―74― 3つのクラン

「きひっ、名称未定ちゃんのために新しい本を買ってきてくれたようですね」


 家に帰ると名称未定がトコトコと僕のとこまでやってきてそう口にした。


「いや、これは……」


 手に持っていたのは〈魔導書〉だ。恐らく、これを僕が買ってきた本だと勘違いしてのだろう。


「ごめん、これ僕用の本」

「ふんっ、人間が読書なんて珍しいこともあるもんですね」


 確かに、僕は滅多に読書をしないからそう言われても仕方がない。


「これ普通の本じゃなくて〈魔導書〉なんだよ」


 そう言いながら僕は席につき、本を開く。

 名称未定も興味あるのか隣に腰をおろした。


「なにが書かれていますの?」

「えっと、読めば魔法を使えると聞いたけど……」


 と言いながら、書かれている文字を読もうとする。


「……なるほど、そういうことか」

「なにが、なるほど、なんですの?」


 僕のつぶやきに名称未定が反応した。

 魔導書を開いて、まだ数ページしか読んでいないが、僕にはわかったことがあった。


「僕には理解できない本だ、これ」


 頭を抱えながらそう口にする。

 最低限の文字はこれでも覚えているつもりだが、魔導書の内容はあまりにも難解なのか、1ページを満足に理解することすら僕に無理そうだ。

 苦労して〈魔導書〉を手に入れたのに、結果がこれとかあまりにも残念すぎる。

 というわけで、僕は魔法を覚えることを諦めた。

 僕が〈魔導書〉から目を離したあと、今度は名称未定が〈魔導書〉を読もうとしていたが、数分足らずで「つまんねーです」といって〈魔導書〉を放り投げる。やはり、名称未定にとっても〈魔導書〉は難解だったらしい。

 だいたい〈極めの書〉や〈習得の書〉なら、開くだけで効果を発揮したのに、なぜ〈魔導書〉に限って、内容を理解しなくてはいけないんだろうか。理不尽すぎる気がする。


「せっかくだし、明日どこか行こうか」


 この前でかける約束していたのに、今日まで放ったらかしにしていたことを思い出しつつ、彼女にそう伝える。

 ダンジョン攻略も一段落ついたことだし、気晴らしするならいい頃合いだろう。



「きひっ、おいしそうな人間がたくさんいますね」

「本当に人間を食べるつもりじゃないよね?」

「さぁ、どうでしょうか?」


 まぁ、冗談ってことにしておこう。

 翌日、宣言どおり僕と名称未定は二人ででかけることにした。どことなく名称未定のテンションもあがっているようにも見えるし、なんだかんだ彼女も楽しみにしていたのかもしれない。


「って、どこに行くつもりだ」


 勝手にどこか行こうとする名称未定の手をひっぱる。


「名称未定ちゃんの好きなところに行っていいと言っていたじゃないですか?」

「そんなこと言った覚えはないんだけど。それに、お前の行こうとしている方向になにがあるのか知っているのか?」


 そう言うと、名称未定は首をかしげる。

 僕は呆れながら説明をする。


「このガラボゾの町には3つの区画があってな、お前の行こうとした場所は一番治安が悪い場所だぞ」

「それは大変楽しそうな場所じゃないですか」


 なおも行こうとするので、名称未定のおでこをデコピンする。すると、彼女は「ひうっ」と鳥の鳴き声のような甲高い声を出していた。


「今日は面倒ごとは一切なしだ。それを約束できないなら、家に帰る」


 と、少しキツめに言う。


「きひっ、名称未定ちゃん、面倒ごとを起こすつもりなんて微塵もありませんので、どうぞご安心くださいな」


 おちょくったような表情でそう言うので、あまり信用できない……。

 とはいえ今日は名称未定のために一日を使うと決めたつもりだ。今は彼女の言葉を信じることにしよう。


「3つの区画ってなんですの?」


 名称未定を引き連れながら歩き始めると、気になった単語があったようでそう訪ねてきた。


「この町には3つのクランがあって、クランごとに支配している地域があるんだよ。お前が行こうとしていた区画は、あのギジェルモが支配していたとこだからな」

「クランなんて単語、初めて聞きました」


 あれ? 今まで言ったことがなかったっけ?


