残念な愛機
戦闘機パイロットになるにはどうするか、ああ、大卒からなるなんてことは今のご時世ではありえない。航空軍幼年学校から逐次適正等を検査され、丁度、高校生になることにパイロット資格を取得する。そして、二年生後半には戦闘機パイロットとして防空防衛任務にあたる。これが空軍の短いながら伝統として残っている。
日本航空軍 中部方面軍 豊岡航空高等学校もその養成機関の一部であって、同時に三河湾以下太平洋の一部分の防空防衛を担っていた。無論、最前線は硫黄島航空部隊である。一級戦力とまではいかないが、一級間近の能力は有している。と言ったところだ。
「おはよう、雄二」
「おはよう、凛子」
制服を少し着崩して高等学校2年生の大山雄二は大あくびをしてから、同級生でバディの興福凛子の挨拶に返事を返した。
「眠そうだね、また、夜中までシュミレート?」
「うん、でもダメだ。ロシア語は難しいや」
「あんただけだもんね、ソビエト製」
「そうだんだよね、あそこであの棒をなんで引いたのかなぁ・・・」
2年生になると同時にパイロット養成課程の生徒には、自分の愛機となる機体が国家から貸与される。それは余程の事をしない限り、卒業してもして暫くまでは乗り換えることもなければ、取り上げられることも無い。文字通り、自分だけの愛機となる。それの抽選をクラスで棒びきで決めたのだが、その際にソビエト連邦製を引き当てたのが雄二だった。
第三次世界大戦後の日本は大国の衰退もあって、戦後の復興を自前でどうにか成し遂げた。経済大国と言われるまでになりそうになった頃、アメリカとソビエト連邦は外交を通じてその国力を削ごうとお互いに協力し、そこにヨーロピアンユニオンという国となった欧州連合国も加わって、空軍で使用する戦闘機の何割かを外国製にするように圧力をかけた。この話に内政干渉として反対する事は経済的理由と世界対日本という構図になりかねないと政府は判断しその条件を飲んだ。交換条件として数年前から締め上げられていた輸出品の関税税率を日本と同等にする条件と交換という名目でだ。
まぁ、最近はソビエト連邦の内紛のゴタゴタがあるお陰でソビエト製の戦闘機割り当ては少なくなっているはずだったのに、うちの学年に割り当てが1機、しかも、うちのクラスに降りてきた。
「凛子はなんだっけ?」
「FAー18、スーパーホーネット」
自慢げに言い放ち、通学バックについたキーホルダーを見せた。
「アメリカ製か・・・いいなぁ」
アメリカ製の戦闘機の性能は素晴らしいものがあることは確かで、なにより故障率もソビエト製に比べて格段に低かった。故障=死につながる世界で籤を引いた雄二は死刑囚にでもなったような気分だったのを思い出した。
あの時はクラス全員がマジで同情してくれた。
「あんたのは?」
「スー・トリアぇ・・・、NATO name でフルバック」
ロシア語の発音は難しい。
「え・・・・カモノハシ?」
「そう、カモノハシ」
Su−34戦闘爆撃機、ソビエト連邦スホーイ設計局が設計し製造した戦闘爆撃機、それが雄二の愛機となる。純粋な戦闘機ではなく、戦闘爆撃機、その違いは空戦において、甚だ、いや、比べ物にならないほど、不利であることは確かだった。そもそも戦闘機が花形のこの時代にどうして戦闘爆撃機なるものが回ってきたのかその時は理解できなかった。
「あれ、戦闘爆撃機だよね」
「そうだよ、爆撃機!」
「どこ爆撃すんのさ?」
「しらん」
ニヤニヤと笑っている凛子が言わんとしている事は意味がわかる。日本航空軍は防衛を主務とする。国外への派兵は一切なく敵地攻撃能力は保持していないのだ。もし、この戦闘機に爆撃の機会があったとするならば、それは不謹慎ながら領土が外敵に侵略された時となる。
その時はもう、負け戦に等しい事態だ。
「不公平だけど、しかたない。こんなもんで戦って勝つ」
「こんなもんってのもどうかなぁ」
ため息を吐きながらそう言った雄二に凛子は呆れた。
