第4話:タチの悪い女

 宣言通り、彼女は私と付き合うまでは私のちょっかいに応えてくれることはなかった。


「美月ちゃんー、ホテル行こー」


「行きません」


「なははー。だよねー」


「飲み過ぎです。家まで送ります」


「泊まっていく?」


「嫌です。家に送り届けたら帰ります」


「送り狼に「なりません」」


 そんな冗談を言える関係が心地良かった。けれど、いつしかそれだけでは満足出来なくなっていった。彼女と恋人になりたいと望むようになっていた。

 しかし、それを認めるのが怖かった。私は今まで散々遊び歩いていた。それを彼女も知っている。好きだと言ったって信じて貰える自信が無かった。

 だから私は——


「ねぇ、美月ちゃんさぁ……」


「はい」


「いい加減、私みたいなのに構ってないで恋人でも作ったらどうよ。私みたいなクズと居たら出会い遠のくよ?」


 そう言って彼女を遠ざけようとした。しかし彼女はその言葉を待っていたと言わんばかりににっと笑ってこう言った。


「なら、責任とって貴女が私の恋人になってくれれば良いじゃないですか」


「……は?な、なにそれ。口説いてんの?」


「はい、口説いてます。……萌音さん、今夜はホテル、行ってあげても良いですよ。もしくは、貴女か私のお家でも」


「えっ、な、何急に。付き合ってない人とは嫌だって言ってたじゃん」


「はい。ですから、貴女が私と恋人になってくれるなら行ってあげても良いですよ。行きたかったんでしょう?」


「うっわ……何それ……ずるくない?」


「ずるいのはどっちですか。お釣り渡せないなら代わりに連絡先渡せとか脅して」


「あー、そんな始まり方だったねぇ……てか、脅してはなくない?」


 そこでようやく、懐かしいと思うほど時が経っていたことに気づく。この時点で確か、出会いから一年は経っていたと思う。


「……私、初めて会った時からずっと貴女が気になってたんです」


「ええ?初対面の印象最悪じゃなかった?私」


「はい」


「はい。って。否定しろよ」


「……でも、元カノに『彼氏が出来た』って理由でフラれたのは本当なんだなと思いました。憎しみと悲しみに満ちた顔をしていましたから。……最初は同情でした。私と同じ経験をした貴女と、苦しみを分かち合いたかった」


「……の割には元カノの愚痴言わなかったよね」


「……貴女と話していたら案外楽しくて、元カノのことなんてどうでも良くなってしまったんです」


「……今まで散々私がアピールしても応えてくれなかったくせに」


「言ったじゃないですか。恋人以外とはしたくないと。あ、恋人になるならもちろん、お付き合いしている間はお遊び禁止ですよ。私だけを見ていてください」


「うっわ。重いなぁ」


「さぁ、どうします?私一人を取るか、愛は要らないと割り切って複数の女の子を取るか」


 彼女が私に手を差し伸べる。その手を取ることに迷いはなかった。優しく笑う彼女なら、信じても大丈夫だと思えた。


「よろしくお願いしますね。萌音さん」


「……うん。よろしくね。美月ちゃん」


「ちなみに萌音さん」


「ん?」


「……まぁ良いです。ホテルに入ってから話しましょう」


 その日、抱くつもり満々でいた私はあっさりひっくり返され、今までにないくらい優しく抱かれた。




「私、タチなんですよ」


「……私もタチなんですけど」


「でしょうね。抱かれ慣れてない感じしましたもん」


「……絶対ネコだと思った」


「そう勘違いして寄ってくるタチっぽい人にマウント取るのが好きなんですよ」


たち悪いな。タチだけに」


「でも萌音さん、可愛かったですよ」


「……くそ……悔しい」


「ふふ」


 そんな感じで、思っていたのとは少し違う形で、私と彼女の交際がスタートしたのであった。

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