元お飾り王妃と六人目の聖女様


 ――聖女様。


 それは、光の魔力というこの世界でも稀有な魔力に目覚めた女性のことを指す言葉。この国にはすでに五人の聖女様がいらっしゃり、彼女たちにはそれぞれ重要な役割が与えられています。その役割を果たす代わりに、一定の生活を王国が保証する。それが、この国の聖女様の立場。代々五人現れるとされるその聖女様ですが……何故か、この時代は例外だった。なんと、六人目の聖女様が現れてしまったのです。


「……そう、ですか」

「おぉ、そうらしいぞ」


 翌日。ブラッド様と食堂で食事を摂っていると、ブラッド様がふと思い出されたようにとあることを私に教えてくださいました。何を、と問われましても出来ればはっきりとは答えたくないのですが……。まぁ、はっきりと言えば少し前にシンディ様が光の魔力に目覚めたということらしいですね。どうやら、これは今国の機密事項になっており、一般の方は存じないそう。ブラッド様が存じ上げていらっしゃったのは、フロイデン王国からの留学生だからということらしいです。フロイデン王国は武力国家。敵に回すのは良くないと、判断されたのでしょう。


「歴史上、六人目の聖女は現れたことがなんだろう? ……はぁ、なんだか胡散臭いな」


 ブラッド様はそんな音をおっしゃってため息をつかれます。胡散臭い、ですか。確かに、歴史上今までなかったこととなれば、そう思われるのは当然かもしれません。しかし、シンディ様は間違いなく光の魔力に目覚めています。……一度目の時間軸でそうだったので、私は良く知っております。


「……出来ることならば、フロイデンの方から聖女の調査をしろ……と言われているが、正直に言えば気が乗らないな。フライア嬢は、どう思う?」

「それを、私に尋ねるのですか?」

「おぉ、フライア嬢の言葉は信頼できるからな」


 そうおっしゃって、ブラッド様が目を細めて笑われます。……そんな国の重要な判断を私にゆだねるって……このお方、結構変わったお方だ。まぁ、それは知っておりましたが。そう思いながら、私は真剣に考えてしまう。もしも、調査をするとなればブラッド様はシンディ様と一緒にいることが増えてしまうでしょう。それは……純粋に、嫌でした。だって、ようやくできたお友達。失うなんて、絶対に嫌だわ。しかし、フロイデン王国のことを思うと……。


「……とりあえず、様子見でいいのでは? 何かの間違い、ということもあるかもしれませんから。もう少し経ってからでいいと思います。もしくは、もうすでにいらっしゃるほかの聖女様を先に調べる、というのも手かと」

「そうか、すでにいる聖女を調べるのもありか……。あぁ、助かったわ」


 ブラッド様は私の答えを聞かれて、すっきりとしたような表情でそんな風にお礼を言ってくださいました。どうやら、ブラッド様はシンディ様のことを調べることに対してはあまり気乗りしていなかったようです。……だから、ほかの聖女様を調べるのに乗り気なのでしょうね。まぁ、ブラッド様のお言葉通りだとすれば、「聖女様の調査」であり「六人目の聖女」の調査ではありませんからね。私が勝手にそう判断しているだけ、というのもありますが。


「正直に言えば、俺はあのランプレヒト男爵令嬢に近づくのが嫌なんだよなぁ。……なんというか、本能が拒否するというか……」

「何ですか、それ」


 思わずブラッド様のお言葉に笑ってしまいます。だって、本能が拒否するってどういうことなのですか? でも、それと同時に安心してしまう私もいた。だって、少なくとも今のところブラッド様はシンディ様のところに行かない……ということですもの。


「まぁ、俺の勘って結構当たるし。……だからなぁ」


 そうおっしゃって、ブラッド様はお水を飲まれる。あぁ、そろそろお昼休みも半ばですね。教室に、戻らなくちゃ。私はそう思い、ブラッド様に声をかけようとしました。しかし……。


「……フライア嬢」


 そんな私のことを、呼ぶ声が聞こえてきました。その声は……聞き覚えがある声で。私はどきっとしてしまった。だって、どうしてこのお方がここに居らっしゃるのよ……。そう、思ってしまったから。


「……イーノク様」


 ゆっくりと私が振り返ると、そこには私の現在の婚約者であるイーノク様がいらっしゃいました。その表情はとても真剣なものであり、何か大切なお話があるのだということはひしひしと伝わってきます。だから、私はひきつった歪な笑みを浮かべながら、イーノク様を見つめます。


「フライア嬢。今から、少し話をしないか? ……少し、大切な話がある」


 イーノク様のそのお言葉に、私は息をのんでしまいました。タイミング的に、きっとシンディ様のことだわ。正直に言えば、行きたくない。でも……行かなくちゃ。だって、断る理由が思いつかないのだもの。


「……承知いたしました。少々お待ちくださいませ。お片づけをしてきますので」

「あぁ」


 私は食器を載せたトレーを持ち、返却口の方に向かいます。普通ならば取り巻きがしてくれるこの作業ですが、私には取り巻きがいないため自らがしなくてはなりません。というか、裏切られるかもしれないのに取り巻きなんて必要ない。


「お待たせいたしました、イーノク様。それでは……少々、場所を変えましょうか」


 食器を返却し、イーノク様の元に戻る。そして、私とイーノク様はゆっくりと歩き始めました。途中、興味深そうに私たちのことを見つめるブラッド様と視線が合いましたが……私は、視線を逸らしてしまいました。

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