夏と花火と幼馴染〈3話完結〉

PONずっこ

夏と花火と幼馴染 1




 夕方六時半頃。夏真っ盛りのこの時期、日が沈むのも遅く、太陽はまだ元気にアスファルトを照り付けていた。


 つい一時間ほど前までは小学生達が泥だらけのTシャツに汗を染み込ませて、ボールを蹴ったり投げたり、ひたすら走り回ったりとしていた公園。それが今はもう静かなもので、聞こえてくるのは遠慮深くなってきた蝉の声と、キィキィと錆びたブランコが揺れる音くらいだ。


 そのブランコを揺らしている七海ななみをファインダー越しに眺めながら、壮太そうたは新しく買った望遠ズームレンズの映りを確かめていた。


 ブランコの前にあるベンチに座って通学鞄を七海の物と並べて脇に置き、デジタル一眼レフカメラを構える。ファインダーにはブランコの揺れに従って、七海の横顔が映り込んだり、いなくなったりを繰り返す。肩上で切り揃えられたショートボブの髪が、風を受けてスカートの裾と同じようにふわりと広がる。


「ねえ、壮太ー」


 七海はブランコを漕ぎながらふと思い出したように、こちらを見るでもなく声をかけてきた。


「んー?」


 七海の声に生返事をして、壮太は膝元でカメラのレンズを望遠から標準に付け替える。沈みかけた夕日が綺麗に景色を色づかせている。せっかくならこの背景をもっと入れたい。


「知ってるー?」


 七海はブランコが壮太の方へ揺れていくのに従って声を出す。


「何を?」


 標準レンズに付け替えたカメラを再び構える。右の人差し指はシャッターボタン。左手で下からカメラの底とレンズを支える。ファインダーを覗き込むと、今度は夕焼けを背に行ったり来たりする七海の姿が映っている。


「ユウとー」


 動いているブランコを撮るためにシャッタースピードを上げる。千分の一秒でいいだろう。手ブレを防ぐため、膝を立ててその上に右肘を固定し、左脇を締める。


「アッコのことー」


 ブランコが壮太の方へ寄せては返る度に七海は言葉を切って、もったいぶるように言った。


「あいつらがなんだよ」


 壮太は自分達の小学校からの幼友達であり、同じ高校でクラスまで一緒の親友二人――「ユウ」こと雄大ゆうだいと「アッコ」こと淳子あつこを思い出す。雄大は成績優秀で生真面目な優等生。淳子は女の割にさばさばとした性格で、家の仕事も手伝う家族思いの孝行娘だ。


「なんだ、知らなかったの?」


 言いながら、七海は勢いをつけてブランコから飛び降り、ブランコ前の柵を越えて、壮太が座っているベンチの傍に着地する。その一連を、壮太は連写で写真に収めた。


「っと! 着地成功~」


 壮太はカメラをおろし、両手をピンッと斜め四十五度の高さに上げて決めポーズをとっている七海を見上げる。七海は自分のジャンプに満足した様子で、鼻の穴を膨らませ、「十点!」と叫んだ。


「六点」と壮太はデジタル一眼レフのモニターに先ほど撮った連続写真を映し出しながら呟く。


「えー! なんでよ! どこがよ!」


 すぐさま不満の声を上げる七海。壮太はモニターを眺めたまま六点の理由を述べる。


「そもそもブランコから飛び降りただけで技自体の難易度が低い。踏み込みが甘い。手を離すタイミングが遅い。飛距離が浅い。着地が不安定」


「どれどれ」と、七海は壮太の顔の横に自分の顔を持ってきて、一緒にモニターを覗き込んだ。


「壮太細かすぎー。てか、私めっちゃ変な顔してるし! ちょっと、この写真削除してよー」


「やだね」


 壮太はカメラを頭上に持ち上げ、削除ボタンを押そうとする七海の指からカメラを遠ざける。七海は「もう」と頬を膨らませた。話題を変えようと、先程の話を振る。


「――で、あいつらがなんなんだよ」


 壮太が言うと、「おやおや、気になりますか」と楽しそうに笑い、七海は壮太の隣に腰掛けて、赤らむ空を見上げた。


「実はー、あの二人はですねー」


 ここまで来ても、七海はもったいぶるように人差し指を立ててゆっくり話す。


「あんだよ、早く言え」


 こうも焦らされては、いい加減鬱陶しい。レンズキャップをつけたり外したりと、手元でいじる。ある種の貧乏ゆすりだ。


「好き合っているのですよ」


 すごくない? とでも言いたいのか、七海はビシッと人差し指を立てたまま、楽しくて仕方ないというような顔で壮太の反応を待っている。


「んだよ、そんなことか。くっだらねーの」


 壮太はカメラのレンズキャップを外して立ち上がり、花壇で咲いている向日葵にレンズを向ける。夕日に向かって咲く向日葵を橙色の温かな光が照らしていた。それを斜め下から向日葵の視点で空を見上げるように向日葵の後姿を写真に収める。逆行気味に暗く陰になった向日葵の背中の向こうに広がる夕焼け空。橙色に染まる入道雲。淡い空色と夕焼けのグラデーション。


