さようなら初恋

三郎

第1話:三人は親友

「ちる、海菜、俺は二人と大人になっても親友でいたい」


 小学校を卒業して中学に入学する少し前、俺は幼馴染の鈴木すずき海菜うみなと、こと月島つきしまみちると三人で永遠の友情を誓った。

『何があっても、俺たちは一生親友だ』最初にそう言い出したのは俺だった。男女三人の友情は恋愛感情が絡んで縺れて長続きしないことが多いとよく言われていたが、俺は女子である二人に対して恋愛感情を抱くことはないから大丈夫だと思っていた。


 しかしある日、海菜が同級生の男子から告白されているところを見かけた。


「俺、鈴木のこと好きなんだ。最初は男みたいで無いなって思ってたけど……意外と女らしいところもあって……よく見ると可愛いし……」


 緊張しているのか震える声で、ところどころ失礼とも取れる言葉を交えながら想いを伝える同級生の声を聞いて、胸がざわついた。その時俺は初めて恋愛を意識した。誰と誰が付き合ったとか、そんな話は周りでよく聞いていた。けれど、そんなの、俺達にはもっと先の話だと思っていた。


「あ、のぞむ。いたいた。……あ?何やってんの?」


「しー……海菜が告白されてる」


「あぁ?聞き耳立てるとか趣味悪っ」


 と言いつつ、通りすがったちるも一緒になって物陰から二人の様子を見守り始める。


「だから……俺と付き合ってください!」


 男子生徒が勢いよく頭を下げ、手を彼女に向かって差し出す。彼女は「好きな人が居るからごめんね」と少し申し訳なさそうに笑った。そんな話は今初めて聞いた。彼女と仲のいい男子は多く、見当もつかない。誰が好きなのだろう。


「それってやっぱり、いつも一緒にいる男子のこと?星野ほしの……だっけ」


 男子生徒の口から自分の名前が出たことで心臓が飛び跳ねた。彼女が俺を好き?そんなこと、考えたことはなかった。俺にはそんな風には見えないが、周りから見たらそう見えるのだろうか。


「望は友達だよ。大事な親友。恋人にしちゃうには勿体ないくらい大事な親友。好きだけど、恋愛感情はないよ。この先もずっと、彼に対して恋愛感情を抱くことはないよ。絶対に」


 過剰なほどに恋愛関連を否定する彼女。「彼も私に対して恋愛感情を抱くことはないと思う」と締め括り、俺達の方をちらっと見た。目が合ってしまい、慌てて引っ込む。


「……バレてんじゃねぇかよ」


「……バレてるね。一旦離れようか」


 その場を離れ、校門前で待つ。しばらくして、彼女に告白していた男子生徒が泣きながら校門をくぐって学校を出て行った。


「……二人とも、覗き見なんて趣味悪いね」 


 彼が見えなくなったタイミングでため息を吐きながらやって来た彼女は少し疲れた様子だった。先ほど言っていた好きな人というのは誰なのだろうか。なんだか気になって仕方ない。


「……ごめん。……あのさ、海菜の好きな人って誰?」


「そのうち話すよ。今はまだ話せない」


「……そうか」


「……うん」


「疲れた」と言いながら、彼女は俺の肩に倒れ込むように頭を埋めた。こんなにも弱っている彼女は珍しい。ちるではなく俺にもたれかかってきたのは、高さ的にちょうど良かったからなのだろう。ただ、それだけ。それだけなのに、なんだかモヤモヤした。

 確かにこれは周りから見たら好意があるように見えても仕方ないだろう。好きな人が居るというのなら、勘違いされるような行動はしない方がいいのでは無いだろうか。


「海菜……流石にちょっとこれは……好きな人に見られたら勘違いされないか……?」


 俺がそういうと彼女は「そうかもね」と言いつつ、離れるどころか背中に腕を回してしがみ付いてきた。


「お、おい……海菜……?」


「……君が女の子だったら、これだけくっついたって勘違いなんてされないのにね」


「そりゃしないだろ。女同士で付き合ってるなんて普通は考えないし」


「…そうだよね。しないよね。恋愛は男女でするのがだもんね」


 彼女は、俺の応えがしゃくに障ったと言わんばかりに苛立ちの篭った声で呟き、俺を突き飛ばすと「先に帰る」と不機嫌そうに言って早歩きで校門を出て行った。何がしゃくだったかは分からないが、怒らせてしまったことだけは分かった。


「海菜、ちょっと待って……」


 すぐに追いかけようとすると、ちるに腕を掴まれ止められた。


「……あのさ、望。うみちゃんの好きな人は多分、女の子なんじゃないかな」


「えっ……」


「『女同士で付き合ってるなんて普通は考えない』なんて言われてキレるってことはそういうことだろ」


一瞬まさかと思ったが、確かにちるの言うことが当たっているとしたら海菜が怒るのも当然だと、すぐに自分の失言に気付いた。


「だとしたら俺……今……彼女に酷いことを……」


「だとしなくても酷い差別発言だよバーカ」


「……そう……だな……ごめん……」


「……別に私も確信があるわけじゃないよ。けど、今の言い方だとそんな感じなんじゃないかって思った。いつか話すって言ってたし、確かめなくてもいつかはあいつが自分で言い出すんじゃないかな」


 彼女は平然とそう語る。いつだって彼女は冷静で平然としているが、親友が同性愛者かもしれないと知ってなんとも思わないのだろうか。

 聞くと彼女は「あいつが同性愛者だったとして何か問題でもあるのか?」と首を傾げた。

 言われてみればそうだ。どうして俺は、彼女が同性愛者かもしれないという仮説だけでショックを受けているのだろう。


「何がそんなに気になるんだよ。あいつの好きな人が女だろうが男だろうが別にどうでもいいだろ。まぁ、恋人が出来たらみんなそっち優先するらしいし……遊ぶ機会がちょっとだけ減るかもしれんから、それは正直、ちょっと寂しい気持ちはあるけどさ」


 彼女に恋人が出来る。そんなこと、考えたこともなかった。改めて考えようとすると、胸がざわついた。ぎゅっと締め付けられ、苦しくなる。彼女に恋人が出来るなんて嫌だ。想像もしたくない。


「……どうした?」


「……海菜に恋人が出来るのは……嫌だなって思って」


「私もあんまり嬉しくないな。さっきも言ったけどちょっと寂しい。けど、別に親友じゃなくなるわけじゃないだろ?そんなに落ち込むなって。まだあいつが誰かと付き合うことが決まったわけじゃねぇし」


 俺のこの胸のざわつきは、ちるの感じている寂しさと同じなのだろうか。違う気がする。そんな可愛いものではない気がする。海菜が同性愛者かもしれないことにショックを受けた理由が何となく見えたが、この時はまだ確信は持てなかった。

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