「3つのクランにはそれぞれリーダーがいて、それを三大巨頭と呼ぶわけだ」

「そもそもクランってなんですの?」

「冒険者同士を束ねた組織だな。束ねることで強い権力を持つことができる。そのおかげもあって、この町は貴族に支配されていない」


 この町も名目上、支配している貴族はいるはずだが、事実上、この町において貴族の権力は皆無となっている。それは冒険者たちが結束し、権力を持っているおかげだ。 


「パーティーとは違うんですか?」

「パーティーは一緒にダンジョンを攻略する仲間だから、せいぜい6人ぐらいの集まりだろ。比べて、クランだと何十人もの冒険者が所属している」

「クランに所属していることでメリットはあるんですか?」

「それは……メリットというか、クランに所属していないと爪弾きにあう可能性が高いから。この町で冒険者をするなら、クランに所属しておいたほうがいいんだよ」


 クランに所属することで、冒険者で得た報酬の一部をクランに上納する必要があるとはいえ、そもそもクランに所属していなければ、素材の換金時にぼったくられたりすることになる。

 それに換金所に限らずあらゆるお店はクランにみかじめ料を払っている。だからこそ、クランに所属していれば優遇されるし、逆もまたしかりといえるわけだ。


「人間、お前もどこかのクランに所属しているんですか?」

「えっと……一応?」


 と、疑問符がつくのにはわけがある。

 僕はギジェルモのパーティーを追い出された。だが、パーティーより大きな括りであるギジェルモのクランを追い出されたかというと、微妙な判断になる。

 ギジェルモ自身は僕をクランから追い出したつもりなのかもしれないが、別に具体的な手続きを踏んで脱退したわけではない。

 そのため、僕がギジェルモのクランを脱退したということは周知されていないため、この町の人たちは僕が未だにギジェルモのクランに属していると思っているわけだ。

 おかげで、僕は今まで換金するときや武器を買うときにぼったくられたり、といったことにあっていないので都合がいい状態には違いなかった。


「人間はなんというクランに所属しているんですか?」


 と、名称未定が言うが、答えに窮する。

 というのも――


「クランに名前がないんだよね」


 そう、ギジェルモがリーダーのクランには名前が存在しないのだ。


「ん? どういうことですの?」


 と、名称未定が眉をひそめるのは当然だろう。

 僕自身、なぜそんなことになっているの正確には把握していない。


「さっきこの町に3つのクランがあると言ったでしょう。他の2つにはちゃんと名前があって、一つが〈緋色の旅団〉といって、強い冒険者か強くなる見込みがある冒険者でないと入るのが難しいクランで、純粋にダンジョンの攻略を目的としたクランなんだよね。もう一つが、〈ディネロ組合〉といって、これは冒険者というよりかは金持ちの商売人が自衛をするために冒険者を雇ったことが始まりのクランなんだよね。だからこそ、〈ディネロ組合〉が支配している区画は富裕層向けのお店が多いんだよ」


 以前、オーロイアさんに連れられた高級店も、恐らく〈ディネロ組合〉の傘下にあるお店のはずだ。


「んで、ギジェルモのクランはこの2つのクランに反発した冒険者たちが集まったことで組織されたものなんだよね。だから、組織として運営しているわけでもなければ、なにか目的があるわけでもない。もちろん、クランとして結束しているわけでもない。そもそもクランとしての要件を果たしてないから、クランと呼ぶべきではないんだろうけどね。だだ、事実として、他のクラン同様、ギジェルモたちは支配している店からみかじめ料をもらっていたし、傘下のパーティーからは上納金をもらっていた。だから、実質クランのような組織ではあったわけだ」


 そんなわけだから、ギジェルモの支配していた地域は、治安が悪かったりスラム街になっていたりする。

 所属している冒険者たちも荒くれ者が多い。

 ちなみに、勘違いしないでほしいのだが、ギジェルモのクランと名目上ではそう呼ばれているが、直近のリーダーがギジェルモだったからそう呼ばれているだけで、ギジェルモが作った組織ではない。

 この町のクランの歴史が古く、ギジェルモ以前にも何代にも渡ってリーダーが存在していた。


「でも、そのギジェルモが消えたおかけで、今、クランは宙ぶらりんになっているんだよ」

「消えたんですか?」


 名称未定が小首をかしげていた。


「お前が原因で消えたんでしょ」


 まぁ、僕の原因でもあるわけだが。

 ただ、名称未定には心当たりがなかったようで首を傾げたままだった。じっくり丁寧に説明して思い出させてもいいのだけど、僕自身あまり思い出したくない記憶だし、まぁいいか、と放っておくことにした。


「ギジェルモだけが消えたなら、ナンバー2が新しいリーダーになればよかったんだけど、ギジェルモとその一派が全員いなくなったから、誰がクランを管理するか揉めているらしいんだよね」


 具体的にどう揉めているのかまでは知らないけど、風の噂でそう聞いた。


「他2つのクランが介入するみたいな動きもあるらしいし、ともかくギジェルモが支配していた区画は、そのせいもあって荒れているから、お前は決して近づくなよ」

「はぁ~い」


 名称未定は小馬鹿にしたような返事をする。本当にわかってくれたのだろうか。


 と、そんなふうに長々と会話をしていたら、気がつけば目的地についていた。


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