【アイドル】売れないアイドルは気付くと人気者になっていて。

雨宮悠理

売れないアイドルは気付くと人気者になっていて。

「ありがとーございました!」


 握手を交わして最期のお客さんを見届ける。今日はオレがアイドルとしてデビューした日から丁度三年目の記念イベントの日だった。

 繁華街から少し離れた雑居ビルの地下を拠点として始めたアイドル活動。今日足を運んでくれたファンは六人ほどだった。ファンがついてくれているだけでも有り難いことだったけれど、自分が思い描いていたアイドル像とは随分とかけ離れた生活だった。


「はい、おめでとう。これ給与明細ね」


「……ありがとうございます。」


 歳の一回り以上離れた社長がヨレヨレの給与袋を手渡してくる。渡された封筒のあまりの薄さに気持ちが滅入りそうになるが、これも幾度となく繰り返されてきたことで、もう既に慣れてしまっていた。


「……あれ?」


 一応中身を確認すると、普段もらっている金額よりもやや多めに入っていた。もしかすると本日は三周年を迎えた、という背景もあるので、お祝い金として弾んでくれたのかもしれない。


「社長、ありがとうございます。これからも俺頑張りますんで」


 オレはお礼を言って頭を下げた。まだあまり貢献は出来ていないが、アイドル活動をさせて貰えるだけでも有り難いことなのかもしれない。そう考えるようにしていた。


「……ああ。おめでとう。君にはこれまで世話になった。アイドル事業についても色々学ばせてもらって良いきっかけになったよ。これから大変だろうと思うが、頑張ってくれ」


「はい、頑張ります!」


 何故か少しバツの悪そうな顔を浮かべる社長。そしてオレは給与袋を鞄の中に片付けようとした時、もう一枚ペラ紙が入っていることに気がついた。


「あれ?なんだこれ?」


 ペラ用紙を取り出すと、そこには『解雇通知書』の文字が踊っていた。


-----☆★☆★☆-----


「はぁ……、これからどうするか」


 アイドルの肩書きを失ったオレはとぼとぼとバイト先のコンビニまでの道を歩いていた。小さな頃からアイドルに憧れていた。親や友人からは諦めろと何度も諭されてきたが、オレは夢を諦めることができずにいた。またバイトしながらオーディション漬けの日々に戻るのだろう。

 両耳に付けたイヤホンからは、自分の声が聞こえてくる。安いレコーディングの所為で、音も小さくチープな感じな否めない。デスボイスとシャウトを活かした新感覚アイドル。そんな触れ込みで売り込んでいたオレの歌はお世辞にも耳障りの良い歌では無かった。それでもステージで歌わせて貰えたていたことは幸せだったと思う。

 自身の歌に浸りながら歩いていると、周りの歓声が聞こえてくるような錯覚に陥った。違うと分かっていてもオレはその歓声を浴びたい一心でパッと顔を上げた。

 その瞬間、眩いライトアップを受けたオレは大きな鉄の塊と衝突した。


-----☆★☆★☆-----


 あれから体感では数ヶ月の刻が過ぎていた。

 有り難いことに今では毎日ひっきりなしにステージに立たせてもらう日々を送らせて貰っている。もう親や友人に会うことは出来ないかもしれないけれど、こうして自分の夢を真っ当できているのなら、胸を張って生きていくことが出来る気がする。

 今日もステージがある。アイドルとしてお客さんを喜ばせる使命を果たさなければ。

 息を大きく吐いて、ステージに上がると地面が揺れるほどの歓声に包まれる。今日のお客さんはゴーレムの団体だった。


「それでは聴いてください! 『ドラゴンなんてクソ喰らえ!』」

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【アイドル】売れないアイドルは気付くと人気者になっていて。 雨宮悠理 @YuriAmemiya

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