元お飾り王妃は天敵と再会をする
そう、落ち着いていたはずだった。彼女が、私たちの前に「また」現れるまでは――……。
「あっ、ブラッド様~!」
そんな風に、ブラッド様のお名前を呼びながらこちらに駆けてくる一人の少女。彼女を見たとき、私の心がざわめいた。桃色の肩の上までのふわふわとした髪と、茶色の大きな目を持つ小柄な美少女。いかにも男性ウケがよさそうな女子生徒。彼女こそ……私の天敵である、シンディ・ランプレヒト男爵令嬢。そのお方でした。私からイーノク様を奪い、私を貶めた人。
「……誰?」
私が俯いていると、ブラッド様のそんなお声が聞こえてきました。そのお声に込められた感情は……「無」。無関心だとでも言いたげに、シンディ様に返事をされるブラッド様。どうやら、ブラッド様はシンディ様のことを今のところは好いていらっしゃらないようだった。それに、少しばかり安心してしまう私も、いた。
「え~、この間自己紹介したばかりじゃないですかっ! シンディ・ランプレヒトです! ブラッド様とお話がしてみたくて……ダメ、でしたか?」
きっとシンディ様は、可愛らしく小首をかしげてそう言っているのだろうな。そんな姿を、私はすぐに想像出来た。あの可愛らしい容姿で、シンディ様は王宮中の男性を虜にした。女性ウケはすこぶる悪かったものの、私に虐められているという印象を色濃く与えたことにより、私よりは好かれていた……と思う。なんといっても、私は王宮中の嫌われ者だったから。
シンディ様が駆け寄ってきたとき、私は思わず手のひらをぎゅっと握りしめてしまった。怖かった。人生をやり直すことが出来ているというのに、なのに、彼女はまた私の邪魔をするのだろう。そんなことを思うと、冷や汗が出てきてしまう。名門公爵家の令嬢が、たかが男爵家の小娘に怯えるなんて。普通からすれば笑い者でしかないだろうな。それでも……怖かった。
「……ふ~ん、じゃあ、ランプレヒト男爵令嬢」
「え~、シンディって呼んでくださってもいいのですよ?」
シンディ様は、ブラッド様に家名で呼ばれていたことを抗議していた。だけど、普通ならばシンディ様の立場でそんなことを言えるわけがない。だって、相手は他国の、しかも公爵家のご令息。それに対してシンディ様は末端男爵家の令嬢なのだから。
「……シンディ、様。無礼、ですよ。このお方は他国の名門公爵家のご令息なのですから……」
本当は、口出しなんてしたくなかった。それでも、他国との関係悪化を免れるためにはここで注意しなくては。私はそう思って震える声で、注意をしていた。でも……シンディ様は、そんな私を一瞥すると「邪魔をしないで」とでも言いたげな視線を、私に向けてくる。その視線は……一度目の時間軸で、散々浴びせられたものと一緒だった。
「貴女、私に口出ししないでくれますか? 私は今、ブラッド様とお話をしているの。人様の会話に入るのならば、それ相応に手順を踏んでください」
さらに言えば、シンディ様はそんな言葉を私に投げつけてくる。……常識知らずは、そちらのくせに。そう思っていたのに、声が出なかった。相手はたかが末端男爵家の小娘なのに。私の方が、立場は間違いなく上なのに。そう自分に言い聞かせるのに、一度目の時間軸のことが脳裏をよぎると、彼女が怖かった。
「……フライア嬢、大丈夫か?」
そんな中、ブラッド様は私の顔色がどんどん悪くなっていることに気が付いてくださったのか、私のことを気遣ってくださった。それが、私は嬉しかった。だけど、それが気に入らないであろう人が、目の前にいて。シンディ様は、私のことを明らかに睨みつけるとブラッド様に満面の笑みを向けた。まるで、私のことなどいないかのように扱うシンディ様。そんなシンディ様に、私は怒りさえこみあげてきそうだった。
「ブラッド様。そんな女よりも、私の方がずっといいですよ? だから……」
あぁ、イーノク様にもそう言って言い寄っていたっけ。そう思ったら、私の心の底からこみあげてきたのは……笑い。自分に対しても、シンディ様に対しても笑いがこみ上げてくる。だって、おかしいもの。婚約者もお友達も、同じ女に奪われそうになっているなんて。私の人生、いったい何なのっていう感じ、じゃない。
そう、私は思っていた。もしかしたら、ブラッド様もシンディ様の方に向かうのかもしれない。可愛らしくて、守ってあげたくなるような女性の方がいいのかもしれない。そんな風に、私は思っていた。
「……わりぃけど、俺はフライア嬢と話すのに忙しいから。……はっきり言って、お前迷惑。初対面でそこまで図々しくされると、逆に引くわ。それから、お友達と初対面の奴と、どっちを優先するかなんて聞くまでもねぇだろ。……分かったら、さっさと去れ。――迷惑だ」
「っつ!」
だけど、ブラッド様がおっしゃったお言葉は、私の予想とは全く違った。そして、シンディ様の息をのむような音が、耳に届いた。……ブラッド様は、私のことを優先してくださったの? そう思ったら、嬉しさとかいろいろな気持ちが、私の中にこみあげた。
「ほら、フライア嬢。行くぞ」
さらに、ブラッド様はシンディ様を無視されて、私を連れて歩き出された。それを理解したときに零れてしまった涙は……きっと、嬉しさとかいろいろな感情が混ざり合って零れたものなのだろうな。
(同年代の男性に優しくされたのが久々すぎて……涙が、もっと出てきちゃいそうだわ)
それに、そう思ってしまった。
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