(2)
前世のわたしは、恋愛なんてものはハナからあきらめていた。そもそも、まともな交友関係すら築けないほどの不細工だったのだ。一足飛びに恋愛をするなんてことは、まず無理な話だった。
けれども今世、絶世の美少女と名高いダフネ・グルベンキアンとなった今、そのあきらめていた恋愛もできるかもしれないと、わたしは密かに胸を高鳴らせた。
恋愛はもちろん、友達だとか、もっと親密な親友だとか――そういう関係を築ける間柄の人間ができるのではないかと……思った。始めのうちは。
けれども美少女に生まれれば人生イージーモードというのは、不細工女が見るさもしい夢だったらしい。
たしかに、みんなちやほやしてくれたし、美少女というだけで無条件に優しくしてくれる人間もいた。だが、そんな友好的な態度に一切の下心がないなんてことはなかった。世の中、そんなに甘くないのである。
信用という一点においては、ちやほやされるわたしに嫉妬して嫌がらせをしたり、毛嫌いしてくるご令嬢方のほうがまだいくらかマシだった。
彼女らはときにわたしを害そうとしてくるが、それは壮絶なイジメを経験したわたしからすれば、おどろくべき行動、というわけでもなかったので、対処はしやすかった。
問題はそんな風に嫌悪を隠そうともしない同性ではなく、異性。わたしに好意を持って近づいてくる男たちのほうだった。
前世は、女であればだれでもいいというような、最低男すら引きつけなかったほどの不細工だったわたしは、ダフネ・グルベンキアンとなって初めて他者の剥き出しの性欲というものに触れた。
一度「モノ」にすれば言うことを聞くとでも、甚だしい勘違いでもしているというのか、その手の輩は次々に現れてわたしを恐れさせた。
ハッキリ言って、めちゃくちゃ怖い。苛烈なイジメを受けていたときに感じた恐怖とは、また別種の貞操の危機に対する恐怖に、わたしはまた外に出られなくなるところだった。
幸いにもそれらはいずれも未遂に終わったし、男たちはたいてい制裁を受けたのでわたしは安堵することが出来た。それでも、男性――特に、自分はイケてると思い込んでいる男――に対する恐怖心は
こんな気持ちはだれにも吐露できなかった。
性犯罪に巻き込まれそうになった被害者だというのに、もとからわたしのことをよく思っていない同性からすれば、そういう弱音は顰蹙を買うものらしいということも学習した。犯罪被害者を批難する人間の恐ろしさの一端を垣間見た気持ちだ。
そういうわけでなぜかわたしは異性を惑わせる「魔性の女」扱いをされ、同性の友達など夢のまた夢という状態に陥っていた。わたしが異性から好意を寄せられ、時に迷惑なアピールをされればされるほど、同年代の同性たちは遠のいて行く。
完全に、悪循環だ。
わたしが心を許せるのは両親と乳母や執事といった使用人くらいのもので、そこから外へ出た他人とは、まったく親しい関係を築けずにいた。
ダフネ・グルベンキアンは両親に愛されていたし、理解者もいる。その点では前世のわたしより幾分かマシな人生を送れていた。
――「それだけでお前にはじゅうぶんだろ」ってことなのかな……。
わたしをこの世界へ転生させた神様――いるとすれば――の真意を推し量ってはみるものの、もちろん答えなどわたしに対して用意されていないのだから、本当のところなどわかりやしない。
大きな悩みはいくつもあったが、小さな悩みもたくさんあった。
ひとつは痩せようとすれば全力で止められるというところだろうか。健康のためにも肥満はよくないと思うのだが、この世界ではより太っていたほうが美しく好ましいこととされているので、ダイエットという概念自体がそもそもないようだった。
大食いなのも人として、女として好ましいこととされている。たくさん食べても恥ずかしいことではないという認識自体はいいのだが……やはり、太りすぎなのはいかがなものかと中身が異世界人のわたしは思ってしまうのだった。
そしてわたしは心配する家族を振り切ってまで痩せようという意志を貫ける度胸もなく、今日もたんまりと用意された料理に舌鼓を打つのであった。
場所は花の香りが控えめに漂う美しい庭園。簡単に言えば、立食形式のガーデンパーティーである。名目は「入学おめでとうパーティー」と言ったところだろうか。
しかしこのパーティーの真の目的は先ほどから――わたしと同じように――太りたおした令嬢たちがヒソヒソと囁いている内容からもあきらかだった。
「ねえ、見まして? あのお姿!」
その声に好意の音は一切ない。嘲り笑う、前世では何度も聞いた声音。
令嬢たちの好奇と侮蔑の視線を集めているのは、ひとりの少年だった。くすみのない白い肌、大きな切れ長の瞳、すっと芯が通った鼻梁……思わず見とれてしまうほどの美少年が、居心地悪そうな顔をして白いガーデン・チェアに座っている。
しかし、彼を「美少年」などと評し、あまつさえ目を奪われるなどしたのはわたしだけだろう。
彼は――クリスティアン殿下は、この世界では「だれもがおどろくほどの不細工」なのだから。
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