勇者の後始末
蜜柑缶
第1話 初恋
列に並んで待っていた。
私の前にいくつかの光の玉のようなものがふわふわ浮いている。
順番が来た。
「お前はこれから精霊として生まれ変わるところじゃ。」
なんだそれ。
「ここで上位精霊になるんじゃ。ラッキーじゃな。」
ラッキーなの?
「ただの精霊ではないからな。上位精霊は力もつよい。たまに狙われて消滅されたり吸収されたりして本来の姿では無くなる事があるが、それは特別ゆえ仕方がない。」
精霊って何するの?
「森を豊かにする為に楽しく過ごしたり、」
楽しく過ごすだけで森が豊かになるの?
「精霊がいるだけで活性化するからの。」
他は?
「精霊使いの役にたったり、」
精霊使いって?
「人の中にたまに精霊に好かれる輩がいて、契約を交わしその人に力を貸すんじゃ。」
ふ〜ん。よく分からないね。
「お前にだって何らかの力があるじゃろ。自分の内なる魔力を感じてみよ。」
急にそんな事を言われても困るよ。
「わからんのか? おかしいの? お前、人として未練があるのか?」
知らない、そもそも私って人だったっけ?
「そうか、仕方ないもう一度人として生きて未練を断ち切ってこい。テイッ! あ、失敗した。」
うわわわわ〜。急に何! どこへ飛ばされるの〜。
なんだか無茶ぶりされた気がするなぁ。
さっきのテイッって言ってたオジイ誰だ?
そしてここはどこ?
森の中にある泉って感じの所にいるようだ。
そこそこの大きさのそこそこの深さで、すっごい透明度が高い。水が底の方から湧き出ていて凄く気持ちの良い所だな。
でも疑問がある。
人として生きてこいテイッって言った割に私って今、浮いてるんだけど。これって人じゃ無いよね?
さっきの泉の上をプカプカと漂っている。自分の意志で大体の移動は出来るけど何だかここから動きたく無い。
私は取り敢えずそのままこの泉でしばらく過ごしていた。
ここは割と知る人ぞ知る秘湯…いや、泉だから
たまに旅人らしき人が数人現れる。みんな疲れた感じで私の泉を見つけると大喜びでザブンと飛び込んだり、ガバっと顔を突っ込んで水をコレでもかと堪能する。
荒れるからもっと静かに利用して欲しいんだけど誰も私には気がつかない。
私は透明人間、いや人間は浮かないから透明な存在の何からしい。
あのオジイ適当にテイしやがって。これからどうなるんだよ。
数人の旅人を眺めていてどうやらここの世界が今、転換期らしいことが分かった。
魔王出現! そして勇者による討伐成功!!
おお、凄い事件が終わった直後に知らされて驚きも微妙だ。
魔王討伐っていうからにはその後、勇者のおかげで皆幸せに暮らしました。
めでたしめでたし…って感じでも無いようだ。
まだまだ魔物はこの世に存在している。力こそ弱まり統率する者がいなくなったので集団で街や人を襲う事は減ったようだが、個別の案件が浮上し始めた。
この泉に立ち寄る旅人の中には王様にいまだ出没する魔物の討伐を依頼するために都に向かう者や、魔王討伐前後に自分の村や街が魔物に襲われ住む所が無くなって彷徨っている者などそれぞれ事情を抱えている人も多かった。
ここから都はまだ遠いらしくここで力尽きる者もいた。
可哀想だが私は透明だけあって触れる事が出来ない。でもここは不思議な場所らしく、亡くなった人や動物は暫くするとじんわり森に吸収されていった。不思議な泉はやはり不思議な森に存在しているのか…ちょっと神々しくて怖いかも。
どれくらいの時間がたったのかよくわからなかったがある日一人の旅人がまたフラフラとやって来たかと思うとそのまま泉に突っ伏して倒れた。
「ゴボゴボゴボ…」
あぁ、この人死んじゃうな。可哀想だけど私じゃ助けてあげられないしな。
「ブクブクブク…」
もう駄目だな、
