112.悩みの発散
昨日、月曜日。
俺は神鳥さんと1対1で話していくつか心の整理がついた。
それまで頭の中を占めていたのは更に先日の日曜日のこと。
掃除中、アイさんの部屋であった一連の出来事。
あの時のことは鮮明に覚えている。彼女、アイさんの告白とその行動。危うくそのまま突っ走るところだったが、エレナとリオの行動により何事もなく終わった。
そして最初から考えていたことだが、神鳥さんと話すことによって全面的にアイさんを許し、エレナとリオが何を言ってきても庇うということを俺は決意した。
それが恋愛感情によるものかは…………わからない。
確かに彼女は非の打ち所がない天使だ。これ以上ない、人を超えた天使だ。二度も繰り返したところで、もちろん天使は比喩だが。
しかし、これがファン由来の憧れなのか、恋愛感情かがわからない。そもそも今まで異性に固執したり付き合ったことのない人生、そんな若造へ「これが恋です」なんて言われてもピンとこないものだ。
もちろんアイさんが他の男の人と一緒になんて考えたらムカつくし嫉妬する。どこかで読んだ漫画だか本には嫉妬が恋のはじまりなんて書いていたが、そうとも言い切れない懸念事項がまだ片付いていなかった。
それがリオ、エレナのこと――――
リオは知っていたがまさかエレナも俺のことを好きと言ってくれているとは思わなかった。
好きで居てくれたらいいなぁと、漠然と妄想したこともあるがそれが現実になると非常に混乱する。
だってそうだろう。先述した嫉妬の感情、それはエレナにもリオにも当てはまってしまうのだ。二人が別の男の人へ行くなんて考えたら心中穏やかじゃない。
こんな、三人に等しく抱える感情が恋愛感情と言っていいのだろうか。傍から見れば完全な気の多い男でしかない。
当人にぶちまけられたらラクだろうが、そんなことをすればグーが飛んでくること間違いなしだ。
あぁ……アイさんに勝手に部屋入ったことを謝りたいけど、会いたくない。こんな酷い心のまま会いたくない…………
「ね~え~! 前坂く~ん!!」
「…………ん?」
誰かしらの呼び声に今まで耽っていた考えを中断して顔を上げると、そこには白い服に紺色の襟、そして水色のリボンのセーラー服に身を包んだ少女が立っていた。
俺が見上げた時点では正面に彼女の細い腹部があったが、俺が反応すると見るや直ぐにしゃがんだようで彼女の端正な顔がすぐ目の前にやってくる。
「ん……じゃないよ~! もう放課後だよ~!ホームルームでも先生心配してたんだからね!呼びかけても反応ないんだから~!」
チラリと顔を更に上げて教室の壁にやれば確かに放課後の時刻を指している。
一体いつから考えに没頭していたのだろう。お昼は……食べた覚えがある。その後の授業は……ダメだ。記憶がない。
どうやら先生の言葉も聞こえないほど集中していたみたいだ。
目の前に見える彼女――――小北さんの眉がつり上がっている。
「あー……ありがと。全然気付かなかったや。帰って今日の夕飯作らなきゃ――――」
「あっ! 待って!!」
机に掛けられたバッグを手に取り立ち上がろうとするとその手首が小北さんによって掴まれる。
なんだか最近手首掴まれてばっかりだな。怪我とかは気にしてないが……だってみんなの手は細くて柔らくて力も優しいし。
ってそうじゃない。目の前の彼女の眉はつり上がったままだ。もしや、説教か?
