陰謀渦巻く権力の裏側で

 結局のところ、団長と副団長はメリアンの魔力の強度を調べるために、わざと魔法を使ったらしい。


 言われてみれば、尋問室の中は魔法が使えないとジャックが言っていた気がするのにもかかわらず、メリアンは魔法を使えた。誘導された形だったのか。


「わたくし、まだまだですわね。こんな事で社交界生き抜けられるかしら…」 

「あらあら。まだ16歳ですもの。大丈夫ですわ。平静でいられるだけ素晴らしいと思うわ」

「ありがとうございます」

「本当よ。尋問室に入って正直に全てを話さない人は珍しいのよ?」

「えっ?」

「尋問室は入ったところで自白魔法がかかった状態になるの。この中で嘘をつける人間は少ないわね」


 ――なるほど。噂は本当だったんだわ。魔導士宮の尋問は全てペラペラ話すことになるって、そういうことだったのね。じゃ、ここで話していることは自白魔法のせいで…。自分で進んで話していると思わせるだけに厄介ね……。


「実はね。通常の尋問室は緑部屋と言って、魔力制御は王国民の平均値に作られているの。人によっては圧力を感じて身動きが取れなくなったり、失禁したりするものだから。次に来るのは青部屋、ちょっとした魔導法違反を犯した人のための尋問室、その上は赤部屋と言って危険度の高い犯罪者のための尋問室。一番高いのは黒部屋。一切の魔法は使えないようになっているし、反射魔法がかかっているから使った魔法を本人に反射させるのよ。魔族や魔獣がこの部屋に入ることが多いの。とはいえ、魔獣は尋問できないので、まあ自殺部屋みたいなものかしらね」

「え、ええ…?」


 何それ、怖い。自殺部屋って、そうか、魔法を使っても反射魔法で自爆するってこと?うわぁ。えぐいわ。わたくしどの部屋にいるのかしら?


「さっきあなたがいたのは緑部屋だったのだけど、今あなたがいるのは青部屋よ。緑部屋の魔力制御は全くと言っていいほどあなたに通じなかったから。尋問室での魔力の使用はデータとして残されているから、どの程度の魔力を持っているか、わかる仕組みになっているの。ただ結界でできた扉と壁だけは、この国で一番魔力の強いジャックによって強化されているの。つまり誰にも壊すことはできない、と我々は理解していたわ」

「そのジャックの結界扉が壊されて防護壁を破壊して殺された、というのだからあの天から降ってきた少女はやはり厄災レベルなわけだな」


 副団長と団長がかわるがわるメリアンに説明をする。


「え……ということは、ジャックの魔力はこの国で一番強いんですか?」

「と、記録にはあったのだけど」

「貴女の魔力も類稀な力だな」


 私の手元には、魔力を測る銀の棒と丸い魔石、それに付属する器具が置かれていて、ちょうど魔力測定が終わったところだった。


「これは、学園にあったものと違うのですね」

「学園の魔力測定は、神殿の要請が多分に入るからね。聖魔力の測定に重心を置いているんだ」

「聖魔力を持つ生徒は男女問わず、神殿に登録され、聖魔法を使う規制が施されるんだよ。勝手に呪いを解いたり、病気を治療されては神殿の威厳に関わるから」

「ああ、そうでしたわね。わたくしの魔導路に埋め込んだ魔石のように」


 メリアンが吐き出すようにいうと、ライオットが驚いたように目を見開き、ジャクリーンが眉を顰めた。


「どういうこと?」

「……聞き及んでいらっしゃるかもしれませんが…。わたくしが『悪魔に魅入られた令嬢』とか『悪魔付き』と呼ばれているのはご存知ではありませんの?」

「……悪魔付き?聞いたこともないな」


 メリアンはおや?という顔をしたが、侯爵家の面子に関わることなので隠蔽されたのかもしれないと思い直し、ポツリポツリと話し始めた。


「実は、7歳の頃からわたくし、神殿に5年間監禁されていましたの。悪魔祓いをするまでは解放できないと言われて。あの薄汚い欲に塗れた教皇は、わたくしを洗脳しようと躍起になっていました。7歳の子供に対してです。ふふっ。でもわたくし、反骨精神が旺盛でしょう?洗脳は愚か、誰一人としてわたくしを制御できなかったのです。鞭で打たれ塩を塗られようが、食事を抜かれようが、冬の寒さの中滝行をされようが、薄布ひとつで雨に一晩中打たれようが、暴れて暴れて、野生児のように反発しましたわ。打つ手の尽きた教皇は魔力路を妨害する事でわたくしを押さえつけたのです。胸を裂き、おかしな魔石を魔力路に植え付けられたのです」

 

 ここに、と胸の中心に手を当てるメリアンに、誰もが言葉を呑んだ。


「魔力路器官の疾患ということにされました。忌々しいことに、神殿の聖女達がわたくしの胸についた傷跡を消そうと治癒魔法をかけましたが、すぐにその傷跡が浮かび上がってくるのです。火傷のように浮かび上がり、そこに魔石が、異物があるのだと主張して。押さえつけられた魔力は私の体を焼き、気力を焼き。何度も熱を出し瀕死の状態に陥り、教皇も折角救済した侯爵令嬢を殺してしまっては問題になると思ったのかもしれません。悪魔を取り出した傷跡だということにして、それでようやく解放されたのですが、死の淵から蘇った時には神殿に監禁される前の記憶が消えていました」


