第七話 美女とポンコツ

 その日は朝から客が多く、商品の補充、レジの操作と大忙しだった。和真は慣れないレジ打ちに苦戦し、子供用のお菓子の商品の名前間違いに挫折を覚えていた。明徳はと言うと、のらりくらりとサボっているのに気がつく。さすがは店長。家の中だけじゃなく仕事中もこんななのか。ポンコツめ。


 忙しさが一段落し、客もまばらになっていた。一人の女性客が入ってくるのが見えた。黒い艶やかで長い髪、赤い花柄のワンピースに大きめのサングラスは一際目を引いた。スタイルも抜群で、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいた。長い手足はまるでモデルのようだ。


 女は買い物カゴにペットボトルの水とサラダとバナナを入れて和真の前のレジに来た。


 女はサングラスを形のいい鼻にずらし、顎を引いて見上げるように和真を見て言った。


「あら、あなた新人さん?」


「え? あ、はい。そうです」


 女はクスリと笑った。ものすごい美人だ。和真は息を呑んだ。


 和真は急に横から押しやられた。明徳だ。明徳はこっちを見ようともせず、デレデレと緩んだ顔を浮かべながら世間話を始めた。


 和真はもう一方のレジに周り、客をさばいていった。


 チラリと明徳の方を見ると、女と明徳は笑い合い、女は明徳の腕の裾に触れた。


 へぇ。珍しい事もあるもんだ。美女と野獣ならぬ、美女とポンコツだけど。


 女が明徳に手を振って帰っていくと、兄はただのポンコツに戻っていた。その証拠にレジの奥に引っ込むとスマホを片手にほくそ笑んでいた。


 ほとんど雨の降らない中、梅雨明けがニュースで発表された。辺りは一気に暑くなったが、カラッとした暑さの中、町の真ん中にあるでかい湖も心なしか干上がっているように見えた。中曽根荘からも見えるからだ。ここの景色は最高だろう。反対側の断崖絶壁と、住人に厳しい坂道と、吹けば飛びそうなほど落ちぶれているのを除けば。


 その日は兄弟揃って休みだった。


 二人は朝からモンハンをしながら過ごしていた。子犬は兄弟の部屋を行ったり来たりしながら画面を覗き込んでいた。


 昼飯に氷を浮かべた素麺を啜り、兄はそそくさと一着しか持っていないスーツに着替えると身だしなみを整えて出かけて行った。


 すぐさま和真もTシャツを着替え、サングラスをかけると子犬のリードを引きながら離れて明徳の後をつけた。


 もしかしたら、相手はコンビニに来たあの赤い花柄のワンピース女かもしれない。怪しかった。それに興味はあった。デブで、家ではコンビニの制服を着たまま寝てばかりいる、未だに童貞かもしれない兄に女? 信じられない。


 太陽が照りつける中、明徳は公園の真ん中で、花壇に囲まれている噴水のへりに座って相手を待っていた。いつもなら噴水が花の様に咲いていたが、今では節水のためにその弁を閉められていた。


 明徳はすでに汗だくで、汗をハンカチで拭いている。もう七月になるのに、梅雨すら来なかった今、水は貴重だがあんなに身体から水が出るのはどうかと思うね。


 明徳は節水のために止められた噴水の前で決壊した汗を拭きながら待った。和真も遠目に兄を見張り、汗を拭きながら待った。ポケットに入れたジャーキーを子犬に与えて耐えた。


 やがて例の女が現れる。今日は白のワンピース姿だ。女が来ると鼻の下を伸ばした兄が女をエスコートしながら去っていった。


 和真はギラギラと腹の立つほど元気な太陽に悪態をついた。自分を見つめる子犬を見つめた。和真は公園近くのコンビニでアイスを買って口の中と心を冷やしながら帰って行った。

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