「ごめん。もしかして……先生の話聞いてなかったこと怒ってる?」
「ううん、そうじゃなくって……前坂君どうかしたの?なんだか今日一日ずっと調子悪そうで……風邪?」
どうやら怒っているというより心配してくれていたようだ。
風邪か……まだそっちのほうが良かったのかもしれない。って何かさっきの言葉に違和感があったような。
「風邪なんてもっての外で至って健康体だよ。……ん?今日一日?ずっと見てたの?」
「あっ!いや! それは……そうじゃなくって……………………そう!大外君に『心配だ~』って言われたの!!」
手をパタパタと振って説明をしてくる小北さん。
でも確か今日、智也は彼女の文化祭だからって……
「智也は今日休んでなかったっけ?」
「~~~~!! もうっ!何でもいいでしょ! 風邪じゃないなら何かあったの!?」
無理矢理方向転換させられた感が……
でも、風邪じゃないなら……そうだな……ホントのことを言うわけにもいかないし。
「……ちょっと悩み事があってね。ずっと考え事してただけだよ」
「そうなの? 私が聞いてどうにかなりそう?」
「ちょっとむずかしいかも」
「そっか……」
小さく言葉だけ紡いで顔を伏せってしまう小北さん。
ごめん、さすがにこれは大ファンである小北さんに話せる内容じゃないんだ。
心が締め付けられる思いでその場を立ち去ろうとするも、まだ彼女の手は俺の手の上にあって動くことが出来ない。それどころか力がだんだん強くなっていってる。
「前坂君、今日この後なにかあるの?」
「今日? 帰って夕飯作るくらいだけど……」
「そっか……じゃあ十分時間あるね! いこっ!前坂君!!」
「いくってどこに?」
彼女は手を掴んだまま立ち上がる。
俺の問いには何も答えない。彼女は俺にニヤリと企みを含んだ笑みを見せつけて付いて来るよう促した――――
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「とうっちゃ~~く!!」
彼女が引く手に大人しく付いてくること約20分。着いた先は繁華街。
どうやら今は学生の時間帯のようだ。見渡してみるとサラリーマンもチラホラと見えるが大半は俺達と同じように制服を身に包んだ学生。それもグループで行動している人たちばかりだ。
俺はその中の一角、目の前にある建物に目を向ける。
「ここは……」
「ボウリング場だよっ! やったことある…………よね?」
隣の小北さんは少し確かめるように聞いてくる。
高校に入ってからはご無沙汰だったが中学時代は確かにやったことがある。あまり球技が得意ではない俺のスコアは下の下だが、そんなことを気にせず遊べる友人、智也とは稀に来ていた。
「やったことあるけど……どうしてここに?」
「何か知らないけど一日中悩んでたんでしょ? それ以上考えてたら思考がこう……グルグル~!ってなっちゃいそうだからさ、その前に気分転換って思って!」
なるほど。俺のために、気分転換のため連れてきてくれたのか。それは素直に嬉しい。彼女の言う通りあれ以上考えていても思考のループに陥るだけで何の結論も得ていなかったから丁度いいかも。
あと、さっきの『グルグル~』って時の目を瞑って頭振るのは可愛かった。
「……ありがとう。確かに小北さんの言う通り、あれ以上考えても何も出なかったかも」
「ふふん!でしょ~? それじゃあ早くいこ! もう夕方なんだし遊べる時間無くなっちゃう!」
そう言って掴んでいる俺の手を引っ張って店内に入ろうとする小北さん。
されるがままだったから気にしてなかったけど、そういえばずっと…………
「ずっと、俺たち手繋いでるね」
「っ――――!!」
ポツリと小さく呟いたら彼女は歩こうとしたポーズのまま身動き一つとらなくなってしまった。
手を離したのは靴の履き替えの時くらいか。後は歩いている最中、バスに乗っている間など、ずっと彼女は俺の手を引っ張っていた。いつの間にか手首を掴んでたのに手に切り替わっていたし。
「あ~…………ほらっ!前坂君が迷子にならないようにとか!」
「高校生にもなって迷子……」
「うっ…………。 うぅ……その、ごめん。迷惑だったかな?」
段々と語気が弱々しくなっていき肩が落ちていく小北さん。
しまった、せっかく気を使ってくれたのに余計なことを。俺は語気が弱まるのにつれて離れていこうとするその手を、離さないようにギュッと握りしめる。
「えっ……?」
「全然迷惑じゃないよ。嬉しかった。 ほら、行こう?」
「…………うんっ!!」
俺は小北さんと共にボウリング場に入る。
その夕焼けに伸びた影は長くもシッカリと二人を繋いでいた――――
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