作家志望が多すぎる

時雨夜明石

作家志望が多すぎる

 やあ、どうも。まずはこの小説を開いてくれてありがとう。本当に感謝しているよ、心の底から。君がこのページにアクセスしているということはわかるけれども、君がどうしてこのページを開いたのかのかは、さすがの私でもわからない。私が受け取ったのは、この『作家志望が多すぎる』という作品ページにアクセスした読者が、つまり君が1人いる、という通知だけだから。

 こういう風に、読者に語り掛けるタイプの小説はお嫌いかな? 私はどちらかというと嫌いだね。鼻につくし、いやに馴れ馴れしい。なんだかむずかゆいし、第一読みにくい。だけど、これは小説じゃないから大丈夫さ。これは物語じゃない。君へのメッセージなんだよ。画面の前で、この小説を読んでいる君へのね。スマホで読んでいるか、PCで読んでいるかは、まだ解析が終わっていないからわからないな。それに、知りたいのはそこじゃない。私が知りたいのは、君の住所さ。

 

 さて、早速だが本題に入ろう。近頃は作家志望が多すぎると思わないか? 右を向けば作家志望、左を向いても作家志望。趣味で書いてるやつ、専業で書こうとしている奴、アマチュアやらプロやら様々だ。人類の有史以来、かつてない作家志望の数だと思わないか。

 小説投稿サイトを見てごらん。それから、新人大賞発表ページの応募作の数を見てごらんよ、近頃は作家志望が多すぎる。みんな小説を書きすぎなんだ。私が何年たってもデビューできないのは、周りに作家志望が多すぎるからなんだ。これは間違いない。

 だから私は、みんな殺すことにした。作家志望が多すぎるなら殺して減らせばいいのさ。簡単かつシンプルな答えだ。まぁ、簡単なことだよ。このページを見ているあなたを、私が殺す。シンプルな犯行予告だ。


 ……ああ、もしかして君は、まだこれが小説だと思って読んでいるのかな? 残念だけど違うよ。これは小説じゃなくて、君への殺害予告状だ。説明が遅れてしまったね。私は、君の端末にちょっとした細工をしたんだ。

 私の職業はプログラマーでね。ホームページにウイルスを仕込むぐらい、造作もないことなんだ。マルウエアと言えばわかりやすいかな。

 今、君は『作家志望が多すぎる』の作品ページを開いたうちの一人だ。私はカクヨムのサーバーにちょっとした細工をしてね。このページを開いた君にだけ、別の文章が表示されるように仕込んだんだ。この文章は世界中でただ一人、君だけに表示されている。まぁ、そこからは簡単さ。IPアドレスを習得して、ハードウェア情報を辿って行って、君の居住区をつきとめる。私は意気揚々と、ナイフを握ってそこに向かう寸法ってワケ。

 

 なんで君を殺すのかって? 言っただろう、世の中には作家志望が多すぎるから、殺して減らすんだ。分母が減れば受賞できる確率だって上がるだろう? 作家デビューだって夢じゃない。例えば100作応募作があったとしよう。1作品だけ受賞するなら、受賞できる確率は1%だ。だけど、応募作が10作しかなかったら、確率は10%に跳ね上がる。10倍だ、これはすごい数だよ。おっとすまないね、私はこういう確率計算をするのが好きなんだ。なにしろプログラマーなものだから。

 だけどもし、君が作家志望ではなく、ただ単に偶然このページを開いた読者だったとしたら、どうしよう? 私は間違えて、罪のない全く無関係な人間を殺してしまうことになるね。

 でも大丈夫。君がここまで文章を読めるということは、すなわちそれは君に小説を書く才能があるということだ。大丈夫、私が保証する。これを読んでいる君は、小説を書く才能がある。つまり、そう言う才能は早めに潰しておかないと。だから安心して殺されてくれ。

 現実世界で小説を書いている人間を見つけ出すのはとても難しい。誰もかれもが和装で腕組みして歩いているわけではないからね。ネットで公開している作家ならなおさらさ。なら、どうやって作家志望と、そうではない人間を見分ければいいんだろう? 無差別殺人はさすがの私でも心が痛むし、事後処理も面倒くさい。


 おっと、つい話が脱線してしまった。それじゃあ君に自己紹介をしておこう。といっても、君は私の名前を5分ぐらい前に目にしているはずなんだけどね。

 ……ああ、もしかして読んだのはタイトルだけで、作者欄は読んでいなかった? いや、構わないよ、素人作家の名前なんて覚えるだけ無駄だろう。読んだとしても、5分後には忘れ去られる名前さ。

