113.達成されたくない、大切な約束


「それでは1ゲームですね。…………はい。手続き完了しました。お楽しみください」

「ありがとうございます。 行こっ!前坂君!!」


 無事に受付を終えた俺達はシューズ片手に上階のボウリング場に向かうため揃って階段を上がる。

 彼女はシューズ片手に上機嫌だ。ふむ、そんなにボウリング好きなのかな……?


「ボウリング、好きなの?」

「う~ん……普通、かなぁ?あんまり上手でもないしね」

「それにしては随分と楽しそうだったけど……」

「だってようやく前坂君と遊べるんだもん! 今までお互いに都合が合わなかったからさ~」


 たしかに。これまでよく誘われはしてきたが、彼女が友人に連れて行かれたり、俺の用事のせいで生憎な事が何度もあった。

 思い返せば小北さんと遊ぶのは初めてかもしれない。……そもそも、高校に入ってからあの三人以外と遊んだことがないのだが。


 でも、こうして目に見えて楽しそうにしてくれると俺としても嬉しい。


「そっか。1ゲームでよかったの?」

「できればもうちょっと遊びたかったけど……でも放課後ですぐ暗くなっちゃうから今日は我慢我慢。また来ればいいだけだしね」


 ボウリングというのは案外時間がかかるものだ。

 そう何ゲームも続けてやっていると、ただでさえ放課後で夜も近いのに気付けば真夜中になってしまう。

 それでも1ゲームだとすぐ終わると思ったが彼女がそれでいいのならいいのだろう。それ以上何も言うことは無く階段を登り切る。



「到着っ! レーンってどこだっけ?」

「えーっと……1だから端っこかな?」

「1って……すぐそこじゃん! 楽でいいね!」


 もしかしたら逆方向かと思ったがそんなこともなく、階段のすぐ側には1と書かれたレーンが。

 よかった。このフロアに15と少しもレーンがあるものだから端っこまで行くのは地味に辛い。

 お客さんも数える程度しか居ないし、そこらへん店員さんが気を利かせてくれたのだろうか。


 俺たちは荷物を置いてからそれぞれボールを取りに行く。

 どうやら軽いボールは遠くに配置されているようだ。小北さんがどんどん奥へと向かって行っている。


「さて、と……」


 先に一人ボールを確保した俺は椅子へ腰掛けてポケットのスマホを取り出す。

 そこにはメッセージが1件。どうやらリオからのようだ。


『やほ。 元気してる?』


 送信時間はおよそ20分前。学校を出る頃か。


『問題ないよ。どうしたの?』

『よかった。 こっち落ち着いたから時間ある日を聞こうと思って』


 俺が返事を返したらすぐにメッセージが来た。

 もしかしてずっと待ってくれていたとか……?いや、きっとたまたまスマホをいじっていたのだろう。


『今週は学校以外大丈夫だよ。週末は丸一日平気』

『んじゃあ……水曜。明日の放課後ってどう?』


 明日か。思ったより早いけど、時間はあるし問題ない。


『大丈夫。放課後だね』

『ありがと。時間になったらタクシー寄越すからそれに乗って来て~』


 了解の旨の返信をしてスマホを消灯させる。

 明日の放課後か……全く答えなんて出ていないが、なるようになるしかない。


「な~に……してんの?」

「わっ!…………って、小北さんか。びっくりしたよ」


 重い気持ちを誤魔化すため深呼吸していたら、突然頬に触れる冷たい物体。

 と、同時に小北さんの声が降ってきた。どうやら彼女は飲み物を買ってきていたようでその手には二本のペットボトルが。


「はい、スポドリでよかったかな?」

「ありがと。 ここって高かったでしょ?いくら?」

「いいのいいの! 勝手に買ってきたものだからさ。ありがたく貰ってよ」


 こういう施設の飲み物って総じて高いのに、ありがたい。

 受け取ったスポドリをテーブルに置いてソファーの端に座ると彼女も隣に座ってくる。

 ……4人掛けのソファーなのに、すぐ隣へ。


「……小北さん?」

「ん~?」

「近くない?」

「まっさか~。 飲み物奢ってもらったのにまさか離れろって言う前坂君じゃないよね~?」

「…………」


 そこをつかれると何も言えない。