学校前の坂を登り始めると2人は制服を直して襟元のホックを止める。男女ともに制服は黒の詰襟でスラックス、磨かれた革靴、航空高等学校の学生であることを示す物は何一つとしてない。
校門前には校内警務隊が立っている。制服の乱れは意識の乱れ、と全時代的なことを言ってはうだうだと文句を垂れる鬱陶しい連中だが、 まぁ、間違ってはいないと2人は思っている。
制服などを指定の場所でまともに着こなせない者がパイロットになる資格はない。
「おはよ、お二人さん」
「おはよ、麗華」
「おはよう、レイちゃん。今日は警務の日なんだね」
同学年で警務課課程の西園寺麗華が元気よく挨拶をしてきた。今日の校門前警務は彼女の当番であったようだ。
「うん、2人とも制服は・・・よし」
上から下までじっくりと眺めた彼女は、手に持ったファイルにチェックを入れる。
「あ、雄二、聞いたよ。赤い爆撃機に乗るんだってね」
「そっちまで話が流れてんの?」
「くじ引きで失敗した雄二さんの愛機がどうなるか、みんなで賭けてんの」
「賭け事?」
「うん、まず、どこが故障するか」
口元に手を当てて彼女は微笑んだ。
「おい・・・」
「でも、その賭け事は初回から御破算になったわ」
「どういうこと?」
「ほら、早朝に3クラス分の戦闘機が着陸していったのだけどね」
「ああ、輸送隊が運んでくれたやつね」
戦闘機の引き渡しは通常は輸送隊のパイロットが操縦して学校まで持ってきてくれる。そして、そこから各種点検整備を終えて正式に引き継ぎの上で引き渡しとなる。
「雄二の機体、陸送されてきた」
「陸送・・・本当に?」
「ええ、今日の朝っぱらから非常呼集かけられて、岡崎東のインターから輸送車両を誘導したもの」
「災厄だ・・・」
陸送されてきた、という事は、今だに飛行することができない状態であることを如実に物語っている。つまり、お空は飛べませんよってことだ。
「まぁ、今、格納庫でガチャガチャやってるみたいだし、もう一つ変なこともあるのよね」
「これ以上、変なことってなにさ」
雄二にとってこれ以上の話は聴きたくないに等しい、しばらくは練習機で実戦機と訓練をしなきゃならないと考えると正直辛い。なにより、そんな不安定な機体に乗機しなければならないなど不安で仕方なかった。
「総司令部の警務部隊も来て、運び込まれた3番ハンガーの周辺を警備してた。雄二の陸送された機体が入ったとこのね」
「へぇ・・・。なんだろう」
総司令部付き警務隊といえば、警察省の対テロ部隊と同等の能力を持つ陸戦部隊である。そんな方々が私の残念な愛機の為にお越しになられたかと思うと、何かしら曰くがあるのだろう。
「ますます不安だなぁ」
「まぁ、少なくとも運ばれてきたんだから、運用はできるんじゃないかな」
凛子が焦ったように気を使って雄二を励ました。麗華はズケズケと言う癖があるのが玉に傷だ。
「ご、ごめんね」
またやってしまったというような顔で麗華が詫びた。
「いいよ、事実を知らぬより、知らされた方が楽だもの」
雄二はそういって2人は校門を離れると授業棟の下駄箱へと向かう。
授業棟は山の中腹にあって眼下には4本の滑走路が見渡せる。その滑走路の1本を所狭しと戦闘機が列になって並んでいた。アメリカ製、ヨーロピアンユニオン製、日本の国産機10式戦闘機が見えるが、やはりソビエト製はない。
「ねぇ、雄二」
ふと、凛子が立ち止まった。
「ん?なに?」
「さっき、麗華のやつ私達の所属飛行隊をバラしたよね」
「あ・・・」
『3番ハンガーに・・・』
飛行隊編成は愛機の受領後に発表される。しかし、それを待たずして麗華は口を滑らせた。
「3番は確か・・・・」
制服のポケットから時代遅れの生徒手帳を取り出してページをめくる。そこにはクラス別飛行隊編成と飛行隊名称が記載されていた。
[ 3番飛行隊 『Summer Princess 』]
この「夏のお姫様」のチーム名を持つ飛行隊は、やがてその存在を国内中に知らしめる事になるのだった。
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