夫婦と書いてパートナーと読む

三郎

第1話:人はいつか必ず恋をするわけではない

 人は、当たり前のように他者に恋をする。それが常識。

 否。常識だと、みんな思い込んでいるだけだ。私もそうだった。

 アセクシャルという言葉を知ったのは、大人になってからだった。

 アセクシャルというのは、他者に対して恋愛感情も性愛感情も抱かない人のことだ。そういう人がいるのだ。みんな知らないだけで。当事者である私も大人になってから知ったくらいだ。みんなが知らないのも無理はない。学校は、恋愛感情がない人間も居るなんて教えてくれないから。


「ねぇ、めぐみは好きな人いるの?」


 思春期に差し掛かったあたりから、その質問を何度投げかけられたことか。数えられないほど聞かれた。決まって私はいつもこう答えていた。


「ううん。いないよ」


 という二文字には、いつか私も恋をする日が来るのではないかという期待が込められていた。みんながする恋の話に、私もいつか参加したいと思っていた。

 恋の話をする友人達の目はキラキラしていて、綺麗だったから。たまに照れるように頬を赤らめたりして、可愛かった。恋をしている人間は可愛くて、輝いていた。

 だけど時には、恋心を利用されて、それを分かっていても離れられなくて、無様な姿を晒す友人もいた。

 恋は人を輝かせることも多かったが、同時に闇へと引きずり込むこともあるようだ。

 私はまともな人を好きになりたいなぁ。と、ぼんやり思いながら恋の影響で病んでいく友人を懸命に支えたが、成人しても私はどちらの恋にも縁がなかった。人生を輝かせる恋にも、心を闇で包み込んでしまうような危険な恋にも。


「えっ、大学生にもなって恋したことない?」


 友人に話すと必ず「嘘でしょ」と言われるか「いつか分かるよ」なんて無責任なことを言われるか「良い人紹介しようか」と合コンに連れて行かれるか…大体その三択だった。

 合コンには何度か行ったし、友人の紹介してくれたとデートをしてみたことも何度かあったが、私の心がときめいたことは一度もなかった。

 私と付き合いたいと言ってくれた人は、人生において数人はいた。けれど彼らに対してもときめいたことはない。

 ある日、一人の男性から告白された。バイト先の先輩だった。いつものように断ろうとしたが「難しいこと考えずに一回付き合ってみたら?」という友人のアドバイスがよぎり、同じ気持ちを返せないのにそれは失礼ではないかと思いつつも、彼に一応案として出してみた。


「付き合ってみても、私は先輩のこと好きになれないかもしれません」


「絶対惚れさせるよ」


「……その言葉、信じていい?」


「うん」


「……好きになれなくても恨まないでくださいね」


「じゃあ……!」


 私は彼と付き合ってみることにした。彼は喜んでいたが、それは最初だけだった。惚れさせると意気込んでいたが、彼では私の心を動かせなかったらしい。結局、別れた。彼は謝ってくれたが、謝らなきゃいけないのは私の方だ。私を好きだと言ってくれた人を実験台にしたのだから。

 恋は誰にも平等訪れる。だから、私にもいつか来る。

 ——その前提が間違っていたことを教えてくれたのは別れた彼だった。

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