バス停に立つ少女

好翁

バス停に立つ少女

にわか雨をゲリラ豪雨と呼ぶようになったのはいつ頃からだったろう。背中に叩きつけられる雨の強さは、なるほどゲリラと呼ぶにふさわしいと走りながら納得していた。


バス停の屋根の下に駆け込んだ時。シャツは背中にへばりつき、前髪からは絶え間なく雨水がしたたり落ちていた。

「バス停の屋根」とは言ったが、今は使われていない農家の小屋の壁を取っ払っただけのものだ。島のあちこちにある他の小屋と同様に屋根板やトタンは朽ちて雨漏りもしているが、前も見えなくなるような豪雨の日には雨宿りに使えるだけでもありがたい。


申し訳程度のベンチに座り、スマホや書類が濡れていないか確かめようとカバンを開けた時、小屋の隅に少女が立っていることに気がついた。

妙に大きなスカーフのセーラー服に見覚えはなかった。そもそもこの島に制服があるような学校は無い。おそらく島外から来た子なのだろう。誰かの親戚だろうか。服が濡れていない所を見ると雨が降る前からここにいたようだ。


少女は何か冊子のようなものを読んでいたが、目をあげてこちらに怪訝そうな視線を送ってきたので慌てて目を反らした。今は私のような中年男がうっかり視線を向けるだけでもセクハラと言われかねない。

だが気になることがあった。少女が手に持っていたのは時刻表ではなかったか?


これは弱った。このバス停にバスは来ない。

採算があわないということで島のバスは一昨年に廃止になってしまったのだ。

もう一度そっと少女の方に視線を向けると、少女は冊子を小脇にはさみスマホを操作していた。冊子の表紙はよく見えないが表紙は乗り物か何かの写真と見慣れない文字が印刷されているようだった。海外からの旅行者なのだろうか。だとすればますます困る。英語ならまだしも、言葉がわからない相手にここにはバスは来ないということを伝える自信は無い。


悩んでいると辺りが静かになった。目を上げるとさっきまでの豪雨はどこへやら、辺りは晴れ渡り遠くの海までハッキリと見えた。

少女は気になるが職場にも早く戻らねばならない。チラッと少女の方に視線を向けたがなんとなく警戒されているような気がする。こんな中年男にチラチラ見られては仕方ないか。


髪の水気を手ではじきながら2分も歩いたろうか。背後から再び雨が地面を叩きつける音が聞こえた。夏の雨は馬の背を分けるというがなんてひどい降り方だ!

雨雲が徐々に自分の方に近づいてきているのがわかるが、あまりの雨の強さに少女の事がより強く気になってきた。

こうなれば仕方ない。伝わらないかもしれないが、駄目で元々。声をかけるだけかけてみよう。何か言われるかもしれないがその時はその時だ。


踵を返し再び豪雨の中をバス停に走る。幾重にも重なったカーテンのような雨の向こうに小屋が見えた。中に少女の影も見える。

精一杯息を整え、背を向けている少女に可能な限り抑え目に声をかけた瞬間、目の前が真っ白になり私の記憶はそこで途絶えた。



(スタジオ 笑い声)

「いやー、惜しかった!あと少しで脱出成功だったんですけどねー!」

「おっかしいですよ、これー!あの服とか冊子とか本当にあの星の標準的な物だったんですかぁ!?めっちゃ見られてたじゃないですかー!」

(笑い声)

「いやいやいや。ちゃんとあの星の服ですって!もうね、天候操作デバイスで大雨降らせた時は勝ったー思ったでしょ?」

「ホントそうですよ!雨止めて追っ払った後の2回目の雨!なんでアレ戻ってきたんですか!ホントもうワケわかんないですよ!」

(笑い声)

「やー、そういうわけでね。ピットさんの挑戦は失っ敗!

といった所でお時間になりました!『辺境惑星脱出バラエティ わたしに声をかけないで』。次周期はラグボール中継でお休みをいただきます。翌々周期の放送をお楽しみに!さようならー!」

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バス停に立つ少女 好翁 @yosiow

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