Swish ースウィッシュー 〜番外編〜

青空 翔

No.1 ラーメン屋にて





 ゴールデンウィークも終わって、試合まであと数週間といったくらいの日曜日。


 ラーメン屋のカウンターで一人、武田は悩んでいた。


(とんこつか……? それとも醤油? いや、塩も捨てがたい。や、やっぱり味噌かな……)


 メニュー表を見ながら、武田は悩みまくっていた。


(麺の硬さも迷うな……。いつもは普通で食べてるけど、今日は硬めの気分……。でも柔らかめも捨てがたい!!)


 なぜこうなったのか、話は一時間ほど前に遡る。


 ***


「あ、快ちゃん! 今日お昼ご飯無いアルからね!!」

「え? まじかよ……」


 母に急に呼ばれて、何かと思えばこれである。まあ、しょっちゅうあることなので慣れたが。


「マジマジ〜。拙者、本日友人とランチですので」

「やけに楽しそうだな」

「いや〜、学生の時の初恋相手と会うもんですから……」

「アウトォ!! ギルティィィィ!!!!!!!!!」


 いつもは伊織に言われ続けている武田だが、家ではこれがデフォルトである。


「ま、冗談だけど〜」

「嘘かいぃ!!!!!!!」


 結局のところ武田家はいつもうるさい。


「ってことで、どこかで昼ごはん勝手に食べてねー。よろぴく〜」


 これだけ言い残し、武田母はさっさと出かけてしまった。


「え……、どうしよう」


 こう思っていると、母からメッセージがスマホに。


「なんだよ……」


『おすすめはラーメン屋だ!! もしくはラーメン屋!! またはラーメン屋でもいいよ!! ちなみにラーメン屋という選択肢も……(以下略)』


「……ラーメン屋推しすぎだろ」


 何を思ってラーメン屋をお勧めしているのかわからないが、自分でもラーメンが食べたくなった。というかラーメンを想像するとラーメン以外に考えられなくなった。


「行くか、ラーメン屋」


 ラーメン屋が家の近くにないため、スマホで一番近いところを探して、自転車で向かった。



 ***




 ということで、現在に至る。


(あー、麺の太さはどうしよう。いやー、トッピングも迷う。っていうか……)


 なんでラーメン屋はこんなに自由が利いちゃうんだよー!!!!!!!!!!


 武田は心で叫んだ。


(……まじでどうしよう)


 気づけば悩み始めて十分が経過している。


(…………)



「あ? 武田じゃねぇか」

「うわびっくりしたぁ!! ……って、植原先輩じゃないっすか」


 武田は急に声がしたので驚き、ものすごいスピードで振り返った。

 植原はそのスピードに若干ビビりつつ、返事をする。


「悪りぃな驚かせちまって。なんだ? お前もこの店の常連か?」


 武田の隣に座りつつ問いかけてくる。


「いえ、違いますけど……。お前『も』って、植原先輩は常連なんですか?」

「おう。なんてったって……。な!」

「『な』?」

「おう、武田か。伊織はいないんだな」


 またまた突然自分の名前を呼ばれて驚く武田。


「うわ! 江川先輩ですか?! ……なんですかそれ……」

「見たらわかるだろ。エプロンだよ、エプロン」

「いや知ってます……」

「あー、江川はな、ここが家なんだ」

「いや、植原先輩、流石にその冗だ……」

「ほんとだぞ?」

「え"……。まじですか?!」


(作者注:江川の家がラーメン屋だということは、本編の第12話 『オフの日』の最後で明らかにされています)


「じゃなかったらエプロンなんてつけてねぇよ……」

「で、ですよね……。知ってました、知ってましたよ」


 武田は嘘をつくが、当然バレバレである。


「嘘つけ! あ、江川、注文。俺いつものやつ。よろしくね」

「いつも……? 俺知らねぇぞ? 後輩の前だからって格好つけようとするな」

「植原先輩……」

「い、いや、あ、うん。すまん。でも常連ってのは本当だからな?!」

「いや、そこは疑ってませんから」


 なぜか少し落ち込む植原。「いつもの」と言われて困惑する江川。二人の先輩を見て固まっている武田。変な空間がここにある。


 ちなみに、植原が店長に「いつもの」といえば伝わる。江川に伝わらなかったのは江川がいつもいつも手伝いをしているわけではないからである。


「あーっとな、とんこつ並で、麺の硬さ普通、細め。トッピングはノーマル(チャーシュー、メンマ、ナルト、ネギ、もやし、海苔、味付玉子)にチャーシュー一枚追加で。あと焼き飯一つ」


