012.スマホショップ

 時計の短針がテッペンを超え、90度ほど傾くかという程の時間帯。

 色々な意味で高いであろうマンションを出た俺たちは駅前にあるキャリアショップの自動ドアをくぐり抜けた。


「いらっしゃいませ~!」


 そんな俺たちを待ち構えていたのか店員さんが元気の良い言葉を発し出迎えてくれる。

 それにしても……これは見ようによってはデートになるのでは無いだろうか?しかも今をときめくアイドルと…………いや、ただのお詫びによる買い物か。


「本日はどんなご用件でしょう?」

「スマホを買い換えようと思って」


「機種変更ですね~。どのような機能を――――」

「いえ、私達で選ぶから大丈夫よ」


 俺と店員さんの会話を遮るようにエレナの声が後ろから掛けられる。

 ふと振り返るも彼女は既に店の奥まで脚を伸ばし江嶋さんとともに様々な機種を見比べていた。


「す、すみません! ちょっとエレナ!」


 そんな2人を追うように店員さんに一礼してその後ろ姿を追っていく。

 追いついた時には様々なカタログを広げて比較しているようだった。


「あら、ちょうどよかったわ。どういう機種がいいの?」

「どういうって……よくわからないから最低限の機能が使えたらいいんだけど……」


 自慢じゃないがスマホにほとんどこだわりはない。今使っているのだって中学に入って買ってもらってからずっと現役の安物だ。


「一番困る回答ねそれ……よく写真を撮るとか音楽聴くとか、何か無いの?」

「何かって言われてもなぁ……」


 そう言われても頻繁に使うものといえば暇つぶしのネットサーフィンくらいだ。あってもなくても大して支障はない。


「ねぇねぇエレナ、やっぱりこれでいいんじゃないかな?」


 江嶋さんが指差したのは汎用性に長けた機種。CMでもよく見るし、俺もその機種の数世代前のものを使っている。


「そうね……ねぇ、今何使ってるんだっけ?」

「ん」

「なるほど、じゃあこれにしましょ。 すみませ~ん!」


 スマホを提示した途端、即断即決というほどスムーズに店員さんを呼んでカウンターまで脚を運ぶ2人。

 手持ち無沙汰になった俺はふとそのスマホのスペック表を確認する。


 …………なるほど。画質もカメラも向上して今使ってるものの完全上位互換か。

 最近バッテリーもすぐなくなるし、これなら十分持ちそうだ。


 これから新しくなるスマホを把握して彼女たちの元へ向かおうとした時、一番下に書かれている値段が目に入った。

 えっと、6桁? 6桁って言うとつまり、一・十・百…………


「えぇ、その機種の一番高いので――――」

「待った! ちょっとまって!」

「――――なによ。すぐ終わるから待っててくれる?」


 進行を邪魔されたからか怪訝な顔をするエレナ。

 その横で江嶋さんが苦笑いをしていることから彼女は俺の言いたいことがわかっているようだ。


「…………高くない?」

「そう? スマホってこんなものよね?あーちゃん?」

「う、うん……まぁ……」


 キョトンとするエレナとは対称的に江嶋さんは頬をかいている。

 いくらスマホに疎くてもわかる。20万弱もするものが普通であってたまるか。


「ま、ここはキミが払うんじゃないんだし大人しく貰っておきなさい。ね、あーちゃん?」

「そ……そうだ!江嶋さんが払うんだしこれは絶対高すぎるよね!? だからもっと安いのにしよう?」


 彼女なら表情からして相場も、金銭感覚もある程度マシなはずだ。そう希望を託して彼女を見る。


「いえ……この機種にさせて……ください!」

「なっ……!? なん、で……」


 胸に手を当て力強く言葉にする江嶋さん。

 彼女からしたら俺の意見は安く済んでいいはずだろうにまさかの強行だ。隣でエレナが勝ち誇った顔をしているのが腹立たしい。


「これは私のお詫びの気持ちですし、手持ちの問題なら大丈夫です。これにさせてください…………それに……もっと別の目的も……」


 最後のほうは語気が弱まってほぼ聞こえなかったが彼女の意思は硬そうだ。

