幸せを伝えたい人

三郎

プロローグ:懐かしい人

 初めて好きになったのは笑美えみさんという近所のお姉さん。名前の通り、笑顔が美しい—というか、可愛らしい—人だった。歳の差は5歳。

 正直、ぼんやりとしか覚えていないのだが、小学校に上がったばかりの頃、私は大胆にも彼女に、道端で摘んだ花を渡してプロポーズをしたらしい。


『おとなになったらけっこんしてください!』


 と。大勢の人がいる前で。

 今でも酔うと彼女は必ずその話をする。


「可愛かったなぁ…あの頃のあきらちゃん」


「…またその話してる」


「うふふ」


 あの頃と変わらない笑顔で彼女は楽しそうに語る。


「初めてプロポーズしてくれた小さな女の子と、まさか大人になってから本当に結婚しちゃうなんてね」


 私の肩にもたれかかりながら、左手薬指にはめられた指輪をうっとりとした顔で眺めた。


「…長い道のりだったね」


「…そうだね」


 私と彼女は同性同士。交際期間は長いが、結婚出来たのはつい最近だ。この国は同性同士の結婚を認めることをずっと渋っていたから。

 最近になってようやく認められたのだ。


「…私の知り合いは同性カップル同士で籍入れて偽装結婚してたんだけどね、もうそんな必要もなくなったから離婚して籍入れ直したみたい」


 そう。世間体を気にして既婚者のフリをするために、男女の同性カップル同士で共同してそれぞれのパートナーと籍だけ入れておくなんてことをしている人も少なくはなかったようだ。今はもう、そんな必要は無くなった。


「それでは次のニュースです。おめでたい話題です」


 ふと、懐かしい名前がテレビから聞こえ、思わず顔を上げる。テレビに映っていたのは、忘れもしない、初めて付き合った恋人だった。

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