異世界ティッシュの来世としては

ヅケ

1枚目 狂わしき大紙としては

「…グゥウ〜〜…ンガッ!」


深く大きなイビキをかき、扇風機のそよ風にユラユラ揺れる者がいる。

記録的猛暑が国内外を包み込んだ今年の夏。

吹き荒れる世間の厄介ごとには我関せず、とばかりに大居眠りを決める男がいた。


名前はタケシ。

この素晴らしい世界に生まれ落ちて半年、いや1年くらいかな、

とにかくしばらく経った事は確かだ。


そんな彼の生活は自由気ままそのもの。

やらなきゃいけない課題なんか無いし、追われる締め切りも無い。

壁に掛かっているSubmarineLoveと書かれたピンクのTシャツと、

窓外の雲が滑る光景をのんびり見ているだけで1日が過ぎる。

これから紹介していく薄紙達は、思い思いに天命を待ちそのが来ればソッと静かにこの世から姿を消し、短い生涯に幕を降ろす。


しかしだからといって、未来永劫その存在が消失してしまうほど

この世界は酷く無い。

まるでゾンビ…いや表現が悪いな、そうだ!

さながら不死鳥《フェニックス》の如く蘇り、また生き絶える。

その大いなる輪廻の一端をここで掻い摘み、覗いてみようと言うのである。


そら、見てごらん。

おめでとう、彼にもさっき述べた天命が迎えに来た様だ。


「ヘックシュ!」


尻をぽりぽり掻きむしりながら、彼に近づく影。


「ったく、夏風邪でも引いちまったかなあ。パンイチで寝るんじゃなかったぜ、いけねぇいけねぇ。」


ザサッ、と人差し指と中指の手慣れたフォームでタケシを引き抜く部屋の家主。

自身の顔が上方向に引っ張られ、彼を押さえていた紙箱から脱出してしまう。

その強烈な痛みでようやく目覚め、辺りを見渡し全てを察知する。


「イティッ!!ハッ!…まっ、まさか…」


草原の真ん中に隕石が墜落した様な禿げ方をした家主は、

タケシを半分に折り曲げ鼻に添える。


「や、やめ…やめてくれ…」


無論、彼の声など我々人間の耳には届かない。

家主は口から大きく息を吸い込み、空気をひと思いに鼻から吐き出した。


「フブァッ!ブッファァアあぁアアアアアアアアァァァァァァァアア!!!!」


漢らしいといえばそれまでだが、木造のアパート中に響き渡るなんとも荒々しいっぷり。


「やめてぇええ!!うわ!きったねえっしクッセェエ!!!」


「ブフーンッ!ブバッ!ブバッ!」


「くそっ、こいつ!!はなせぇっ、離してぃくれえええ!!!!」


独身中年男性の容赦無い粘液攻撃によって、タケシの汚れなき真っ白な身体が侵されていく。


「いやだー!まだ死にたくねぇええぇぇぇょぉぉ…!!」


最初こそ威勢良く発せられていたタケシの叫びは、家主から溢れ出る鼻水に

絡み取られ、徐々に消えていった。


「や、やめ…ゆるし、て…」


やがてポイッと、カップラーメンの容器や割り箸、おつまみの袋が一緒になっているゴミ箱に投げ捨てられる。

ナイスシュート。


彼は白目を剥き、生気を失っているのは明らかだった。


・罪状:怠惰

・死因:溺死

・来世:ティッシュペーパー


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