―86― 残虐のハビニール

「まだ、6つしかリングを集められてないや」


 大会の参加者が何人かわからないけど、リングが6つでは恐らく1位には程遠いだろう。

 ちなみに、倒した人数はたったの4人。そのうち、一人がリングを2つ所有していたので、最初自分が持っていたのを含めて6つ手に入れたことになる。


「と、なにしているんだろ?」


 ふと、見ると広場に人だかりができていた。

 熱狂的な催しをているようで、見ている人たちは皆興奮している。

 ここからじゃあ、なにをしているのか全くわからない。

 僕の背が小さいせいなんだろう。群集が邪魔で、ジャンプしても前の様子が見えそうにない。

 なんとか見ようと、僕は群集の中に「すみません」と言いながら

割って入り、できる限り前へと行こうとする。


「ぎひゃひゃひゃひゃ!! 次の挑戦者はどいつだー!!」


 群集の中にいたのは、舌を出して笑う冒険者だった。モーニングスターという棘のついた鉄球に鎖が結び付けられた変わった武器を振り回している。

 思った通り、ここでは〈名も無きクラン〉のリーダーを決めるための大会を行っているようだ。

 その証拠にモーニングスターを振り回す男の周りには血を出して、倒れている冒険者が何人もいる。


「おいおい、ビビっちまったのかぁ! 早く次の戦いをしようぜぇ!」


 モーニングスターを持った男はそう言って、群集にいる人達を煽っていた。

 僕はこの男を知っている。

 ハビニールという名の男で、あまりにも素行不良なことで有名。何度も他のパーティーメンバーと問題を起こしてはパーティーを脱退させられている問題児。

 しかし、実力は他の冒険者に比べて抜きん出ているという噂だ。

 ついたあだ名は『残虐のハビニール』。モンスターをいたぶりながら殺すのが趣味なことから、そういったあだ名がついた。

 彼は間違いなくこの大会の優勝候補に違いない。

 だが、リーダーとしての素質はないだろうから、間違ってでも彼がクランのリーダーになった場合、レイドモンスター相手にクランが協力しあって倒すのはほぼ不可能だろう。

 ここで潰したほうがいいのは間違いない。


「あの、参加したいんですけど……」


 参加方法がわからないので、とりあえず僕はその場で手をあげて主張する。

 すると、集まっていた人たちの視線が一斉に僕のとこに集まった。


「おいおい、なんで『永遠のレベル1』のアンリがここにいるんだよ」

「こいつ、殺されたいのか!」

「おいおい、これじぁ、賭けが成立しねぇじゃねぇか!」


 と、皆が思い思いのことを言う。

 まぁ、僕は『永遠のレベル1』として有名なので、好き勝手言われるのは仕方がない。


「おいおい、アンリちゃんよ! 参加するにはリングを持っていなきゃいけなんだぜぇ!」


 僕を見たハビニールがそう言う。


「それなら、持っているので大丈夫です」


 僕は腕にはめていた5つのリングを見せながらそう言う。


「ぎひゃひゃひゃひゃ! マジでアンリちゃん、参加者だったのかよぉ! でも、いいねぇ。俺っち、弱いもの虐めは好きだからよぉ! いいぜぇ、相手してやるよぉ」

「はい、ありがとうございます」

「でもよぉ、俺っち加減できないからよぉ。間違って殺しちゃうかもしれないけど、それでも、いいかぁ?」


 彼はモーニングスターに力を込めながらそう言う。

 今まで戦ってきた冒険者たちとは、必要以上に怪我を負わせないためにお互いに武器を使わないで戦ったが、どうやら彼は遠慮なく武器を使うつもりらしい。


「いいですよ。僕も遠慮なく挑みますので」


 だったら、僕も武器を使おうと、短剣を抜き取る。


「ぎひゃひゃひゃ! いいねぇ! 身の程知らずには鉄槌をくだす必要があるよなぁ!」


 ハビニールは観衆に向かってそう叫んだ。

 すると、「うぉおおお!」と歓声が聞こえると同時、誰かが「殺せ!」と口にした。それはあっという間に、他の皆に伝播していき、気がつけば「殺せ!」というコールが全員から響き渡るようになる。

