美醜逆転世界で王子様と恋をする

やなぎ怜

(1)

 出会った人みんながおどろくほどの不細工な顔を持って生まれてきたのがわたしだった。


 物心ついたころから当たり前のようにからかわれ、忌避され、イジメられてきた。抵抗しても相手の機嫌を損ねるか、面白がられるだけ。わたしは早々にあきらめた。


 これで底抜けに性格が明るければ、集団の中で道化師的なポジションに収まれたのかもしれない。けれどもわたしは根暗だった。一番古い記憶が自分の顔を見て泣く男の子にショックを受けるというものであったから、明るい性格に育つなんて無理な話だ。


 そうして己の不細工さ加減を開き直れる度胸もなく成長したわたしは、お定まりのようにイジメを受けた。


 最初はからかう程度だった――それでもじゅうぶん苦痛だったが――イジメも、次第にエスカレートして苛烈な暴言暴力に発展し、わたしは学校に通えなくなった。学校にいる自分を想像するだけで脚が震え、動けなくなってしまうのだ。


 もちろん人間不信をこじらせて、外に出ることもできなくなって、あっという間にドロップアウトコース一直線。


 両親はわたしに厳しい言葉をかけなかったが、かと言って優しいわけでもなかった。無関心、と言うのがもっとも適しているだろう。


 そんな状態が何年も続いて、同級生たちが青春を謳歌することを終える頃には、わたしはどこに出しても恥ずかしい親の脛かじりのデブス女になっていた。


 世間の目が怖いと思うていどにはまだ理性は残っていたけれど、わたしの顔面で世を渡るのがどれだけ厳しいことなのかも理解していた。


 根暗で卑屈で臆病なわたしは、世間に出て行く勇気などついぞ抱けず、結局死ぬことを選んだ。


 希望のある未来を一切描けなかったのだから、それは当然の帰結だと思う。


 両親はきっとわたしが死んでホッとしていることだろう。わたしをイジメていた同級生たちは、きっとわたしのことなんてもう覚えていない。友達なんてものはひとりとしていなかったから、わたしの死を悼んでくれる人間はこの世に存在しないだろう。


 そう思うとなぜだか泣き叫びたくなった。


「ダフネ?! どうしたんだい?!」


 急に視界が明るくなって、けれどもまるで水中にいるかのように景色が歪んで見える。目の前に人がいるのはわかった。わたしよりずっと背が高くて、声からすると壮年以降の男性だろうか。


 そしてわたしは頬を撫でつけるそよ風を感じて、頭上に広がる曇り空を見て、自分が外にいることを知る。途端に呼吸が苦しくなって、脚が震え始めた。


 外は怖いところだ。わたしを嘲笑い、揶揄し、イジメる人間がわんさかいるところだ。そう思うと上手く息ができなくて、心臓から肺のあたりにかけてが痛くなってくる。


「ダフネ!」

「お嬢様!」


 悲鳴のようなその声を聞きながら、わたしの意識はブラックアウトした。


 そして次に目覚めたとき、わたしはわたしではなくなっていることに気づいた。


 たしかに見た目はあまり変わってはいない。顔は恐ろしいほどに不細工だったし、手足は肉が詰まってハムのようで、腹は妊婦でもないのにぼっこりと飛び出ている。けれども以前のわたしとは明確に違う点がふたつ。


 建国以来王家に仕える古い名家である、アンメルン伯爵家の令嬢、ダフネ・グルベンキアン。それが今のわたしの肩書きと名前。わたしが「わたし」ではなくなった証拠だった。



 壮麗かつ瀟洒なお屋敷で、ダフネ・グルベンキアンは愛されて育った。


 けれどもどういうことなのか、彼女は話しかけようがなにをしようがまったくの無反応。ついたあだ名は「人形令嬢」「からっぽ令嬢」だと言うのだから、さもありなん。


 それでも幼い頃からその美貌で鳴らしてきたダフネ・グルベンキアンを妻にという引く手はあまた。まもなく学園への入学を許される歳へと差しかかれば、もう大人になったも同然と山と縁談が舞い込んでいた――。


 ……というのが、わたしが必死になって思い出した、今世ダフネ・グルベンキアンの記憶だった。


 わたしは呆気に取られた。クリームを詰め込んだパンのような手に、むくんでいると凶器に成り得そうなほど不細工な顔面。手足は短く肉詰めしすぎた腸のようにむっちむち。


 前世となにひとつ変わらない顔面と体型が全身鏡に映っていたのだ。


 これのどこに人々は美しさを見出していたのか、わたしにはさっぱりわからなかった。


 わたしから見た、ダフネ・グルベンキアンは不細工だ。完全無欠のデブスだ。そう、なにも過小も過大もせずに言い切れる。


 けれどもどうも――この世界ではそういう女性を「美しい」と感じるらしい。それが、普通……らしい。


 小さく細い目、つぶれた豚っ鼻、分厚く大きな唇、茶色いシミが散る肌に、太りたおした肉体……。


 この世界の美の基準は、わたしからするとにわかに信じがたいものだった。否、「狂っている」とさえ思った。


 しかし現実に、この世界からすれば「狂っている」のはわたしの感覚のほうだ。「異世界から転生した」ということも含めて。



 わたしだって人間なので、転生したと理解したときは期待した。美人でなくてもいいから、ごく普通の容姿に生まれ変われば人生をやり直せると思った。


 けれども鏡に映し出されたのは前世と一切変わりのない、恐ろしいほどに不細工な顔面だった。


 ――ちょっと、どういうことよ神様。


 そう心の中で文句を言ったあと、神様とやらの返答なのか、ダフネ・グルベンキアンとしての記憶があふれ出し――わたしは、この世界の美的感覚が自分の中にあるものとはそぐわないと知ったのだった。



 不細工だと罵られた前世と同じ容姿で、今世では美少女扱い。


 当初はそのことに戸惑いを抱いたものの、わたしは希望を抱いた。この世界の基準で美少女であるならば、きっと人生はイージーモード。みんなきっと、美少女であるわたしに優しくしてくれる。ちやほやしてくれる。


 そう思うと少し、いや、かなり胸が躍った。


 けれども美少女生活を楽しめたのは、ほんの最初のうちだけだった。

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