第3話:初恋の人

 すっかりバーの常連になった頃だった。一人の女性が私に話しかけて来た。


「あきらちゃん……だよね?私のこと覚えてる?」


少し年上で、おっとりとした感じの女性。タイプだなぁと思ったが、すぐには誰だか分からなかった。


「えっと…」


「笑美だよ!森下もりした笑美!昔近所に住んでた!」


 笑美さんはすぐに私に気づいてくれたが、私は名乗ってもらうまで気づかなかった。

 笑美さんは私が中学生になる頃に実家を出て一人暮らしを始めていた。それ以来会うことはなく、最後に会った日から十年近く経っていた。


「大きくなったねぇあきらちゃん。すっかり大人の女になっちゃって」


 大人になった笑美さんに、私は二度目の恋に落ちた。けれど、当時の私は彼女と付き合う勇気がなく、幼少期の頃のように簡単には好きだと言えなかった。

 

 そんなある日、彼女は私が覚えていないプロポーズの話をしてきた。


「そんな昔のことよく覚えてますね…」


「ふふ。なんか、忘れられなくて。……ねぇ、あきらちゃん」


 じゃーんと、彼女は背中から薔薇の花束を出し、私に渡した。真っ赤な薔薇の花束。「数えてみて」と言われ花の本数を数えると、12本という微妙な本数だった。


「なんか意味があるの?」


「うん。わかる?」


「ごめん。本数で意味が違うのは知ってるけど、詳しくは知らない」


「ふふ。12本はね"私と付き合ってください"って意味だよ」


「返事は?」と彼女は笑う。返事はひとつだった。


「…はい」


 そうして私は、彼女と付き合うことになった。

 そしてその数年後。法律が改正され、同性同士でも結婚出来るようになった。

 プロポーズはほぼ同時だった。私がプロポーズをしようと思っていたその日に、彼女に指輪を渡され、私も用意していた指輪を出した。

 同じ日にプロポーズを考えていたなんて息ぴったりだねと笑い合い、籍を入れた。

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