 これから起こるであろう残虐なショーが待ちきれないらしい。


「アンリちゃんよぉ、特別に一撃だけわざとくらってやるぜぇ!」


 と、ハビニールは舐めた表情で手招きする。

 彼のレベルは恐らく70近いはず。僕なんて、50レベルにやっと届いたばかりなんだから、相手のほうが格上には違いない。


「なら、遠慮なく」


 だから、彼の言葉をありがたく頂戴することにした。

 地面を蹴って、一瞬で彼に接近する。


「あ――?」


 どうやら僕の速さを目で追うことができなかったようで、突然目の前に現れた僕に対し、唖然としていた。

 それは観衆にも言えたことで、全員唖然とした表情をしていた。さっきまでの「殺せ」コールも消え失せていた。

 そして、短剣で彼の胸を斬り裂く。

 だけど、彼にはレイドバトルで活躍してもらわないと困るから、重傷にならないよう傷が浅くなるよう心がけておくことを忘れない。


「今度はそっちが攻撃していいですよ」


 一度彼から距離をとり、今度は僕のほうが手招きをする。

 こんなに多くの人に見てもらえるいい機会なんだ。ここで圧倒的な勝利を見せつければ、『永遠のレベル1』のあだ名を撤回できるに違いない。

 そうしたほうが、クランのリーダーに就任するさいに、皆の納得を得られやすい。


「ふ、ふざけんじゃねぇ!」


 怒り狂ったハビニールがモーニングスターを僕に勢いよく投げつける。

 だが、遅すぎる。

 これなら容易に避けることが可能だ。

 だから、僕はモーニングスターを再びかわしつつ、今度は短剣ではなく拳を使う。

 これ以上、短剣を使って攻撃したら重症を負わせるかもしれないから。


「がはぁっ!」


 拳が彼の顔を強打したおかげで、彼はうめき声をあげていた。

 無事、攻撃が成功したので後ろにステップをして、距離をとっては、


「もう一度、そっちから攻撃していいですよ」

「ふ、ぶざぇんじゃねぇ! ぶち殺すそ、クソガキィイイイ!」


 それからの戦いは、終始一方的だった。

 僕は短剣を使うのをやめ、ハビニールに近づいては彼の顔を強打する。それができたら、再び彼から距離をとり、彼に攻撃のチャンスを与える。

 当然、僕にモーニングスターが当たることはない。華麗に躱しつつ、近づいた瞬間、再び彼の顔を強打しては、また彼から離れる。

 そういった工程を僕は何度も繰り返していった。


「ま、まいりまじだ……っ」


 顔を真っ赤に腫らしたハビニールがとうとう音を上げては後ろに倒れる。


「ふぅ」


 と、僕は安堵しつつ、彼のリングを全て奪う。


「それで、次は誰が僕に挑戦しますか?」


 観衆に向かって、僕はそう口にした。


「お、おい……これはどういうことだ……?」

「な、なにが起きてやがる?」

「なんでアンリが勝てたんだよ……?」

「ハビニールのやつ連戦で体力を消耗しすぎたか?」


 彼らは困惑に染まっていた。

 よっぽど僕が勝てたことが信じられないらしい。


「俺に任せろ……っ!」


 ふと、群集の中から飛び出す者がいた。


「調子にのったガキは俺がこの手で潰してやる」


 そう言ったのは斧を持った肩幅が大きく背が低い男だ。

 どうやら、次は彼が僕と戦ってくれるらしい。


「それじゃ、始めましょうか」


 そう言って、僕は地面を蹴る。



「まげまじだ……」


 と言って、斧使いの男は倒れる。

 相手があまりにも弱すぎたせいで、瞬殺だった。


「おい、アンリが2連勝ってどういうことだよ」

「な、なにが起きてやがる……」

「ぐ、偶然勝っただけに違いねぇ」


 観衆たちはまだ僕の強さに疑問を持っているらしい。


「それじゃ、次戦いたい人は前にでてきてください」


 ふと、僕がそう言うと、


「おい、今度は俺と戦え!」

「俺と先に戦え!」

「抜け駆けするんじゃねぇぞ! 俺が先に戦うと決めたんだよ!」


 なぜか、誰が僕と戦うかで小競り合いが起きてしまった。


「だったら、全員同時にかかってきてもいいですよ」


 何気なく僕がそう言った瞬間――


「ふ、ふざけんなぁああああ!」

「舐めるのもいい加減しろ、小僧!」

「おらぁ、全員であいつをとっちめるぞぉ!」


 と、3人が怒り狂った様子で僕に襲いかかってくる。


「「「ま、まげまじた……」」」


 次の瞬間には、彼らは倒れていた。

 やはり瞬殺だった。

 そもそもモーニングスターの使い手のハビニールより強い冒険者なんて、ほとんどいない。

 恐らく、この場には彼より強い冒険者はいないだろう。

 だから、どれだけ相手をしても負ける気はしなかった。


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