110.同類

「リオ……! どうして……! 買い物に行かせたはずなのに…………!」


 リオに押さえつけられたアイさんは必死に抵抗するも、体重を乗せた捕縛に敵うことはなくビクともしない。

 問いかけられたリオも答えるべくゆっくりと口を開きはじめる。


「ちょっと前から思ってたけど…………アイの、慎也クンを見る目が今日は一段と熱籠もってたからね。買い物も行くフリをして私の部屋から様子を伺ってたよ」

「そんな……エレナもここにいるのは……」

「もちろん。しばらく見てたら慎也クンに続いてアイが入っていくんだもの。急いで呼びに行って私の鍵で開けたよ」


 彼女たちの鍵……それは三人とも残り二人の分も持っているという。

 エレナのぶんは俺が、アイさんのは自身が持っているとするならばリオが鍵を使うしか無いだろう。

 もしこれでリオが何の疑いもなく買い物に出かけていたならば……いや、考えるのはよそう。


「くぅ…………!」

「……さて、エレナ。悪いんだけど慎也くんの手錠を外してくれない?見た感じオモチャだからどこかにボタンがあると思う」

「…………」


 エレナは何を言うわけでも無くただ黙って俺に近づき、手首の手錠を探り出す。

 するとすぐにボタンを見つけたようで、カシャリと小さな音の後手首の開放される感覚が。

 同様に足首の手錠も外してくれて俺に立ち上がるよう促してくる。



「平気?怪我とか……何もされてない?」


 小さくも確かに、俺を案じてくれる声が聞こえてきた。

 ほんの十数分前に聞いたばかりなのだが、もう何日も聞いてなかったかのような懐かしさと安心感に思わず身体の力が抜け始める。


 そのせいで一瞬足元がおぼつかなくなりふらついてしまったが、エレナの咄嗟の支えにより事なきを得た。

 片手を上げて問題ないと示すと彼女はそっと離れてくれる。


「ありがと。 大丈夫。怪我も何も無いよ」

「そう……。 ごめんね、怖い思いさせちゃって」


 怖い思いだなんてそんな。

 むしろ少しビックリしただけで、きっかけとしては勝手に部屋に入った俺が悪い。


 乱れた俺の服を丁寧に直してくれた彼女は振り返ってベッドに倒れ込んでいるアイさんと向かい合う。


「ありがとね。リオ。 もう離していいわよ」

「そう? じゃあ私は慎也クンとイチャコラしてるわねぇ」

「…………程々にね」


 え、それは止めてくれないの?


 何をされるかと一瞬身構えたが、リオは拘束を解くと、トテトテと俺のそばに付くだけで何もしてこない。

 アイさんもエレナが見ているからかベッドの上で座った状態のまま大人しくしているようだった。


「リオ…………リオの『トップアイドルになる約束』って、約束した相手は紗也ちゃんでしょ?」

「ん? あぁうん、そうだよ。よくわかったね?」


 アイさんがベッドに手をついたまま話しかけてくる。

 その表情はうつむき、髪に隠れているためわからない。



「なら…………なら!なんで慎也さんにこだわるの!! リオに紗也ちゃんがいるなら……ボクに慎也さんをくれたっていいでしょう!?」


 ――――それは彼女の心からの叫びだった。

 彼女の言葉に即答する者は現れずただ静寂が一時空間を包み込む。


 問いかけられたリオはそっと俺の手を握って、一人彼女の前へ半歩踏み出した。


「それはダメ」

「どうして!?」

「そもそも、約束をしたのは慎也クンの彼女として認めてもらう条件だから。私はずっと……小学生の頃から慎也くんの彼女になるために頑張ってたから」


 真っ直ぐなその言葉に俺は彼女を直視することができない。

 俺はそんなに立派な人間じゃない。むしろ俺のほうがふさわしくないのにと…………。そんな思いが頭の中を駆け抜けるが、今は考えるべきではないとその思考を横に振る。


「それだったらボクだって……!」

「そう。私もアイも、エレナだってその資格はあるね。みんなおんなじグループなんだから。……ね、エレナ?」


 リオに話を振られたエレナは今まで黙って組んでいた腕を解き、一つ息を吐いてベッドの横に腰掛ける。

 そしてその身体を捻りアイさんと向かい合わせて乱れた髪を梳きはじめた。


「アイ、そんなことも気付かないなんて視野が狭くなりすぎよ。どれだけ一直線過ぎるの」

「エレナ…………」

「それにしてもこの部屋、凄いわねぇ。一つたりとも撮られた自覚なかったわ。ここまで私のことも好きでいてくれてるとはね……」


 エレナが見上げた先には一面の写真の数々。

 どうやら俺と同じようにエレナも覚えがない写真のようだ。何もアイさんからの返答がないと判断したのか彼女は話を続ける。


「私についてはどうでもいいわ。撮られ慣れてるし。 問題はさっきのことよ。 あなたね、無理矢理迫って慎也が女性恐怖症にでもなったらどうするつもり?危うく元父親と同じことしてたわよ」

