映画と恋と

 翌日、映画館のある駅の待ち合わせスポットである少女の像の前で、私は人を待っていた。


「ミサト」


 背の高い細身の男が小走りで近寄ってくる。待ち人来たりと、ミサトはスマートフォンを操作して流していた曲を止めてイヤホンを外した。


「リュウタ、待ったよ」


「お前が早い、まだ待ち合わせ時間20分前だぞ」


 そう言って顔をしかめるリュウタ。私の中学の同級生で妹の高校の部活の先輩だ。白いTシャツに大きめのネイビーのカラーシャツを羽織って、黒いスキニーを着ている。切れ長の目に通った鼻筋はイケメンと言って良い部類に入る男である。


「そう? メグミたちもここで待ち合わせっぽいから、あっちのカフェで様子をみることにするから、待ち合わせ時間は13時ね」


「あと1時間半あるじゃないか」


「万が一会ったりでもしたらこまるじゃない。お昼食べつつ待ちましょ。あそこのカフェ、ご飯もおいしいって評判よ」


 私は返事を待たずに歩き出す。リュウタがカフェめしは腹にたまらないとかなんとかぶつぶつ言っている。


「え、うま」


 港町のモダンな店という雰囲気のカフェで数量限定のステーキ丼を食べてリュウタは思わずといった様子でつぶやいた。


「でしょ? カフェタイムよりランチタイムの方が混んでるの、ここ」


 そう答えながら、私は平皿に盛られた十五穀米のマグロアボカドサラダ丼を口に運ぶ。


 そこから無言で食事の時間が続いた。20分ほどで食べ終え、食後にお茶を啜っているとリュウタは外を見ながら口を開いた。目線は待ち合わせ場所の少女像に向いている。


「で、今日はなんだ?」


「トモキくん? 映画?」


「トモキくん」


「研究室の同期、話によると確実に気があるらしいのよ。でハルちゃんが気を利かせて二人きりにしてあげたってところね」


「ハルちゃんとやらは」


 リュウタの顔が引き攣る。察しがいい。私は頷いて笑う。おそらくかなり悪い顔だ。


「メグミのことをよく知ってるわ。もちろん、私のこともね」


 リュウタが大袈裟に顔に手を当てる。


「そいつも愉快犯か」


「あら、愉快犯なんて。あなたと一緒よ」


「積極的に関わるのと、巻き込まれているのとは全然違うだろう。俺は後者、ハルちゃんとやらは前者だろう」


「そう? ハルちゃんは優しい子よ、私たちと違ってね」


「トモキくんが哀れでならない」


 深くため息をつくリュウタ。私がやり過ぎないようにいつもついて来るこの男は、私が一番最初に題材にした男だ。


 妹は美人だ。加えて優しく明るい性格でいつも人に囲まれている。そういうタイプには恋愛関係の話がつきものだ。告白されたり、嫉妬されたり、理不尽な怒りをぶつけられたりそんなトラブルが妹の周りにはよくあることだった。


 そんなトラブルを、妹は鈍感さと寛容さで自力で解決していた。


 そう、告白されることも妹にとってはトラブルのうちだった。


「いままでの関係が変わってしまうのは嫌なの。私はみんなと友達でいたい。みんな恋人の方がいいのかな」


 中学三年の3月、妹が告白地獄から解放された卒業式のあとに私にこぼした一言は、私に『妹には恋愛感情がないのでは』と思わせるに至る最初の事件だった。


 それは、妹が高校に入学した一年弱で核心に変わっていた。


 そのころに、リュウタからお前の妹を好きになったと相談を受けたのだった。


「妹には恋愛感情がない」


 告白したところで、その恋は実らない。高三の私はリュウタにそう伝えたのを覚えている。


 しかし、リュウタはあきらめず、あの手この手でアプローチをしかけた。私もすこし手伝った。


 結果、その恋はあっけなく散った。


 義理の感情かなにかか、私のところに報告にきたリュウタの顔をみたとき、消えるしかない恋心をもったいないと思ってしまった。


 今、目の前で消えようとするリュウタの恋心を残しておきたい。私だけでもすべて知っておきたい。


 その一心で、私はその日一日をリュウタの心情の吐露と愚痴を聞くことに費やした。


 勢い余ってその話を題材に書いた恋愛小説を読んだリュウタが公募に出せといってきた。ネットで調べて、締め切りが一番近かった公募に応募したのだった。


 そうして、今の私がいる。


 妹は今後も周囲の人々に恋心を抱かせるのであろう。しかし妹にその恋心を受けとることはできない。


 私は、妹への思いを聞いて小説を書くと決めて、約6年。


 妹のフラれた人と妹の恋愛を書いた小説は未発表も含めると50を超えた。


 今日聞く妹への恋心はどんなものなのだろう。


 私も少女像に目線を向ける。


「メグミは、今日も恋人はできないかな」


「そうだろうな、あ、メグミ来たがトモキくんはいるか?」


「うーん、あ、いる。今、手を振ってる男の子」


「よし行くぞ、映画、チケットは取ってある。先出てろ、会計しておくから、見失うなよ」


「了解」


 トモキくんの笑顔がこの距離からでも眩しい。彼の目にうつる妹の姿を、私も彼の言葉で聞いてみたい。そう思った。

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