ホラー映画への誘い
美術館に行った一週間がたった土曜日。妹が、一人暮らしをする私の家に遊びに行きたいとメッセージがきた。
執筆も立て込んでいなかったため、了承の旨を送ると10分ほどで到着すると返事がきた。
近くにいたようだ。そう思いながら軽く部屋を片付け始める。
妹は時々こうやって突然家に行きたいと私に言うことがあった。特になにがあるというわけでもないが、とりとめのない話をしたいときが多いようだ。
私自身も小説の題材探しができるし、なにより妹と話をするのは楽しく感じているので一石二鳥だった。
私が冷蔵庫の中の麦茶の量が十分であると確認して、何かお菓子がないかと探していると、玄関の呼び鈴がなった。
一応、インターホンのカメラで妹だと確かめてから玄関へと向かう。ドアの向こうで、なにやら話し声がする、いぶかしげに思いながらドアを開けると妹が電話をしていた。
『ごめん』
妹は口パクでそう告げる。小さく頷いて中に招き入れた。
電話相手は気安い仲のようで時折笑い声が混ざりながら会話が続いている。それほど時間はかからないだろうと思って、二人分の麦茶を入れてやると読みかけの本を開いた。
「そうだよ、恋人優先した方がいいよ。うん、じゃあまた。いいって、大丈夫だよ、またね」
妹が愛想のいい明るい声で電話を終わらせる。私はそれを聞いて本から顔を上げた。
電話が切れたのを確認すると、妹は申し訳なさそうに両手を拝むようにして顔の前に合わせて、私を見る。
これは姉の家に遊びに来た瞬間にかかってきた電話に出て、一時間以上話してしまったことに対する詫びだろう。そう思いながらお茶を一口飲んだ。
「お姉ちゃん、ごめんね」
「いいよ、どうしたの?」
「ユキちゃんがさ、明日遊びに行く予定だったんだけど、遠距離の彼氏が急用でこっちくるからそっち優先したいって」
「それは残念だね、楽しみにしてたでしょ。映画だっけ」
「うん、そうなんだけど。まぁ、しょうがないかな。ユキちゃん彼氏のこと大好きだから」
仲がいいのは大変よろしいことだよ。妹は歌うようにそう続けてテーブルに置いていた麦茶を手に取る。グラスが汗をかいていて、触れたところから水が流れ落ちる。珪藻土のコースターの色が一瞬丸く濃くなりすぐに薄くなった。
「あ、お姉ちゃん一緒にいかない?ホラー映画」
「えー、いかない」
「お姉ちゃんホラー苦手だっけ?」
「うーん、嫌いじゃないけど好きでもないかな」
「ならだめかー、ホラーいける人いたかな」
「同じ研究室の人とか誘えないの?」
「そういえばトモキくんホラー好きって言ってたし、ハルちゃんもいけたはず。あとで連絡してみよー」
「明日でしょ? 早い方がいいんじゃない?」
私が暗にいま連絡していいと告げると妹はありがとう、といいながらスマートフォンを操作し出した。
これはイベント発生の予感。
そう思いながら、私もスマートフォンでメッセージアプリを起動する。トーク欄の上から二番目のトークルームを選択してメッセージを打ち込む。相手が土曜のこの時間いつもだらだらスマートフォンを見てすごしているのは知っている。
『イベント発生予感あり 明日映画いこう ホラー』
既読はすぐについた。やはり暇だったようだ。
『ホラー苦手なんだが』
『安心して、私もだから』
『なにも安心できない』
軽快に続くメッセージのやり取り。互いにホラー鑑賞に一抹の不安はあるものの、このイベントを見逃すわけにはいかなかった。私の勘が当たれば明日、『トモキ』はネタになるのだ。
「ハルちゃん明日は予定あるらしいから、トモキくんと行ってくる!ホラー楽しみ!」
妹の笑顔の宣言で、イベント発生が確定した。
私たちのホラー映画鑑賞も確定した。
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