 私は子供のころから小説を書くことが好きだった。最初は罫線の入ったノートに。コンピュータを手に入れてからはキーボードで。ネットに繋げるようになってからは、自分の小説をネット上で発表したりしていた。

 あの頃はまだインターネットは黎明期で、個人のホームぺージがたくさんあった。『ようこそ、あなたは102番目のお客様です!』なんてカウンターが、トップページについていた時代さ。私はホームページのプログラムを見よう見まねで書いて、インターネットの世界にとびこんだ。芸は身を助けるというか、そこから私はプログラミングに詳しくなってね。プログラムを専門に学び始めて、卒業するとソフトウェア開発者として働き始めたんだ。働き始めた当初は、私は家に帰ってからも小説を書いていた。今となってはもう懐かしいよ。

 プログラムの仕事はとても厳しかった。理不尽なんだよ、とても。ここで文字数を割くのはやめておこう。投稿作品の文字数制限はとても重要だからね……プログラムだとそんなことはないんだけど。


 だけど……プログラムを書くことと、小説を書くことは、とても良く似ていると思う。自分で掘った穴を埋め続ける作業さ。やれ修正だ、やれ仕様変更だ、あっちの方が上手くできている、全部作り直せ、ってね。自分で掘った穴を埋めるっていうのは、刑務所に捕まっている囚人がやらされる刑罰じゃなかったかい? そんなのを仕事でやらなきゃいけないだなんて、不条理だろう?

 そんな仕事だったから、特に上司は厳しい人間だった。厳しいというより、彼自身もストレスを抱えていたんだろうね。今でも覚えているけど、私より若干年上の男性でね。興奮してくると、眉が吊り上がってきて、真っ赤になって叫びだすんだ。あれは本当に参ったよ。私は怒鳴っている人間が本当に苦手なんだ。まぁ、もう彼は死んだんだけど。

 私はその会社に4年務めた。辞めなかったのは、同僚の箕浦君の存在が大きい。同年代の彼とはたくさんの時間を過ごした。仕事の愚痴を言い合ったし、何よりお互いに小説を書いていた。

 どうやら彼は、私と同じ大学に通っていたらしかった。彼は文学部、私は工学部。学部が違えば顔を会わせるとなんてなかったし、彼という存在を知ったのは、就職してからだった。だけど同じ大学出身ということもあって、我々はすぐ意気投合した。キャンパスの中ですれ違ったことがあったかもしれないね、なんて彼は詩的な表現をした。

 文学部出身の彼は、幻想世界の小説を書いていた。とにかく彼は、このクソみたいな仕事を辞めて小説で食っていくんだって、いつも言っていた。昼も夜もタイピングをしているのだから、頭が上がらない。一方の私はそこまで一生懸命に小説は書いていなかった。書けるときに書いて、書けないときは書かない。わかるだろ? そういう書き方をしていると、だんだん書かなくなってくるんだ。仕事が忙しいという理由で、私はだんだん執筆から遠ざかって行った。

 

 実際、仕事は忙しかった。朝の8時に出勤して、昼飯を書き込みながらキーボードを叩いていて、夜中の1時まで作業をしている。上司は上手に勤務時間をごまかしていたので、労基が殴りこんでくることもなかった。

 親愛なる同僚氏は、深夜にぐったり帰宅すると、そのまま小説を書いていたらしい。ちゃんと寝れているのか、と私が尋ねると、箕浦君は大丈夫大丈夫、と言って笑った。それよりもこの前書いた小説を見てくれよ、と彼は言った。彼の文章から、日に日に力はなくなっていった。そういう日々が何年も続いた。これからもずっと続くのだと思っていた。

 上司に怒鳴られ続け、嫌がらせをされ続け、それでも彼は小説を書き続けた。たくさんの新人賞に応募し続け、そして落ち続けた。原因はいくつかあると思うが、そのうちの1つには心あたりがある、と箕浦君は言った。世の中には作家志望が多すぎるんだよ。そう言って彼は笑った。


 季節はゆっくりと移り変わり、新人と呼ばれる時期も過ぎ、それなりに仕事が任せられるようになってきた。相変わらず仕事は忙しく、私も箕浦君も深夜に帰宅する生活が続いた。それでも箕浦君は小説を書き続けた。彼の目の隈は、顔のパーツの一部になった。エナジードリンクを水のように飲み、眼は一点だけを見据え、彼の書くコードのミスはかなり多くなった。彼は少しずつ、おかしな言動をするようになっていた。

