言わなきゃならなかった、言葉

Phantom Cat

1

 好きな女の子をいじめてしまう、という男はどうやら割といるらしい。


 そして、まさに俺はそういう男だ。


 俺は今日も幼馴染の史奈ふみなをいじめていた。と言っても、頭を軽く叩いたり、スカートをめくったり、胸が大きくなってきたところをからかったりする程度。ひどい暴力をふるったことはない。史奈も、


「やだー、もう、浩太こうたってばぁ………」


 てな感じで、あんまり嫌がっているようには見えない。幼稚園の頃からの付き合いだが、俺は史奈の俺を思う気持ちが良く分かっていた。コイツは何をしても俺には逆らわない。俺のことが好きだから。だからついついそれに甘えてしまう。少なくとも、中一まではそうだった。


 だけど。


 中二の後半くらいから、だんだん史奈の反応が鈍くなってきた。俺が何かイタズラを仕掛けても、相手にされない。無視されることも多くなった。それでも俺はいじめがやめられなかった。とにかく俺は彼女の気を引きたかったのだ。


 そして。


 幼小中と一緒だった史奈とは、高校で離ればなれになった。俺は地域で一番の進学校に入学し、彼女は二番目の進学校に進んだ。彼女の実力なら俺と同じ高校にも、入ろうと思えば入れたはずだが……


 やがて月日が経ち、俺は県庁所在地にある国立大学の医学部に進学した。地元から県庁所在地は百キロ近く離れていたので、俺は下宿することになった。史奈は県外の大学に進んだらしい。


 そして、今日は成人式。地元に帰った俺は、同級生のみんなと旧交を温めた。なんだか俺を見る女子たちの視線がやけに熱い。医学部に入ったからって、必ずしも医者になれるわけでもないのに。


 女子たちのアプローチをさりげなくかわしつつ、俺は史奈の姿をパーティ会場で探した。


 いた。あでやかな振袖に身を包み、友達と談笑している。もともと整った顔立ちだったけど、成長と化粧のせいか、見違えるような美人になった。


「史奈」


 俺が声をかけると、彼女が振り向く。


「ああ、浩太」


「久しぶり。随分きれいになったな」


「ありがと。浩太も口がうまくなったね」


「お世辞じゃないさ。本当にきれいになった、と思ってる」


「ふうん」


 史奈の反応は、やけにそっけない。きっと久しぶりに会ったので、照れてるんだろう。


 だけど、今日、俺は彼女に、今まで言えなかった気持ちを伝える。それだけのために成人式に来た、と言ってもいいくらいだ。


「史奈……俺、ガキの頃、お前のこといじめてばかりだったけど、それは……好きな子をついついいじめてしまう、っていうヤツでさ……今まで言えなかったけど、ほんとはお前のこと、ずっと好きだったんだ。そして、その気持ちは……今も変わってない。だから……俺と付き合ってほしい」


「……」


 史奈が、みるみる笑顔になっていく。

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