 まぁ特に問題ないからいいのだが……でも、時々お互いの肩が触れて、離れてと。その暖かくも柔らかな感触が肩に時々伝わって来るのがもどかしい。


「…………な~んて冗談だよ! ごめんねからかっちゃって」


 隣の感触にドキドキしながら目の前の端末に触れようとすると、そう軽い口調で一人分の離れる小北さん。

 彼女はそのまま買ってきた自身のお茶を開けて一飲みする。


「前坂君って優しいからさ、ついついからかいたくなっちゃうんだ。 あードキドキした。私も恥ずかしかったからこりゃ失敗だね」

「驚いたけど、なんで仕掛けた方の小北さんの顔が真っ赤なの……」

「わかってるよぉ……! ほら、早く始めちゃお!」


 俺以上に顔が真っ赤になっている彼女はそのまま端末に身体を近づけてゲームを開始させる。

 軽快な電子音と上部のモニターに表示されるのは空っぽなスコア。小北さんは一人立ち上がって持ってきたボールを両手で持ってこちらに突き出した。


「じゃあ前坂君、勝負だよ! 景品は……買ったほうが明日購買でデザート奢ること!!」


 そうして見事なフォームで飛び出たボールが転がっていく。

 少しカーブのかかったボールはピンの手前でクイッと曲がり、ガーターへと吸い込まれていった――――



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「や~! 遊んだ遊んだ!!」


 ボウリングも終わり、施設から出た彼女はうんと手を上げ伸びをする。

 その表情は晴れやかとしていてまさに一切のストレスが吹き飛んだ様子だ。


「すっごい気持ちいい顔してるけど、明日のデザートよろしくね?」


 そんな顔をしているが、勝負の結果は俺の勝利が決まった。

 スコアは75対68。底辺の争いだが勝ちは勝ち。明日は俺がデザートを奢ってもらうことになったのだ。


「む~、わかってるよ~。 それにしても暗くなったねぇ。まだ9月なのに日が落ちるの早くなったなぁ」


 時刻は18時半。夏至だったらまだ明るかったのに今は遠くに太陽の残滓が見えるだけで空は濃紺なっている。これからドンドンと日の入りが早くなってくるだろう。その分気候も安定してくれることを期待する。


「だね。 送っていこうか?」

「大丈夫!お姉ちゃんにお迎え頼んだから車で帰るよ! むしろ前坂君も乗ってく?」

「ならよかった。 俺は買い物して帰るから歩いてくよ」

「そっか…………」


 小さく呟いた彼女は駅の方向へ無言で歩きだす。

 今日のボウリングは楽しかった。でも、そういえば小北さんは以前……


「ねぇ前坂君」

「ん?」

「今日、楽しかった? 気分転換になったかな?」

「もちろん。すっごく楽しかったよ」

「……そか。よかった」


 前を歩く小北さんはこちらを振り向くことなく聞いてくる。けれどその言葉から微笑んでいるような気がした。



 互いに無言のまましばらく歩き、ふと信号を渡りきったところで気になったことを聞いてみる。


「それより小北さん。前、カラオケに行こうって言ってなかった?なのになんで今回ボウリングに……?」

「あぁ、そのこと……」


 思い返せば以前、彼女は一緒にカラオケに行くと意気込んでいた。なのに今回来たのはボウリング。気分転換と言うならばどちらでもできるし、それこそ気分と言われてしまえばそれで終わってしまう話なのだが。


「……もう着いちゃったね。ほら、あれがお姉ちゃんの車」


 そう言って指差した先に停まってあるのは一台の軽車。よく見ると近くには以前会ったのぞみちゃんの母親が。


 小北さんは数歩俺から距離を取ってクルリと振り返る。その表情はいつも以上に明るさを込めた無邪気な笑顔のままで――――


「だって、そう簡単に約束が達成されちゃったら一緒に遊ぶ理由が無くなっちゃうもん! また今度、一緒に遊ぼう?今度は丸一日かけて!!」


 「またね!」と声を上げて車の方へと走っていく小北さん。

 一つ会釈をしてくれるお姉さんと共に、車が見えなくなるまで俺はその場で見送っていた――――。

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