 例えばこんな感じだ。私達は会話をしている。

 昨日のテレビ見た? ネットでこのゲームが話題なんだよ。隣の店主は元犯罪者なのだ。50年前に隣町の山に死体を埋めてきた。昨日の案件は片付いた? PCのアップデートは2,3日待った方が良いよ。このフロアの自販機は故障中らしいね。それからというものの、山にはとぐろを巻いた悪意が眠っているのだ。そろそろ昼休み終わるね。上司の小言がうるさいなぁ。

 彼は、日常会話の節々に、小説の設定を挟み込んできた。彼の目はうつろで、私は彼の正気を疑った。彼は私に、なぜもっと一生懸命小説を書かないのかと非難した。私は答えなかった。

 

 さて、私はやれるだけのことはやった。彼には早く帰るように促した。少し辛かったが、彼のぶんの仕事を横取りした。上司に、彼の体調を気遣えと遠回しに言った。我が愛しの上司は、それはそれは怒り狂い、2時間ほど私を怒鳴った。最近の若者は気がたるんでいる、黙って働き続けろ、それが美学で、それこそが仕事なのだ、と。何もわかっちゃいない、誰のおかげで仕事ができると思っている、以下略。私はめげなかった。

 私は、人事部と総務と本部、各3部署に相談した。上司の言動をチクった。期待したほどの効果はなかったが、ある程度は効果があったようだ。彼は有休を使える権利を獲得することができた。そんなこと当たり前であるのだが。上司は、そんな私の行動が気に喰わないらしかった。それからしばらく、上司から私への風当たりは強かった。

 最後に、同僚の箕浦自身を説得した。仕事のことは気にしなくていいから、もう休めと。なんとか私一人で何とかしてみせうるから、と。

 そうしてついに、彼は本当に仕事を1日休むことができた。素晴らしいことだ。ゆっくり休んでくれるといいのだが。が、次の日出社してきた彼は、さらに疲れているようだった。

 聞けば、昨日は1日、朝から晩まで小説を書いていたのだという。なんと2万字も進んだ、ありがとう、と感謝をされたのだが、私は複雑な気分である。というか、私はここでもう嫌になってしまった。

 

 愚かな私は、ここで諦めてしまった。もう彼を救おうとするのはやめようと。諦めるべきではなかった。

 とある新人賞があった。彼は、この賞に投稿する小説に、文字通り全身全霊をかけていた。賞がとれなかったら死ぬ、とまで公言していた。私は冗談にならないからやめろ、と言った。大丈夫、自信があるから、最終候補作には絶対残るはず、と彼はうつろな目で言った。絶対死ぬなよ、と私は釘を刺した。彼は言った。大丈夫、絶対残るから、と。

 1次選考突破作品が発表された。彼の名前はなかった。次の日、彼は自宅で首をつって死んだ。

 馬鹿な奴、と思った。あんなことを言ってしまうから。死んでしまったら何にもならないのに。

 彼の葬式にはほんの数人しか参列者が来なかった。彼の実家の両親。会社の重役。私。友人の少ない彼らしかった。実際、私は葬儀中の記憶はほとんどなかった。式場の床の模様を目で追うばかりで、彼の遺影をまともに見ることができなかったのだろう。

 もう少しうまくやっていたら。もう少し彼を励ますことができていたら。私にはもっとすべきことがあって、それをするべきだったのに。


 私が悲しみの淵から出勤すると、上司の機嫌はやたら良かった。もちろん、彼だって悲しみに沈んでいた。愛しい部下が一人自ら命を絶ったのだ。だけどその裏に、何か隠れた喜びがあるのを私は見抜いていた。上司は嫌な奴だった。人使いは非常に荒かった。言うことはすぐに変わったし、愚かで、すぐ怒鳴る上司だった。私は彼が嫌いだったし、彼も私が嫌いだった。

 だから、上司の機嫌がいいのは歓迎すべきことだった。例えそれが、親友の葬儀直後のことであっても。私は数日かけて、上司のご機嫌の理由を探った。まずは、彼に子供が生まれたらしい。めでたいことだ、私は生と死の対比についていくつかのことを思い浮かべた。

 次に、上司は臨時収入があったらしい。というのはこの上司、家に帰ったあとこっそり小説を書いていたらしいのだ。お小遣い感覚で気楽に応募したらしいのだが、最終選考に残り、つい先日、編集部から連絡が来たのだとか。大賞はあなたの作品で、本になります、出版料はこのぐらいで、とのこと。思わぬ臨時収入に、上司は大満足。子供も生まれたし、良いことは重なるものだ。上司のご機嫌の理由はこれだったらしい。