「ボクが…………あの男の人と…………?」

「えぇ。だってそうじゃない。 隠し撮りするし、拘束までしてから一方的に迫って恐怖を植え付けて」

「……………」

「ま、幸いにも慎也はそんなヤワじゃないみたいだけど。さすが私の弟ね」


 自信満々の笑みでこちらに振り向いて手を軽く振るエレナ。


 ……あ、はい。もう弟でいいです。諦めました。

 落ち着いた今考え直したら、ああも迫ってくれるのは恐怖どころかご褒…………なんでもない。


「慎也クン、こっち」

「リオ?」


 エレナがこちらを見た時に目配せでもしたのだろうか。

 リオが引っ張る先にはいつの間にか持ってきた椅子。

 よく見ると部屋の隅にある机から椅子だけを持ってきたようだ。促された俺は黙って腰を掛ける。


「膝に座っていい?」

「…………ダメ」


 そんなことをしたら火に油を注ぎかねない。

 隣でぶーたれるリオを放置してエレナに目を向けると、彼女は優しくアイさんの髪をかき分けてその表情を露わにする。

 うつむきがちに見えるその表情は目を伏せ、落ち込んでいるのが見て取れる。目の端には微かに涙のようなものも浮かんでいた。


「ほら、そんな暗い顔をしない。せっかくの可愛い顔が台無しじゃない」

「でも……ボク……慎也さんに酷いことを…………」

「そうね。でも、私だって同類よ」

「…………?」


 エレナはそんなアイさんの頭を撫で、一度ベッドから降りる。

 そのまま俺の前まで来て同様に頭を一撫でし、そっと中腰になってリオへと視線を移した。


「リオ、ごめんね」

「しゃ~ない。 今回ばっかりはエレナの勝ちだわね。慎也クンには悪いけど」

「その通りね。 慎也には悪いけど」


 二人揃ってなんだかよくわからない会話をしていた。

 そして微笑みあった彼女らは、優しい目をしながら座っている俺へと意識を移す。


「その、俺に悪いってどういうこと?」

「そうね。実際に見てもらったほうが分かるわ」

「見るって何―――――――――!!」


 ボウっと二人の会話を聞いていると、突然迫るのはエレナの顔。

 反射的に逸そうともしたがエレナの小さな手が顔を包み込んで首を動かすことはかなわない。

 そして、小さく震える手、キュッと目を瞑った顔が迫ってくるのをどうすることも出来ず、先程のアイさんと同様、唇に柔らかな感触に襲われた。


 今度はキスをされていると理解するのにそう時間を要さなかった。

 反射的に身体を強張らせ、離れようとするも後ろから両肩をリオに掴まれていて動くことが出来ない。



 ――――全く慣れていないのか唇越しに歯が当たる下手くそなキス。

 アイさんはぬいぐるみで練習をしたと言っていた。比べるようで悪いがエレナは本番も練習も、そういったものは一切ないのだろう。

 ただただ唇同士をあてるという、下手くそなキスを終えた彼女は満足そうな表情を見せながらゆっくりと距離を取る。


「えぇ。私も慎也が好き。大好きよ! 当然、弟よりも彼氏になってほしいわ!」

「――――」


 なにも言えなかった。

 もしかしたら、と思う時もあった。そうであったら嬉しいとも。


 けれどこうも目の当たりにすると何も言えない。開いた口が塞がらない。

 まるで注射を我慢した子供を励ますように後ろから頭を撫でてくるリオが、ついでとばかりに頬へキスをしてくる。


「と、いうことで無理矢理迫った件を含めて、慎也のことが好きな私もアイも同類よ。ついでにリオもね」

「ついでとは失礼な。私が一番初めに好きだったというのに」


 リオは役目を終えたように俺を立ち上がらせる。

 もしかして、このためだけに椅子へ座らせたというのか。


「エレナ……ボク…………」

「えぇ、いいわ。ちゃんと話しましょ。 でも、その前に――――慎也」

「……?」


 アイさんの言葉を遮ってエレナは俺へと再度振り向く。

 さっきまでとは違い立ち上がった都合上、完全に見上げる形になった彼女はもう一度手首の様子を伺って俺の顔を視界に収める。


「ごめんね? 慎也が当事者なのは分かるけれど、今日はこれくらいにしてもらえないかしら? 三人で話し合いたいの」

「え?うん。 それくらいなら全然…………」

「本当に今日はごめんね。 また近いうちに絶対、謝りに行くから。アイにも謝らせるし」


 謝るだなんてそんな。

 ちょっとしたアクシデントがあっただけで実害なんてほとんどなにもない。

 キスだって、それは俺より彼女たちが大変だろう。むしろ俺は悪い気なんて一切しなかった。


「わかった。 じゃあ、また今度」

「あ、慎也クン。掃除もありがとね。 残りはちゃんとやっておくから」


 きっと俺が居たらこれ以上話が進まないかこじれるだけだろう。

 そのままエレナに従う形で開かずの扉をくぐる。 後ろ髪を引かれる思いの中、アイさんの部屋を出るのであった――――。

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