第二話 黒い染み
明徳はコンビニの制服である青と白のシャツのまま、家で一番大きな鍋をカセットガスコンロに乗せて食卓テーブルに運んだ。カチカチと火花が走って一気に燃え上がった。地元の特産物である大きな昆布を鍋に入れて弱火にすると、具材の調理に取り掛かった。
綺麗好きな弟の和真は、大雑把でいい加減な兄が投げっぱなしにしている漫画を見下ろして腰に手を当てた。
何度言ったら分かるんだ? とっくに言うことを諦めている和真はため息一つで取り掛かることに決めた。
それから、投げ散らかしたような、いったい何枚あるのかすら分からないコンビニの制服を脱衣場にある洗濯機の前まで蹴っていった。兄の明徳は制服のまま寝て、そのままの格好で職場へと向かう。最近はそれ以外を着ているのすら見たことが無いかもしれない。
和真は押し入れから掃除機を引っ張り出してスイッチを入れた。六畳一間しかない範囲はあっという間に終わり、和真は待ってましたと言わんばかりに通信販売で買ったばかりのモップを手に取った。ホクホク顔で玄関から台所と居間に向かって伸びている廊下を滑るようにモップがけをして楽しんでいた。廊下の途中には二部屋あり、一方が兄の明徳の部屋で、もう一方が和真の部屋だ。さらにその先にはトイレの扉が鎮座している。
そのうちに天井の片隅にいるそれに気がついた。長年の産物、うっすら天井に見える埃の真ん中に拳大の黒い染みを見つけた。
和真はモップを上に向けて擦った。もしかしたらここも廊下のようにピカピカになるんじゃないかと和真は思ったのだ。黒い染みはモップにくっつき引っ張られ、溶かしたばかりの舗装道路用のタールみたいにネバーっと伸びた。
「うわっ! キタねぇ! バッチィ!」
モップを引き下ろし、先を覗いてみるとモップにも同じように黒ずみが付いていた。
うわー最悪だよ……と、買ったばかりのモップについた黒い染みに顔をしかめながら、玄関の土間にそっと置いて天井を憎々しげに見上げた。
「おぉーい、鍋出来たぞー」
「あー、今行くー」
クソっ! 新品のモップなんだぞ? 重曹か洗剤で落ちないかな? と頭をもたげながら和真は鍋に向かっていった。
本日のメインディッシュである鍋は、グツグツと小気味のいい音を立てながら泡を吹き始めていた。鍋は明徳の手でその口を開けられた。
鍋の中には大家がこの中曽根荘の脇に作った畑から収穫された白菜、それと近所の商店で買ったばかりの豚肉が、外側から中心に向かってミルフィーユ状に並んでいた。
「おおー! こいつは美味そうだな」
「だろ? 豚肉で正解だ。お前が牛肉なんか掴んだ時はどうしようかと思ったよ」
「なんだよ、牛肉でも美味しそうだろ」
「美味しいかもしれんが、量が少なくなる。豚肉なら安価でたくさん食べれるだろ」
「それもそうか」
和真は内心どっちでもいいよ、と思いながら冷蔵庫からポン酢を取り出した。
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