007.遊びに行くの解釈違い

「…………なに、ここ?」


 そうあっけに取られながら俺は連れられた目的地……とある建物の入り口で立ち止まった。


「へ?知らないの? 遅れってるぅ!」


 そんな呟きを聞いたエレナは数歩先を行きこちらに振り返る。

 その表情は『ここを知らないなんてありえない!』なんて様子。 逆である。知っているからこそ聞いたのだ。


「いやまぁ知ってるけどさ……だからこそなんだけど。もっとほら、ゲーセンとかで良かったんじゃない?」


 放課後遊びに行くような雰囲気だったからてっきりカラオケとかボウリングとか、そういう遊戯施設かと思っていた。我ながらこういう時行く場所が限られるのには泣けてくる。

 更に言えば俺の好きなところに行くはずだったのにいつの間にか彼女が先導しているし。


「いやよ。そんなのいつでも行けるじゃない。 今日はもっとこう……いいっ感じのところに行きたかったのよ!」


 身振り手振りで大きさを表現するもさっぱりわからない。

 いい感じのところでこの建物――――ホテルというのは行き過ぎな気がした。


 ホテルと言ってもいかがわしい場所やビジネス用ではなく、おえらいさん方が利用するような高級ホテルだ。眼前には一面ガラス張りの立派な建物が鎮座している。


「ここのレストランは絶品なのよ。 私も数回しか来てないけれど……せっかくだしと思ってね」

「ちょっと待った。 俺、こんなところに来れるような持ち合わせはないんだけど?」

「泊めてくれたお礼って言ったでしょ? 私が出すから安心なさい。 ほら、ここに居たら邪魔になるからさっさと行くわよ」


 未だ尻込みする俺を気にすることなくエントランスへと突き進むエレナ。

 そんな物怖じしない彼女に、俺も突っ立っているわけにはいかず一つ深呼吸をしてその後ろ姿を追っていった。






「ねぇ、こういうところってドレスコード必要なんじゃない?」


 小走りで彼女に追いつき、そっと彼女に耳打ちする。


「そうね。でも制服だって学生では正装なのだし問題ないわよ」

「そうじゃなくってぇ……」


 俺が言いたいのはエレナの格好だ。彼女は未だに不審者モードを解くことなくエントランスのど真ん中を歩いているため道行くスーツを着た厳つい雰囲気の方々に凝視されている。


「いいのよ。こういうのは堂々としていれば案外大丈夫なものなんだから」

「たぶん得体が知れなさすぎて近づいてこないんだと思うよ」


 そう楽観的な様子の彼女に俺は一つため息をつく。何故こうも堂々としていられるのだ……


「よく考えてみなさい。本当にマズイならとっくに警備員に止められてるわ」

「……たしかに」


 そう言われてハッとする。言われてみればそのとおりだ。もう一度辺りを見渡すと客こそこちらを凝視してくるが従業員と思しき面々は一瞥こそすれまったくこちらを気にしていない。