(お〜い誰かぁ、この人死んじゃうよ〜。)
私は誰にも聞こえないとわかりつつ自分の罪悪感を薄める為に取り敢えず叫んでみた。
するとどこからともなく黒い影が素早く来たかと思うと泉で今まさに死にかけている旅人の足をグイッと引っ張ると軽々と泉から引き出した。
「もう! バカじゃない、こんな事で死んでどうするのよ!」
それはフードを被った人でどうやら若い女性のようだ。マントの袖から覗いているその手は青白くほっそりとしていて、とても死にかけの人を泉から軽く引っ張り上げたとは思えなかった。
私は興味がわいてそのフードの女性の顔を覗き込んだ。何せ向こうからは見えないのだから遠慮はいらない。
おぉ、美しい
「ちょっと、近いな。いくら実体が無いからって近すぎ。」
そう言ってその女性は体を引いた。
(え? 私が見えるの? )
「見えるわよ、私はエルフだもの。」
パサリとフードを外したその女性は銀髪で碧眼、特徴的な尖った耳の美しいエルフだった。
「珍しいわね、あなた生まれたての妖精? 染まってないのね。」
エルフは話しながらさっきの死にかけた旅人を仰向けにした。
「ホラ! 起きろ! こんな森で溺死とか笑えないわよ。」
そう言いながらバンバン顔を叩いて起こす。
強いね、惚れるよ。
「う〜ん、顔が痛い。なんだか溺死しかけた夢を見ていたよ。」
「それ現実だから、しっかりしてよ。やっと褒賞が貰えるんだから城まではちゃんとしてよ。」
ヨレヨレの男は何とか起き上がるとエルフにエヘヘと笑い。
「すまん、助かったよ。」
「礼なら精霊ちゃんに言いなさい。助けを呼んでくれたんだから。」
男は驚いた。
「この泉に精霊がいるのか! どおりで空気が澄んでいると思ったよ。助けてくれてありがとう。」
そう言って明後日の方を見て頭を下げた。
「違う、そっちじゃなくてコッチ。」
そう言ってエルフが男の顔をグイッと私の方へ向けた。
「痛てて、ネジ切れるからそっとやってよ。…助けてくれてありがとう。私はただの人間なんでな、精霊は見えないんだよ。」
ペコリと頭を下げお礼を言ってくれた。再び上げたその顔を見て驚いた。
カッコイイ♪
黒髪に端正な顔立ちの男がこちらをニッコリしながら見ていた。その出で立ちから戦士のようだ。
「ハイハイ、もういいから。あっちで火でもおこしといて。あぁ、精霊ちゃん今日は近くで野営させてね。」
(どうぞどうぞ。私はこの人についてるから。)
「…まぁ、見えないし大丈夫か。あと二人来るから。」
そう言ってエルフは来た道を戻って行った。
「見えてないけど、私はワイアットだ。よろしくな。」
ワイアットは泉から少し離れた所で小枝を集めると火をおこし側にあった石に腰掛けるとコックリ船をこぎだした。
お疲れですか…随分汚れてるな、鎧もキズだらけだ。肩にモヤッとした不穏なモノがまとわりついてるな。これ魔物の残滓か? 魔物退治してきたのか。
この泉の近くにも魔物はいる。そいつを倒すと時折その思念というか残りカスのような残滓が倒した相手にこびり付く。それがあると違和感があって動きが悪くなるようだ。
私は魔物の残滓が残るワイアットの肩にそっと触れ手でパタパタと払った。
邪魔だよ、アッチへ行って。
するとモヤッとしたモノはシュワシュワと霧散していった。
ちょっと手がピリッとするなぁ。
「アレ! なんだ? 軽くなったぞ、ノアか?」
ワイアットは急に顔を上げると少しスッキリとした感じで辺りを見回した。
「誰もいないなぁ、あ! 精霊ちゃんか、助かったよ軽くなった。優しいなぁ…良い子だ。」
嬉しそうなその顔を見て私も嬉しくなって来た。私は役に立ったようだ。
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