 メリアンの魔導路に埋め込まれた魔石。悪魔に魅せられた記憶を消すためだとか、悪魔の痕跡を消すためだとか大義名分を説かれて両親は素直に納得したのだ。


「そしてすぐ様ジョセフを監視役として婚約者にされました。ジョセフは私の行動を見張るためにつけられた婚約者で、本人も納得していないのでしょうね。だから殺したいほど憎んでいるのでしょう」


 メリアンが話し終える頃には誰もが口をつぐんで痛ましげな視線を向けた。


 しばらくしてライアットが声を上げた。


「なるほど。今回の測定の結果、ガーラント侯爵令嬢。魔導路に埋め込まれたという魔石は確認できなかった。それとあなたは魔力量も多いが、ずば抜けて聖魔力を持っている事が確認できたよ」

「まぁ」


 これは神に感謝すべきなのだろうか。死んで蘇ったおかげで魔石は消えたのか。それとも知らずに聖魔力を使って不調を治したのか。もしかすると、ティアレアの魔法神々の雷グーデルシンで魔石が壊れたのかもしれない。


 それと同時に『これも、神の思し召し』と、神殿の教皇が言うような言葉を思い浮かべ、思わず眉を顰めてしまう。


 これでは、聖女認定されてしまうではないか。一番嫌だと思う職業に縛り付けられると思うと、メリアンは身震いをした。


「公表すれば、あなたも晴れて聖女になれるわね」

「それは…」

「もしもその魔石が埋め込まれたというのが本当なら……、いや貴女がそういうのだからきっと埋め込まれていたのだろうし、聖魔力を封じるなんて教皇のその施術は完全に大罪だ。だが、その魔石そのものがないのであれば証拠はない……」

「聖女は、いや?」

「絶対嫌です!」


 ジャクリーンの言葉に思わず本音を吐いてしまうメリアン。思わず出た言葉に両手で口を押さえるが、部屋にいた全員がそれを聞いて吹き出した。


「……わたくし、神殿の教えが好きではないのです。聖の力を使うのは問題ないんですの。困っている人を助けるのは素晴らしいことだと思います。ただそれを実行するのは聖女なのに、なぜ神殿が恩着せがましくお布施を取り、寄付金をせびるのか。人の弱みに漬け込む人間の欲をそこに感じてしまって…。特にあの下卑た笑みを浮かべた教皇の顔を見ると無性に殴りたくなってしまうほど」


 そう思って逆らった挙句、両親はうまく丸め込まれてメリアンは監禁され、折檻を受け、悪魔付きだからと魔除けだという魔石を魔力路に埋め込まれ、その上、ジョセフと言う監視役の婚約者までつけられてしまった。聖女になれば、ジョセフからは解放されるかもしれないが、教皇からは逃げられない。これ以上束縛されるのは我慢できない、とメリアンはため息をついた。


「なるほど。ジャックの見る目は確かにあるようだな」

「え?」

「俺たち魔導士達も神殿は好きじゃないということさ」

「人権侵害ね。やっぱり神殿のやり方は気に入らないわ」

「魔力路妨害に監視のための婚約者か。やり方が汚いな」


 ライアットとジャクリーンが眉を顰め、メリアンが首をすくめた。


「神殿はあの人ジョセフこそ監視をしたほうがよろしいかと思いますけどね。傲慢な腐れ淫乱聖騎士ですから」


 ふっと緩んだ笑いが部屋に溢れた。


「あなたの婚約者であるセガール卿は下町の娼婦の間で有名だそうよ」

「やっぱり。だから、なんですね。それを理由に婚約破棄に持ち込めたら良いのに、忌々しいこと」


 団長と副団長は顔を見合わせた。


「あなたが魔導士になれば、それも可能よ?」

「えっ?」

「魔導士団と神殿は相反する力でできていると思われているの。『神から授かった聖魔法と、悪魔が使う雑多な魔法は似ていて異なるもの』なんですって。神殿の嫌う魔導士と聖騎士の一人を結婚させようなんて神殿が許さないし、教えに反するでしょう?ましてや、その制御も外れたあなたに、神殿はなにもできないわよ」


 メリアンは驚きに瞬いた。


「神殿はきっと、あなたの能力に恐れをなしているんだわ。ジャックに次いであなたほどの魔力があれば、神殿の抑制力、ひいては衰退につながるもの。だから年の近いセガール卿を婚約者に立てて、首輪をつけようとした。どうして神殿側がセガール卿を咎めないのかわかったわ。


 セガール卿と貴女が大人しく結婚をして侯爵家に入れば、侯爵家の寄付金で神殿は潤い、魔導士団の牽制にもなる。それこそ『神の思し召し』とばかり貴女の家に寄生するでしょうね。


 逆にもし貴女が聖女であると公表した場合、セガール卿との婚約はなくなり、貴女は聖女に認定される。そして神殿の所有物になって都合よく使われ、侯爵家はやっぱり財布がわりにされるわね。ここで割を食うのはセガール卿だけだし、あれだけ醜聞を広めている彼だもの、必要のなくなった彼を神殿はあっさり切り捨てるでしょうね」


 なんてことだ。侯爵家の事情とは関係なしに、メリアンの人生は神殿によって整えられていた。そして使い勝手の良い駒として、監視役の聖騎士ジョセフが与えられただけ。その中に我が侯爵家まで財布として組み込まれているなんて。洗脳されて信心深い両親は理解しているのだろうか。


「魔導士になるかならないかは別にしても、ジョセフとの婚約は解消しますし、聖女にもなりません」


 ――これ以上搾取されてたまるもんですか。


 メリアンの瞳は静かに怒りの炎を燃え上がらせた。

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