 これはどうあがいても無駄だと悟りがっくりと項垂れる。


「……話はついたわね。それじゃあスマホを渡してそこらをうろちょろしてて」

「はい…………」


 エレナにボロボロのスマホを渡した俺は大人しく引き下がって店内にある自動販売機のボタンを押す。


「あ、すみません。このカバーもお願いします」

「ちょっとまってあーちゃん、それは流石に似合わなくない?」

「いいのっ! 私が買うんだから文句ないでしょ? お願いします」


 遠くから2人の楽しそうな話し声が聞こえてくる。

 いくらお金を持っているからといってこんなに施されていいのだろうか。そんな彼女たちからの謎の重さに、俺はただただ潰れないよう大切にするしかなかった――――――



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――




「待たせたわね。はい、これ」


 リストラを喰らったサラリーマンのように店先のベンチでボーッとしていた俺へといつの間にか近くによっていたエレナの声がかかる。

 彼女は目の前に紙袋を差し出し、それを受け取って中身を見る。


「ありがとう…………あれ?中身がないんだけど……」


 その紙袋には外箱はあれど肝心のスマホが見当たらなかった。

 これはおかしいと思って彼女の顔を見上げるもわかっていたかのようにゆっくりと笑みを見せつける。


「いいのよ、それで。本命はあーちゃんが持ってるからね」

「江嶋さん…………?」


 後方の江嶋さんに目をやれば両手の中にそれは包まれていた。

 彼女はエレナの言葉に合わせて俺の前に立つ。


「えっと……今朝はすみませんでした。これ…………受け取ってください!!」

「あ……ありがとう……ございます」


 その頭を下げながら手渡してくるその姿になんだかラブレターを貰っているような錯覚に襲われ、つい恥ずかしくなってしまう。

 恐る恐る受け取ったスマホを確認するとそこには画面シートと、黒いバックに桜が描かれた手帳型ケースが装着されていた。


 これがあれば……これのお金があればいったい何ヶ月分の生活費になるというのだろう……そんな金額的な意味でも気持ち的な意味でも、その重さに少し手が震えてしまう。


「なんだかラブレターみたいね」


 そんな様子を見ていたエレナがボソッと小さく口にする。

 俺も思ったけどあえて口にしなかったのに!!


「えーちゃん!」

「あら怖い。 さ、だいぶ遅くなっちゃったけどお昼ごはんにしましょ。そこの店でいいわよね?」


 エレナは逃げるようにすぐ近くにあるファーストフード店に向かっていく。

 お昼にしてはだいぶ遅いが……仕方ないか。けれど向かう前にもう一度お礼を言うため江嶋さんの方へと向きを変える。


「スマホ、本当にありがとうございました。嬉しいです」

「それは、よかったです……」


 彼女は手をモジモジとさせながら目をせわしなく動かしなんとか口にする。

 やはりエレナが居ないと会話する時の恐怖は拭えないか。


「さ、俺たちも行きましょうか。あんまり待たせるとまた睨まれちゃいます」


 俺も彼女の後を追って店まで歩こうとしたその時、ふと引っかかりを憶えて踏みとどまる。

 何事かと振り返ってみると江嶋さんの小さな手が俺の袖を、綺麗な人差し指と親指でちょこんと摘んでいるようだった。


「江嶋さん?」

「あの……そのスマホ、私と同じなのです」

「同じ……?」


 俺が聞き返すのを予想していたのか彼女はバッグを漁り自身のスマホを取り出す。そこには俺と同じ機種で俺と同じスマホカバーという、瓜二つものが。


「えっと、おそろい……ですね。 えへへ…………」


 彼女は小さく、けれど確かにはにかんでから逃げるようにファーストフード店へと小走りで駆けていく。

 そんな儚い、けれど確かな芯を持った彼女の笑顔に俺はただただ顔を赤くして立ち尽くしていた――――


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