傘の下には

三葉さけ

傘の下には

 

「このお店はいつからやってるんですか?」

「親父の代からだから、70年になるね」

「橋のそばにいるお地蔵さんで知ってることを教えてください」

「あのお地蔵様は30年、いやもうちょっと前かな、に建てられたんだ」

「なんでですか?」


『地域の歴史』を聞き取り学習する授業で私たちの班は『石碑、お地蔵さんの由来』を調べることになった。今日は学校から少し離れた小さな橋のたもとに立つお地蔵さんのことを聞きに、橋の近くにある古いハンコ屋さんに来た。

 小さいハンコ屋さんは私たちの班、6人だけで満杯になった。昨日から『オレがインタビューする』ってはりきってた、班長のスズキ君が聞き役。私たちは準備していた質問ノートにお爺さんの話を急いで書いていく。


「そこの川は小さいけど雨が続くと流れが速くなるんだ」


 お爺さんの話は続く。

 小学生の男の子が雨の日に一人で遊びに出かけて家に帰らなかったこと。次の日、川下で遺体が見つかったこと。お地蔵さんが立っている場所に男の子の傘が残されていたこと。


「だからお地蔵さんができたんですか?」

「いや、そのあとで変な噂が流れてな……」


 変な噂! ドキドキする言葉に耳を澄まして続きを待った。


「雨の日に一人でいたら男の子に遊びに誘われたって話が子供たちから出てきてなぁ。うちの息子も小学生だったから、その話を聞いてきた」

「遊びに行ったらどうなるんですか?」

「なんだったかな? よくある怖い話と似たようなもんだろ。まあちょうどその頃、小学生の水の事故が続いたからお地蔵様を建てたってわけだ」

「へー」


 怖い話になって少し寒気がした。


「都市伝説みたい」

「すごいね」


 私以外の女子が固まってコソコソおしゃべりしてる。話に入りたいけどいつも3人でいるから声をかけられない。残りの男子2人に混じれるわけないし。早く班替えにならないかな。同じ班に仲良しの子がいなかったら私ともしゃべってくれるかもしれない。そうしたら友達になれるかもしれないのに。


 お爺さんの話が終わったら帰り支度をしてみんなでお礼を言った。


「夕立があるって天気予報で言ってたからな、気をつけるんだぞ」

「はーい」

「ありがとうございました」


 店を出たらスズキ君がお地蔵さんを見ようと言ってそっちに向かう。怖かったけどみんなも行くから仕方なくついていった。みんなは近くに寄って都市伝説の話をしてる。私だけ少し離れて、お花をお供えされた小さいお地蔵さんを見ながら男の子のことを考えた。

 雨の日に一人で遊んでたのは友達がいないから? それなら私と同じ。一人で死んだのが寂しくて遊びに誘ったのかも。

 自分の考えにゾワッと寒気が起きた。でももうお地蔵さんがあるから大丈夫。大丈夫だから。あわてて自分に言い聞かせる。


 ポツリと雨粒が頭に当たった。


「雨だ。もう行こうよー」

「いこうぜー」


 みんながそう言って橋を渡る。私もお地蔵さんを見ないようにみんなを追いかけた。

 橋を渡った先のさびれた商店街で急に雨が強くなって、みんなは叫びながらシャッターが閉まったお店の軒下に駆け込んだ。


「うおーびっくりー」

「ホントー」


 私も急いで軒下に入った。ホッとして息を吐いたら、隣に黒いスニーカーが駆け込んできた。誰だろう、私が一番後ろを歩いてたと思ったのに。

 自分のそばに誰かがいると思うと緊張する。チラリと口元だけ見たら、男の子がニッコリ笑ってくれた。こんなふうに笑いかけられるなんて初めてで、顔が少し熱くなる。誰だっけ、えーと、……転校生? うん、転校生だった。いつも俯いてるせいで顔をはっきり覚えてないけど。


「びっくりだね」

「……うん」


 話しかけられてドキドキする。


「天気予報当たったね」

「お母さんに折りたたみ傘もたされたんだ」

「俺も」


 向こうのみんながしゃべってる。私も何かしゃべらなきゃ。でも何をしゃべったらいいんだろ。あれ、名前なんだっけ。

 ぼやぼやしてたらみんなが折りたたみ傘を出してパチンパチンと開いていく。水色にピンク色、薄紫にリボンの模様、黄色のキャラクター、赤に車の模様。色とりどりの傘の中に顔が隠れて口だけが見えた。

 私は傘を持ってこなかった。『入れて』って言わなきゃ。言ったら入れてくれるかな。……聞いてくれたらいいのにな。『入ってく?』って。

 何も言えないまま俯く私にスズキ君の声が終わりを告げた。


「ここで解散な! じゃーなー」


 スズキ君がそう言って走り出し、他の男子も追い掛けて走っていった。女子たちも『バイバイ』と言って歩き出す。

 やっぱり聞いてもらえなかった。自分から言えばよかった。俯いていたら、すぐそばに立っている黒いスニーカーが目に入った。


「入ってく?」


 驚いて顔を上げると紺色の傘から口だけが見えた。一瞬、誰だかわからなくて戸惑う。えーと、転校生、転校生の……、フチノ君、が私に笑いかけている。

 傘から笑ってる口だけが見えるのはなんとなく怖い。でも雨は止みそうにないし、せっかく言ってくれたのに断ったら嫌われるかも。


「……うん、ありがとう」

「傘に入って」


 俯いたまま傘に入れてもらった。


「家はどこ? ここから遠い?」

「あ、学校の反対側だからちょっと遠い」

「俺んち、すぐそこだからウチにきて。傘貸すから」

「……うん」


 私の家まで送ってもらうより、傘を借りるほうが迷惑をかけないと思って頷いた。黒いスニーカーを見つめながら歩く。


「橋を渡ってすぐなんだ」

「戻るんだね」


 さっき聞いたお爺さんの話を思い出して鳥肌が立つ。


「次の場所に行くと思ったのにいきなり解散するとかさ~」

「……ふふ」


 明るい声につられて笑った。一人じゃないから大丈夫。傘に入れてくれるなんて優しいな。

 橋の上を歩き、渡りきる手前で黒いスニーカーが急に止まった。


「夕立だからすぐ止んじゃったね。雨のあいだしか動けないから、間に合って良かった」


 そう言って傘をたたんだ。折りたたみじゃないことを不思議に思う。みんな折りたたみ傘だったよね?


「半分当たりだよ」


 何の話かわからなくて顔を見上げた。なぜか口しか見えない。


「あの日、友達と遊べなくて一人で出掛けたんだ。傘を持ってたせいで転んで川に落ちてさ。ずっと一人で寂しいから誘ってるんだけど、誰も一緒に残ってくれないんだよね」


 口だけが楽しそうにしゃべる。


「友達いないんでしょ? 俺が友達になるから一緒に遊ぼうよ」


 なに言ってるの? お爺さんが言ってた話? だって、お地蔵さんがあるのに……。

 足が震えて動かない。助けがほしくて周りを見たら、真っ白い霧に覆われていた。


「橋を渡ってすぐだから」


 手を引っ張られて前につんのめり、足が橋を渡り切る。


「もう着いたよ」


 いつのまにか全部見えるようになった顔はとても嬉しそうに笑っていた。



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傘の下には 三葉さけ @zounoiru

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