 ということで、私は上司を殺した。


 ああ、すまないすまない。当時のことを思い出すと、どうしても小説のような文体になってしまうね。この文章は小説ではなく、君に語りかけるメッセ―ジだっていうのに。

 上司を殺した動機については、今となってはよく思い出すことができない。同僚の箕浦君への追悼の気持ちも、少しぐらいはあったかもしれない。長年いびられ続けた憎悪もあっただろうし……極めつけはこれだ。「どうして趣味で気楽に書いているお前が受賞して、彼が受賞しないのか」と。まぁ、この嫉妬の念に尽きるね。

 とにかく私は上司を刺殺した。描写はよしておこう、私には文才がないからね。私が殺した。彼は死んだ。転がったのは父親一名の遺体。はい、おしまい。

 当時の私は素人だった。だけど私はうまくやった。これをビギナーズラックって言うのかな? 結局、殺しは誰にもバレずに済んだ。だから私は今ここにいるわけだ。それから、私が私の才能に初めて気が付いたのはこの瞬間だった。

 才能って言う単語にはいろいろ意味があるけれど、定義は特にこれだと思う……『それを楽しいと思うか』。

 楽しかった。

 小説のことではないよ。そのころの私は、もう小説は書いていなかった。楽しいというのは殺しのことだ。私は殺すことがとても楽しかった。つまり、私には殺しの才能があったということだ。

 

 この説明はとても難しい。趣味が高じて、とでも言えばいいのかな。例えば、マラソンのことを書きたい小説家が、マラソンについて調べているうちに、マラソン選手になってしまった、とか。将棋漫画を描きたい漫画家が、将棋について学んでいるうちに、将棋の棋士になってしまった、とか。そういうのに似ているね。

 始めのうちは、私は小説家になりたくて、作家志望の人間を殺していたはずなんだ。分母が減れば、確率が増えるって話はしたよね?

 だけどね……殺しを繰り返すうちに、私は後者の目的の方がメインになって来たんだよ、つまり、殺すこと自体が楽しいんだ。小説を書くことよりも、殺すことの方が、とにかく。

 ずっとずっと大事に育てられてきた、人間の体が、一瞬で無価値になるあの瞬間が楽しい。大切なものを壊してしまう感覚も好きだし、物理的なことを言えば、ナイフを刺す瞬間も大好きだ。血管と心臓の鼓動が、ナイフを通して私に伝わってくるあの瞬間。それからターゲットが崩れ落ちる、あの重い音。

 

 だから私は捕まるわけにはいかなかった。けれども日本の警察は優秀で、あっと言う間に私の周りまで迫っていた。捕まるのは時間の問題だった。指紋は採集されていたし、監視カメラの映像や目撃情報は、私の有罪を示していた。データベースは累積され続け、さて私はどうすればいい? 

 そして幸運が訪れた。データベースがそこにあるのなら簡単さ。わかるだろう? 私は現役のプログラマーなんだ。

 何の因果か、警察のデータベース累積ソフトは、私が開発したソフトウェアだった。本来、こういう機密性の高いものは、複数の会社に任せて責任を分散させるはずなんだが、依頼の子請け孫請けをするうちにうやむやになってしまったようでね。

 つまり、こういうことだ。私は、大胆不敵にも警察のデータベースにハッキングを行った。彼らが採集した私の指紋と、赤の他人の指紋を入れ替え、ついでに私が犯人だという証拠を、何から何まで削除を行った。

 言うほど難しいことではなかったよ、だってあのソフトは私が開発したものだったんだから、脆弱性がどこか、どこを書き換えれば跡が残らないかなんて手に取るようにわかる。バレないようにするために、少しばかりは頭をひねったが、ともかく私は成功した。成功したから、捕まっていない。捕まっていないから、再犯を行う。

 

 数か月後の私は、「作家志望の人間を殺す」という考えの虜だった。次に殺したのは、近所に住んでいた、とある文学大賞の受賞者だった。彼女との面識はなかったが、その分犯行はやりやすかった。私はとある出版社の、小説募集ページをハッキングして、応募者の個人情報を引っこ抜いた。その中に、同僚の箕浦君のデータもあることに気づいて、私は一瞬暗い気持ちになったが、すぐに持ち直した。

 大賞受賞者はサクッと殺した。警察ってのは殺人事件が起こると、すぐに被害者の身内を調べたがるのさ。私のような、部外者にはほとんど的が絞られないってワケ。

 だけど、残念なことにこの時の殺しはあまり記憶に残っていない。というのは、彼女はもう半分ぐらいプロの作家だったんだ。作家候補を殺すならまだしも、プロの作家を殺してもあんまり面白くなくってね。

