも他国へ逃げた方が命拾いするチャンスは多かろう。また時間が巻き戻ったのなら、その時は国を捨てとっとと他国へ逃げる手筈を整えよう。—―女神が許すかどうかは別にして。
「ジャック。面白いものを見つけてきたな」
「はい」
「アデルはどう思う?」
王太子殿下は威圧を抑え、面白そうにニヤニヤしながら後ろ隣に立つ公爵令嬢の意見を促した。
「……少々お言葉が過ぎるかと思われますれど、殿下の御心を試しておいでになるのでしょう。ここで、殿下が国民の命よりご自身の好奇心をとるのであれば、この者は国から心を離しましょう。これほど胆力のある者をむざむざ逃すのであれば、殿下の求心力もそこまでかと。ご自身でしかとお考えくださいませ」
メリアンは内心驚いた。アデル・ウェントワース公爵令嬢はなかなかどうして、おっとりと話す割に突き放すような言い回しをする。蝶よ花よと育てられただけではないようだ。さすがは次期王妃となる人だ。メリアンはこの美しいだけではない公爵令嬢に少し好感を持った。
「ふむ。ガーラント侯爵令嬢に聞きたいのだが」
「なんなりと」
「この私が、その偽聖女の魔力だか魅了だかに囚われ、ここにいる完璧で麗しい次期王妃であるアデルに婚約破棄を突き付けたというのは本当か」
「はい」
「そして国外追放も?」
「はい。それだけではございません。若い男性貴族達は降臨した少女を囲い、それぞれの婚約者に破棄を告げ、その場にいた貴族令嬢全てを敵に回した上、逆上した殿下は逆らう者は死刑だ、晒し首だと断言されご乱心のご様子でした。……ちなみにその時、ティアレアは光沢のある白いドレスの両サイドが腰まであるスリットの深いお召し物をきて、生足を晒し殿下に腰を抱かれておりました。そのようなご趣味があるとは、と両陛下も驚いていらっしゃいました」
ジャックには大まかなことは話したが、詳しくは言っていない。まさか、ご自分の醜態をそこまで晒しているとは思いもしないだろう王太子殿下にしれっと進言した。ちょっと盛ってしまったが、どうせ真実は闇の中。この殿下はまだ乱心していないとはいえ、あの時は本当に腹が立ったのだ。思い出すと目頭が熱くなる。ちょっとばかり言い方が
「な、まさか。ほ、本当にこの私がアデルの目の前でそのようなことを?」
「まぁ。………恐ろしいですわね、殿下」
お二人とも驚きのようだ。侯爵令嬢の笑顔が凍りつき、殿下の視線が泳いだ。
「はい。そしてティアレアに侍る騎士、聖騎士が令嬢たちに一斉に剣を向けました。ジャックももちろん、そちらにいらっしゃる護衛騎士の方々も含め、殿下のおそばで令嬢たちに殺気を飛ばしておいででした。その上、ティアレアに敵対する全ての令嬢は国外追放、縛首ののち、その家々をお取り潰しになさると。そしてアデル公爵令嬢様はショックを受けて気を失われたのです」
団長やジャクリーン、護衛や他の魔導士達もそこまでの内容は知らなかったため、最初はメリアンの物言いに視線を厳しくしたものの、すぐに皆顔を青くして立ち竦んだ。
「そ、それは我々も、ということか」
「ええ。覚えている限りそちらの騎士様たちも全て」
「馬鹿な…。私は半年後には結婚するんだぞ?」
「私は最近ようやく婚約したんだ…」
「……まさに、乱心というわけか」
「……というわけですので、殿下」
狼狽える護衛騎士たちを尻目に、ジャックが王太子殿下に向き直りさあ、これでどうだとばかりに胸を張った。
「それでもまだ好奇心を満足させる道をお選びになりますか?」
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