「了解。武田は? 決まってるか?」

「えっと……、ちょっと迷ってます」

「お前いつも迷わないイメージあるけどな」

「江川先輩……。俺だって迷いますよ……」


 迷っている武田を見て、植原が言った。


「……もうとんこつのノーマルセットでいいんじゃね」

「…………」

「…………」


 無言になって。


「……そうですね」


 武田がこれだけ言った。


「……わかった。注文はこれでいいか?」

「俺は以上でいいぞー」

「武田は?」

「あ、餃子もください」

「かしこまりましたっ。んじゃ、なるべくすぐ持ってくる」


 そう言うと江川は厨房の方に戻っていった。


 残された二人は無言に。


「…………」

「…………」


 奇しくも川島高校トップクラスのスモールフォワード二人が揃っている。


「そういえば俺聞きたいことあったんだわ」

「……なんです?」

「東川島ソニックスってどんな感じだったんだ?」

「どんな感じって……。なんだろう……。でも、今の練習とそこまで変わってませんよ」

「ふーん……」

「あ、でも普通の学校での部活と違って、上手い奴らばっかりが揃ってましたね」

「やっぱそういうもんか」

「はい。伊織の方は俺と同じ中学校で、アイツは学校の部活に入ったんですけど、結構苦労していたみたいですよ」

「そうか……。そんな環境で過ごしてきてあのシュートってことかよ……。おっそろしいな」

「ま、俺は中学の頃から知ってましたけどね」

「なんだそのマウントの取り方……」

「なんの話だ?」

「江川先輩」

「おう、江川だ。ラーメンお待ちどう」

「あざっす」

「ありがとうございます」


 江川がお盆を二つ持って武田達の近くにやってきた。そしてそのまま武田の隣の椅子に座った。これで武田は二人の先輩に挟まれたことになる。


「あれ、江川先輩仕事いいんですか?」

「あー、いいのいいの。別にやれって言われてるわけじゃないし」

「あ、そうなんですね……」


 そんなやりとりをしている横で、植原が。


「ニンニクと胡椒を入れるとうまいんだよねーっと。いただきまーす」


 そしてズルズルズルズル。


「……江川先輩、俺も食べていいっすか?」

「おう。味わって食え!」

「了解です! いただきます!」


 ズルズルズルズル。


 麺を啜る音だけが響いて、


「「美味えぇ!!」」


 植原と武田は同時に叫んだ。


「そりゃよかった」


 隣の江川は笑顔でそう言った。


「武田、ニンニクと胡椒入れると美味いぞ!」

「ま、マジすか?!」

「あとゴマもな」

「マジすか!!」

「全部入れちゃえ入れちゃえ!」

「あ、植原先輩入れすぎっすよ!!」

「テメェ俺ん家のラーメンになんてことしてくれてんだ」

「す、すまん」


 そんなやりとりをしつつ麺を啜り、チャーシューを食べ、また啜る。


「ここらで焼き飯」


 植原はそういうと焼き飯を口に入れる。


「ヤッベ、焼き飯美味えぇぇ!!」


 それを見て武田も餃子を口に。


「餃子も美味い!!」


 もはや美味いしか喋れない二人は次々と食べ物を口に運ぶ。


「あ、武田、その餃子一個くれ! 俺も焼き飯あげるからさ!」

「いいっすよ」


 そして交換が行われる。


 植原は嬉しそうに餃子を口に運んだ。

 武田もスプーンで焼き飯をすくって口へ。


「ヤッベ、餃子も美味えぇぇ!!!!」

「焼き飯も美味いっす!!」

「……もうちょっと静かに食えんのかお前らは」

「「すんません……」」


 そしてあっという間に食べ終わり、ラーメンどんぶりも皿も綺麗になくなった。


「「ご馳走さんでした!!」」

「ほい。器下げていいな?」

「おう」


 それだけ言って江川は器の乗った盆を持って厨房に消えた。


「いやー、美味かった」

「ここ初めてきたんですけど、本当に美味しいっすね」

「ま、江川家がやってるんだし、美味いに決まってんだろ」

「スマホで調べて来たんですけど、検索結果で出てこなかったらここには来てなかったかも知れないし、知らないままだったかも知れません」

「そもそもここで偶然会えたことがすごいけどな」

「ですね」

「じゃ、俺もう行くわ」

「さようなら」


 会計をして植原先輩は店を出ていった。


 俺も立ち上がってレジに向かう。


「どうだ、リピートアリか?」

 会計をしていた江川先輩が問いかけてきた。


「アリっす。そのうちまた来ようと思います」

「待ってるぞ。ほい、お釣り」

「ありがとうございました。ご馳走様でした」


 そう言って店を出る。


 自転車で帰る途中、漕ぎながら考える。


(母さんがラーメンゴリ押ししてなかったらラーメン屋行かなかったな……)


 なんのつもりでラーメンをやたら推してきたのか不明だが、母に感謝する武田であった。



 ***


 武田母がやたらラーメンを推してきたのは、自分もランチがラーメンだったから。ただそれだけ。



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読んでくださりありがとうございます。

















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