 だって、プロを殺しても、私が受賞する確率は増えるわけじゃないだろう? むしろ、これから生み出される作品の機会を取っちゃっただけかも。まぁ知らない作家だったし、どうでもいいけど。記憶もあいまいだし、この殺しはそんなに楽しいものではなかったな。これ以来、私は受賞した人間じゃなくて、作家志望の人間を殺していくことにしたんだ。

 

 次に私は、某小説賞の「最終選考者」を全員殺してみることにした。大体10人ぐらいいたかな。1人は離島に住んでいたから、毒殺で済ませちゃったんだけど、あとの9人は全員ナイフでサクッとやってきた。

 この殺しはすごく楽しかったよ! 小旅行気分で、準備から後始末、本当に何から何まで。住所をハッキング、目的地まで電車や飛行機で移動、身分証偽造、変装からの、サクッと殺害、後始末。すべてがスリリングで、ワクワクする、興奮する催し物だった。やっぱり旅行っていいものだね。

 計画段階も楽しかったけど、その後に起こったことをじっと観察するのも楽しいものだよ。しばらく後に、小説賞の発表ページを覗いてみたら、「大賞該当者なし」って書いてあったのが、しみじみとしたなぁ。あんなに最終候補者がいたのに、誰もいなくなったんだ。誰とも連絡が取れなかったんだろうね。自分が起こしたことが、世の中に影響を与えているとなると、すごくしんみりとした気持ちになったんだ。感動したなあ。

 

 そのころの私は、また別の会社でプログラマーとして働いていた。趣味は殺人。やっぱり警察署や出版社をハッキングするなら、まだまだ現役でいないと知識が追い付いていかなくてね。赤の女王だったかな。「その場にとどまるためには全力で走り続けなければならない」っていう台詞は知ってる? 自分が持ってる知識って言うのは、日に日に古くなっていく。毎日新しい知識を入れ続けないと、どの場にとどまっていることはできないんだ。

 今度の会社は地図アプリを開発したりしていてね。そこでGPS関連の知識をたくさん得たってわけ。

 

 つまり、話が冒頭に戻るわけだよ。こんな芸当もできるようになったってわけさ。小説の発表ページにウイルスを仕込んで、閲覧者のGPSを習得して、位置を表示させる……みたいなことを。そうさ、君のことだよ。


 実はこの文章は事前に書いてるんだ。だから、今の君の表情をつぶさに書き記すことはできない。だけどインカメのハッキングなんて簡単だから、これを読んでいる君の表情はちゃんと見ているよ。それに、ターゲットの顔はちゃんと覚えないと。

 ここから先は様々な場合があるから、事細かに記すことはできない。もし君がこれをスマホで見ているなら、スマホのインカメ。ノートパソコンで見ているなら、そこのカメラ。もしダメだったら、近くの部屋の音声スピーカーでもハッキングしておこうか。最近の家電は、人の動きを察知するものが多いだろう? いやはや、やりやすい世の中になったものだね。

 君が今電車に乗っているのなら、路線を特定して駅で待ち伏せ。バスに乗っているんだったら、車内カメラとドライブレコーダーを順々に辿って行こうかな。

 家で読んでいるのなら、もっとやりやすい。衛星画像を利用して、侵入口とか逃走経路の確保から始めるとしよう。同居人がいると面倒だから……あと犬がいるとちょっとやりにくいな。まぁどうにでもするさ。どうにでもなるからね。

 さて、ここまで長々と書いてしまったけど、やっと解析が終了したよ。私がどうしてここまで長文を書いていたか気にならなかったのかい? なぁに、君の居住区を突き止める必要があってね。そのためには、解析のための時間稼ぎ……具体的に言うと、このページをずっと開いてもらう必要があったんだ。ここを読んでるってことは、もう十分かな。ハッキングには3分もあれば十分だから。それじゃあ、そろそろ君の元へ向かうとしよう。

 

 ああ、でも、久しぶりにこんな小説みたいな長文を書いたなぁ。すごく楽しかった。私ももう一度、小説家を目指してみようか? いや、もう遅いかな。だってもっと楽しいこと見つけちゃったんだもの。そして、私にはこっちの方の才能があるみたいだから。ま、今から実際に見せてあげるよ。楽しみにしておいてね。

 ……あ、そうだ! 一応この文字も書いておこう。念のためね。

 

 <了>

 

 ※この物語はフィクションです。実際の人物・団体とは関係はありません

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