「ね?大丈夫でしょ? ほら、エレベーター来たわよ」


 俺たちはそのままエントランス奥にあるエレベーターまでたどり着き、到着と同時に扉が開いた機体に乗り込む。

 そうして彼女が指定したのは14階。表示上最上階だ。


「ねぇ……もしかしてエレナって資産家の娘とか?」


 中に他人が居ないことを確認して問いかける。

 こんな話をするのは下世話かとも思われたが、こんなところを何度も利用するとなるとどうしても気になった。


「そんなわけないじゃない。実家は普通の農家の娘よ。 ここには私自身の稼ぎで来ているんだから」

「うっそぉ……」


 驚きの事実に目を丸くする。

 アイドル業というのはここまで儲けられるものなのか。更に言えばエレナが農業をする姿は想像がつかない。


「私も事務所の奢り以外で来るのは初めてだけど……ま、そんな事はどうだっていいわ。 着いたわよ」


 最近のエレベーターはこんなにも早いのか。乗り込んでから1分も経たずに到着した上、停止時特有の重力すら感じなかった。

 2人揃って機体を降りると目の前にはイタリア料理と書かれた看板とコンシェルジュの姿が。


「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」


 エレナと目を合わせたコンシェルジュは一つ礼をして、自然な動作で先導してくれる。


「待ってたって……予約してたの?」

「勿論よ。そうじゃないとこんな所来れるわけないじゃない」


 ……それもそうか。その場のノリだけで行動していたと思っていたが、どうやらちゃんと考えはあったらしい。


「もし学校で俺と会えなかったらどうしてたの?」

「そんなの家まで行くに決まってるじゃない。何のために家を憶えたと思ってるのよ」


 どうやら俺に拒否権はなかったようだ。ならば用事があったらどうしていたつもりだったのか。


 しばらくコンシェルジュの後を付いていくと、フロアの角にポツンと一セットだけ設置されているテーブルの前で立ち止まる。


「こちらがご予約されたシートでございます」

「ありがと。 あと、もう一つお願いしたいんだけど」

「何なりと」


 俺は彼女たちの会話が耳に入らずにその席に目を奪われてしまった。

 まるで貝殻の片割れを立てたように外界からの視線をシャットアウトした二人がけのソファにスプーンがいくつも並べられたテーブル。極めつけはその景色だった。

 角の席、というのは伊達ではないようだ。柱など遮るものが何もなく、14階からのパノラマを視界いっぱいに映し出していた。


「ねぇ…………ねぇってば!」

「! な、なに!?」


 ふと別世界に訪れたような錯覚に没頭しすぎてしまっていたようだ。エレナに呼ばれていることに気がつかず、気づいたときには彼女は頬を膨らませていた。


「あんまりビクビクしてたら私が困っちゃうわよ。 これからちょっと外すから、一人でゆっくりしててもらえる?」

「? どこへ?」


 彼女は『内緒』というように口に人差し指を当ててコンシェルジュと共に来た道を引き返していった。

 そんな中一人取り残された俺はこれ以上立ち続けているわけにもいかず、目の前の二人がけソファーに腰を下ろす。


「ほんっと、別世界だよなぁ……」


 不審者と出会い、泊め、アレヤコレヤとしているうちにいつの間にか世界が変わってしまったのだろうか。

 一般家庭に生まれ育ち、一回たりともこのような高級ホテルに足を踏み入れたことのなかった俺にとっては全てが初体験の代物だった。


「写真は……さすがにみっともないよね」


 ポケットからスマホを取り出しカメラを起動しようとするも、直前で周りの目もあることに気付き、止めた。

 何でもかんでも写真に収めてしまうのはよくない。自分の目で見て、その思い出を大事にすることも時には必要なことなのだ。




「またせたわね」

「ううん。 おかえ……」


 手持ち無沙汰になったため暇つぶしにスマホを弄っていると、ふとそんな声が耳に届いた。 彼女の声につられて返事をしたものの彼女の姿を見て言葉を失ってしまう。

 そんな俺の様子が気に入らなかったのか彼女は腕を組んで眉間にシワを寄せる。


「……なによ。なにか言いなさいよ」

「いや……まぁ……うん、エレナじゃないかと、思った」


 戻ってきたエレナはまるで別人のように変貌していた。

 サングラスと帽子は外してその綺麗な金髪をまっすぐに下ろし、コートを脱いだ姿は肩の大きく開いた真っ白なワンピースを着こなしていた。

 そんな絵に書いたような深窓の令嬢のような姿に外の景色など気にならず目を奪われてしまう。


「ふふん! どうよ!本気を出した私は! 惚れてもいいのよ?」

「……あぁ、その言い方はエレナだ。 安心した」

「なによそれ~!」


 彼女の調子のいい言葉を聞いて俺は心の底から安堵する。

 その言葉に抗議を示した彼女は何やらブツブツ言いながらも俺の隣へ腰を下ろす。


「エレナって……」

「なに? 愛の告白?罪作りよねぇ私も――――」

「黙っていたら美人だよね」

「――――ちょっとまって、口を開いたら残念ってこと?それは」


 よくわかってらっしゃる。

 口を閉じれば深窓の令嬢、口を開ければお転婆猪突猛進娘。

 まだ会って2日ちょっとだが段々把握できてきた。


「さて、料理は何が来るか楽しみだ」

「ぶう……何かごまかされた気がする~。 さっきも言ったけどここの料理は絶品だから期待していいわよ!」

「逆に味の細かな違いを把握できるか不安だよ……」


 俺のような貧乏舌にとって目下悩みはそれだ。場所補正も加わって何を食べても美味しいとしか感じないかもしれない。


「そんなの私だっておんなじよ。どれもカップ麺に比べたらすっごく美味しいわ」

「比較対象がおかしい」


 さすがに高級料理とカップ麺はジャンルが違う気がする。たまに食べるカップ麺は凄く美味しいけれども。


「いいのよ、なんでも。食事を楽しめれればね……ほら、来たわよ」


 彼女の視線につられて目をやれば前菜を手にした従業員と思しき人物が。

 エレナのいつものペースにいつの間にか緊張が解けていた俺は、運ばれて来た料理に舌鼓を打つことにした――――

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