第5章

100.面談

「さ、着いたよー! 降りて降りて!」


 車に揺られること十数分。俺は運転席に座る神鳥さんの言葉を受けてドアを開ける。


 目の前に見えるのはコンクリート造りの巨大な壁。


 正しくは鉄筋コンクリート製の建物だった。

 こちらから見える綿では窓や扉が一切無く本当に巨大な一枚壁何じゃないかと思える。

 実際には両側に扉も窓もあるわけだが。


「……連れてきたかった場所ってここですか?」

「そそ!ここが目的地――――テレビ局だよ!!」


 それは見上げるほど高い建物。

 窓の数から見て6階ほどか。さらに屋上には鉄塔までも付いていて天辺を見上げると首が痛くなってくる。



 ――――アイさんとデートして翌日の日曜は意外と一人の時間が過ごせ、また週の始まりだと鬱になりながら迎えた月曜日。

 ようやく週の初日を終えたと怠さの塊である身体を引きずって帰ろうとすると、目の前に一台の車が止まって神鳥さんが降りてきた。

 俺の予定を聞いた上で「何も聞かずに乗って」と言われて運ばれたのがここ、テレビ局。


 正直神鳥さんを入れたあの3人…………アイさんはちゃんと連絡入れてくれるから除外だ。

 3人の突発的な行動のお陰でこういったことに慣れてしまった。

 今回は何のイベントかなと思いつつ、神鳥さんが降りてくるのを外で待つ。


「またせたね。行こっか」

「あの……」

「どしたん?」

「テレビ局って……何するんですか?あの3人の収録とか?」

「いやぁ、今日は無いかなぁ。 あくまで慎也君と私の二人だけだよ」


 ならばなぜ呼んだと俺の頭は混乱してしまう。

 これまで彼女らに会わせる目的で呼ぶことはあったが俺たち二人だけってパターンはなかった。

 しかもテレビ局。彼女らが居なければ成り立たないであろう場所に何故……


「俺がテレビに出るってことは……無いですよね?」

「あはは!! ないない! そういう目的で来たんじゃなくってただの逃げ場だよ」


 逃げ場?どういうことだろう。

 未だに解けない謎を抱えながら神鳥さんに続いて自動ドアをくぐり抜ける。

 彼女は受付で二言三言交わしてからそばにあるエレベーターに乗り込んだ。


「逃げ場って何からです?」

「すぐわかるよー。 えーと、技術は……6階か」


 どうやら答える気は無いみたいだ。

 これ以上問いかけても意味なんて無いだろう。黙ってパネルを見上げ、表示盤が6を指し示すのを待つ。





「もうっ! 来るならもっと事前に言ってくださいよ!」


 チーンと扉が開き、正面で待ち構えていたのは一人の女性だった。

 歳は神鳥さんと同じくらいだろうか。ここのものとみられるネックストラップを掛け、細身のスーツを着、腰に手を当てて体全体で怒りを表現している。


「まぁまぁ。どうせ暇なんでしょ?」

「暇じゃありませんって! 今日だって2時間後には客先と打ち合わせがあるんですから……」

「打ち合わせって、ウチ?」

「違います!!」


 エレベーター前で繰り広げられる二人の……喧嘩?

 喧嘩というより神鳥さんが適当にあしらって更にスーツの人がヒートアップしている印象だ。

 その様子に呆気にとられていると俺の事を思い出した神鳥さんが手を招いてきた。


「慎也君、この怒りっぽいのはココの部長さんで大学時代の私の後輩。仲良くしたげてね?」

「怒りっぽいのは誰のせいだと……はぁ……。 慎也君ね。私は辻田っていうの。よろしくね」

「よろしくおねがいします……」


 差し出された手を掴み握手を交わす。

 今日はこの人を紹介したかったが為にここへ連れてきたのだろうか。


「それで∨は用意してくれたー?」

「用意しましたけど……あの場所をそんな使い方するのは先輩くらいですよ……」


 辻田さんから何かを受け取る神鳥さん。

 それは雑誌より一回り小さく辞書くらい分厚い黒い箱。神鳥さんはその蓋を開けて中身を確認してからもう一度閉じる。


「ありがと。 ここには多分にお金を落としてるんだからそれで勘弁してほしいかなー?」

「だから先輩はたちが悪いんですよね……。私はデスクに戻ってますんで――――ん?」


 辻田さんは俺の視線が∨とやらに注がれていることに気がついたのだろう。

 踵を返そうとしたがその足は止まって俺の方へと注意が向く。


「もしかしてだけど慎也君……∨って知ってる?」

「嘘!? しってるよね!?これは家庭用より大きいけど……」


 神鳥さんが箱の中身を取り出して渡してきた。

 それは箱と概ね同じようなものだが広い面の片側に2つ穴が空いている。……なにこれ?


「いえ、初めて見ました。何かの機械ですか?」

「うそぉ…………」

「これが……ジェネレーションギャップというやつかぁ……」


 俺が知らなかったことが意外だったようでショックを受けているお二方。

 え、何かマズかった?


「えーっと、これは映音を録画するもので、今で言うDVDに近いかな?」

「これがDVD!?大きすぎません!?」

「だよねぇ…………ウチも早くディスクに変えたいけど更新時期が遠くてねぇ……」


 辻田さんが何故か嘆いている。

 もしかして常識だったのだろうか。なんて言おうかアワアワしていると不意に神鳥さんから肩を叩かれる。


「大丈夫大丈夫。 気にしないで、あの子はすぐ戻るから。私達はアッチ行くよ」





 彼女に連れられて着いた場所は奥に行ったところにあるフロアの角。

 モニターと2メートルほどの大きな機械があるパーティションに区切られた区画で一度に4,5人ほど入れそうだ。

 俺が入ったのを見るやその扉を閉め、∨とやらを大きな機械の中に入れていく。


「いやぁ、思わぬショックを受けたけどこれも時代だねぇ……。それでね慎也君。よく私は使ってるんだけど逃げ場っていうのは誰にも邪魔されずに話せる場所のことなんだ」

「話す? 俺とです?」

「そそ。 お店とかだと周りの目が気になるし、だからといってそこら辺だとあの3人とバッタリ会う可能性があるからね。その点ここは絶対に入ってこれないから話すのにうってつけなんだ。あ、∨ はただの賑やかしね」


 そりゃあ誰も入ってこられないだろう。見た感じセキュリティもしっかりしてるし、そもそも興味本位で入るような場所ではない。

 しばらく機械を神鳥さんが操作してモニターに映し出されたのは彼女たち……ストロベリーリキッドのライブ映像だった。

 すぐに彼女たちの歌が始まって狭い区画内に彼女たちの歌が包まれる。そんな音を聞き流しながら俺たちは椅子に座って向かい合った。


 なんだか面接みたいだ。1対1なんて初めてだけど。


「それじゃ、色々とお話を聞かせてもらおうかな。慎也君と…………あの3人について――――」


 笑いながら彼女の視線は俺の目を射抜く。

 その瞳は、とても楽しいものを見るかのようにニヤリと、光り輝いていた。

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