―85― 大会の始まり

〈名も無きクラン〉のリーダーを決めるための大会が行われていた。

 参加者である僕は他の参加者を倒すために、リングの所有者を探し回っていた。


「いた」


 僕はそう言って、男の前に躍り出る。

 目の前にはリングを首にかけている冒険者がいた。


「おいおい、アンリじゃねぇか。なんでお前みたいな雑魚が大会に参加しているんだよ!」


 僕が手に持っているリングを見て、彼はそう言う。


「戦いを始めていい?」


 会話を続ける気になれなかったので、僕はそう問いかける。


「あぁ、いいぜ。どこからでもかかってこいよ」

「わかった」

「――あ? ブゴッォ!」


 次の瞬間には、彼の頭を蹴り飛ばしていた。

 僕の攻撃力は正直、並以下だ。一発で与えられるダメージは低い。だからこそ、急所を何度も攻撃する必要がある。

 だから、何度も攻撃を加えていく。


「ブベブベフベッ!!」


 殴られるたびに、彼は豚の鳴き声のようなうめき声をあげていた。

 あまりにも一方的すぎて、逆に彼のことがかわいそうになってくる。

 とはいえ、勝つために仕方がないことなので、僕は遠慮なく攻撃の手を緩めなかった。

 ドテンッ、と気がつけば、彼は泡を吹いて倒れていた。


「これで三つ目、と」


 彼からリングを奪い、次の所有者を探しに行く。


「あっ」


 僕がそう言ったのはリングの所有者を見つけたのもあるが、もう一つ理由があった。


「よぉ、アンリじゃねぇか。お前も参加していたのか」


 そう口にしたのは僕の顔見知りだった。

 アルセーナくんの所属しているパーティーのリーダーをやっている人だ。

 以前、毒蜥蜴ノ王バジリスクを倒す際、彼らと共闘した覚えがある。まぁ、共闘といっても、ほぼ僕一人で倒したようなものだが。


「以前はしてやられたが、今日は負けるつもりないからなぁ」


 と、彼は気合十分のようで血走った目で僕のことを睨んでいた。

 そんな中、僕は別のことを考えていた。

 この人の名前、そういえば知らない。

 アルセーナくんの所属しているパーティーのリーダーということは覚えているが、名前を思い出せない。

 あのとき、自己紹介したっけ? もし、していたなら、名前忘れたのすごく失礼だよな。


「それじゃ、遠慮なくいかせてもらうぜぇ!」


 気がついたときには彼は剣をもって僕に飛びかかってきていた。


「あの、お名前なんでしたっけ?」


 彼の剣をかわしつつ、僕はそう尋ねていた。


「あん? お前、俺の名前覚えていないのかよ! とことん、ふざけた野郎だな!」


 彼は激高しながら剣をふりまわすが、あまりにも剣をふる動作が遅すぎる。これじゃ、目を閉じていてもよけることができそうだ。


「そもそも、名前を聞いていなかったような気がするんだど……」

「うるせぇ! ふざけんなっ!」


 と言いながら、彼は剣を振り回し続ける。

 それでも一向に、彼の剣が僕に当たる気配がない。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 かわし続けていると、彼はとうとうバテたようで剣を地面に突き立てながら、肩で息をし始めた。


「お前、さっきからよけてばっかで、一切攻撃してこないじゃねぇか。とんだ、ふざけた野郎だなぁ!」


 どこがふざけているのかあまり理解できない。やっぱり、この人の言うことは時々わからないな。


「えっと、攻撃したら、名前を聞けなくなると思って……だって、殴ったら気絶するかもしれないし」

「な――ッ! お前、舐めるのもいい加減にしろよ! お前の攻撃力が低いことを俺は知ってるんだよ! お前の攻撃なんて屁でもないね!」


 いや、この前、殴って僕の攻撃が十分効くことは証明したと思うけど。


「よしっ、アンリ。俺に攻撃をしろ。そしたら、名前を教えてやる」

「え……?」

「お前の攻撃に耐えることは簡単だって、この身をもって証明してやる。だから、俺に攻撃をしろ!」


 と、彼は胸を張ってそう言う。

 なんか以前も似たようなことをやったことがあるな、って思いながらも頷く。


「わかった」

「いいか、手を抜くなよ。全力でやれ!」


 そう彼が言うので、僕は全力で殴ることにした。


「ぐはっ」


 と、彼はうめき声をあげて後方に吹き飛んでいった。

 やっぱり耐えられなかったじゃん、と思いながら、名前を聞こうと彼の元に駆け寄る。


「あ――」


 と、声を出したのにはわけがあった。

 というのも、彼は泡を吹いて倒れていたのだ。

 まさか本当に一発で沈むとは。てっきり一発ぐらいなら、耐えられると思っていたのに。

 結局、名前を聞けなかったけど、まぁ、いいかと思いつつ、彼からリングを奪って、僕はこの場から立ち去ることにした。


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