―83― 決断

「ぼ、僕になんのようですか……?」


 そう言った僕の声は震えていた。

 それもそのはず。目の前にいる男、ワルデマールはギジェルモの前にリーダーを務めていた男だ。


「あん? なんで、そんなビビってるんだよ? 俺たち知らない仲じゃないよな?」


 確かに知らない仲ではない。僕の父親と仲がよく、その縁で何度も顔を合わしたことがある。


「お前の死にかけの妹は流石に死んだか?」

「いえ、一応まだ生きています」

「へぇ、それはよかったな」


 と言いつつ、ワルデマールは僕のことをじっくりと観察するように見回す。

 そして、こう呟いた。


「お前、もうレベル1ではないな」


 ほぼ確信めいた口調だった。

 僕は戸惑う。肯定すべきか否か。僕が『永遠のレベル1』と呼ばれていたことは、もちろんこの男も知っているはずだ。

 その僕がレベル1を脱したことは非常におかしな話ではある。

 とはいえ、ここで否定したところで、僕のことを調べれば簡単にレベル1を卒業したことはわかるはず。

 だから、僕は肯定することにした。


「はい、もうレベル1ではないです」

「くっははっ、そうかそうか! ベンノのせがれがとうとうレベル1を卒業したか!」


 なぜかワルデマールさんは大声で笑い始める。なにがおかしいのか、理由がわからず、ただただ不気味だ。


「俺はよう色んな冒険者をこの目で見てきた。だから、冒険者を一目見れば、その男がどんな人生を歩んできたかわかるんだよ」


 そう言いながら、ワルデマールは僕のことを覗き込み、


「ベンノのせがれ、お前たくさんの死線をくぐってきたな?」

「…………」


 はいともいいえとも答える気にはなれなかった。ホントこの男がなにを目的としているか僕にはわからない。


「ギジェルモもお前が殺したんだな」

「――ッ!」


 なんでそのことを知っているんだ! と、僕は思わず驚愕する。


「くっははっ、やはりな。表情に出るからわかりやすい」


 そう言われて、しまったと思った。どうやらカマをかけられたらしい。


「……僕にギジェルモを殺せるわけがないじゃないですか」


 僕は否定しようとなんとか取り繕うとする。


「だったら、ここで証明してみようか」


 そう言って、ワルデマールは背中に背負ってあった大剣に手を伸ばそうとする。

 まさか、ここで決闘でもするつもりか! と思い、僕は慌てて短剣に手を忍ばせる。


「くはっはっはっ、冗談だぜぇ! こんなところで決闘なんてするはずがねぇだろ!」


 と、彼がまた笑い出す。

 そして、笑うのをやめると真面目な口調で、こんなことを言い始めた。


「なぁ、ベンノのせがれ。この町にレイドモンスターが出現することは知っているか?」

「は——?」


 レイドモンスター、という単語に僕は驚愕する。

 レイドモンスターといえば、名称未定がそもそもレイドモンスターだったはずだ。まさか、名称未定がモンスターとして町を荒らしたのか? というふうに思考して、すぐ自分の頭で否定する。

 ワルデマールの言いぶりからして、レイドモンスターはこれから出現するのであって、すでに出現したわけではない。であれば、名称未定がなにかやらかしたというわけではなさそうだ。


「それで今、皆が大慌てしているさ」


 さっき感じた違和感はそのせいか。確かに、レイドモンスターが現れることを皆が知れば、慌てるのも無理はない。


「特に慌てているのはギジェルモのクランだな。リーダーが失踪しているせいで、誰がリーダーをするか揉めに揉めている。レイドモンスターは全員で協力をしないと倒せないからなぁ。クランがこのまま、まとまることができなかったら、負けは濃厚だ」

「ワルデマールさんがリーダーをやればいいのでは?」


 先代のリーダーである以上、十分資格はあると思うが。


「嫌だね。俺はこの町を出ていった人間だ。クランのリーダーなんてやるつもりはない。それに俺以上に、リーダーの素質があるやつがいる」


 ワルデマールさん以上にリーダーの素質が持っている人なんているだろうか? と思いながら、話を聞いていた。


「お前だよ」


 と、彼は僕のことを指を指しながらそう言った。


「ベンノのせがれ、お前がクランのリーダーをやれ」

「えっと、僕には務まらないと思いますが……」


 ワルデマールさんの意図がわからない。僕にクランのリーダーなんてやれるはずがないのに。


「お前の意思は関係ない。お前がやるんだよ」

「えっと、ですが、他の人が僕がリーダーをやることを認めないと思うんですけど」

「それなら問題ない。今度、クランのリーダーを決めるため、急遽大会を開くことになった」

「そ、そうなんですか……」

「それにお前も参加しろ」


 どうしよう……。大会に出たいなんて微塵も思わない。

 だから、断ろうと思って——


「ベンノのせがれ。俺にはお前の願望がよくわかる。お前、誰よりも強くなりたいんだろ」

「それは、はい、そのとおりです」


 僕は迷いなく即答していた。

 妹を守るため、そして救うためにも誰よりも強くなるとずっと前に決めたはずだ。


「いいか、レイドモンスターを倒すことができれば、貢献度順に豪華な報酬が手に入る。強くなるには、それは絶対に必要なものだ。そして、貢献度をあげるにはクランのリーダーになることは必須だ」


 そう言われて、僕は目を見開く。

 レイドモンスターを倒すことで手に入る報酬。そんなことまで、頭が回っていなかった。


「それに、もしレイドモンスターを倒せなければ、この町は終わりだ。であれば、戦わない選択肢はお前の中にないはずだろ」

「考えておきます」


 僕がそう言うと、ワルデマールさんは満足そうに頷き、この場を去ろうとする。

 だけど、一つだけ気がかりなことがあり、僕は彼を呼び止めた。


「ワルデマールさん。あなたはなにが目的なんですか?」


 話を聞いていると、僕を戦地に向かわせたい。そんな意図をこの人から感じる。それが、なぜなのか僕にはわからない。


「お前がレイドモンスターに勝つことができたら教えてやる」


 そう言葉を残して彼はいなくなった。



「くっはっはっ、本当にベンノのせがれが生きてやがった」


 アンリと別れた後、ワルデマールはそう言って笑っていた。

 アンリの目撃情報を聞いてはいたが、この目で直接見るまでは信じることができないでいた。


「まさか、そっちに転ぶとはな」


 意味深なことを呟く。

 ギジェルモにアンリを殺すようけしかけたのは他でもない自分だ。だから、とうの昔にギジェルモによって殺されていると思っていた。

 だというのに、アンリはこうして生き残っている。


「ベンノよぉ。これはおもしろいことになりそうだぜぇ」


 ワルデマールは再び笑っていた。

 今夜はうまい酒が飲めそうだ。



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