「えー、ちょっとちょっとー! その反応は無いでしょー」


 七海はつまらなさそうに言って、壮太の肩を揺する。


「おい、ブレるだろ」そう言って、肩を掴む七海の手を振り払うと、七海は不機嫌そうに頬を膨らませた。「つーか、今更ソレかよ」


「え? 壮太は分かってたの!?」


「見え見えだろうが。お前気づいてなかったのかよ。……ホンット鈍い奴」


「うっわ! ひどっ!! 傷ついたよー今ぁ! 乙女の柔らかいハートに傷がついたー!」


「鈍いから多少の傷なんて大したことねーだろ」


 そう言って鼻で笑い、再び視線をファインダーに戻す。


「もう! なにさなにさ! 壮太なんて乙女心の欠片も分かっちゃいないんだから!」


 七海は言ってから、ぷいっとそっぽを向いた。


「――で、二人が好き合ってたらなんなんだ?」


 長い付き合いの七海の扱いには慣れている。何より、七海は単純で馬鹿で、分かりやすく、扱いやすい。どうすれば機嫌が直るのか、そんなことはもう目に見える。壮太は話題を七海が今一番話したがっているのであろう二人の方へ軌道修正させた。


「そうそう! それでね」


 やはり単純な七海は、もうなんで自分がそっぽを向いたのかも思い出せないというぐらいあっさり壮太の方へ顔を向ける。


「二人がどうしたら付き合えるのかな~って考えたわけですよ!」


「へー」


「私たち四人っていっつも一緒じゃない?」


 壮太、七海、雄大、淳子の四人は小学生の時からずっと四人でつるんでいて、高校生になった今でもほぼ毎日のように放課後、公園で軽くキャッチボールをしたり、図書館で本を読みふけったり、ゲームセンターでブラブラしたり、誰かの家で宿題をやったりと、四人行動が常であった。


 今日七海と壮太が二人だけなのは、たまたま雄大の塾の時間が今日一日だけ早くなったことと、淳子の親が留守にするので、淳子が店番をしなければならないということで、二人が先に帰ってしまったからだ。


「それがダメなんだと思うのね」


 七海は言いながら、自分の通学鞄の中からペットボトルを取り出して、中に入っている残り少ないお茶をぐいっと飲み干した。


「そ、こ、で!」


 お茶で元気が充填されたかのように、七海はよりいっそう声のトーンを上げて壮太に向かってまた人差し指を立てる。


「ユウとアッコを二人だけにしてあげたいと思うのですが、どうでしょう?」


 七海は自分の右手をマイクのようにして言うと、返事を期待するように壮太の方へその右手マイクを向けた。


 壮太は呆れながらも左手に持ったカメラを下げ、七海の右手マイクを右手でグイ、と掴んで自分の口元まで引き寄せる。


「いらぬおせっかいだ、と思いますが」と言って、七海の手を突き放すように放した。


「ええー!? なんで? どうして!? 壮太は二人に付き合って欲しくないの!? 二人が幸せになって欲しくないの!?」


「……」


「そりゃ、二人が付き合っちゃったら、私らだけになってちょっと寂しいかもだけどさー。でもでも~」


「……」


「え、なに、何故に無言? 何その反応。あれ、もしかして、あれなの!? 壮太もアッコのことが好きだったとか!? やばいじゃん! これが世に言う三角関係!? やっぱり恋に友情は破れゆくものなの!?」


「は? ちげーよ」


「ええ!? じゃあ、ま、まさかユウのことが!?」


「ふざけんな、死ね」


「うっわ、ひどっ! 幼馴染に死ねとか言うか、普通! 死ねっていう方が死ねー! このひとでなしっ」


 七海の妙にウザったいテンションに思わず舌打ちが出る。


「めんどくせーな。あー、はいはい。わーったよ。二人だけにしてやりゃいーんだろ」


「へ?」


 今までの態度とはうって変わった壮太の返答に、涙目で喚いていた七海は少し拍子抜けしたような声を出した。 


「あ、うん。そうそう! 二人にするだけでいいの! 二人だけになったら、両想いなんだからどっちからともなく告白とか出来ちゃうと思うのね!」


 七海は壮太が話に乗ってきたことが嬉しかったのか、更にテンションを上げる。


「だから、私たちでそういうムードを作ってあげようと思います!!」


「はいはい」


「題して……ユウとアッコの夏だ! 祭りだ! 告白しとけよ大作戦☆」


 壮太はあからさまに嫌な顔をして、「アホくせー名前」とだけ言った。


「明日から待望の夏休みだし! 夏祭りなんかもそこら中で開かれるわけでしょ? コレを利用しないテはないと思うのよ!!」


「お前が祭りに行きたいだけじゃねーの?」


「何を失礼な!! たしかに、お祭りはむっちゃ楽しみだけどさ~」


 綿飴、いか焼き、りんご飴、焼き鳥たちのことでも思い浮かべているのか、七海はよだれが出そうになるのをぐっと飲み込む仕草をした。


「と、とにかく、夏とお祭りっていう盛り上がる場なら、ノリ的に告白も出来ちゃうと思うのね! うん」


 七海は自分で言って、一人で納得したように頷く。


「だから、四人でまずお祭りに行って~、そこで私たちがわざと二人とはぐれるのね。そしたらユウとアッコは二人っきり。告白でも何でもし放題って作戦! どう?」


 壮太は、かなりアバウトで微妙な作戦を聞きながら、もうここは七海の好きにさせておこうと、「いいんじゃねーの?」と適当に返事を返しておいた。


「よし! じゃあ、さっそく来週の日曜にある夏祭りで作戦決行よ!」


 「おー!」とベンチから立ち上がり、片手を上げて一人盛り上がる七海。祭りには標準ズームレンズ一本で持っていくか、と考えながら、壮太はカメラと全てのレンズを鞄にしまい込んだ。





<2へつづく>

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