超能力少女小町さんの粘り強い告白

灰島シキ

小町、告白するってよ


 屋上の扉を開けると容赦ない陽射しが俺の肌を焼いた。

 夏休みは明けたが日本の夏の暑さはまだまだ健在で、始業式が終わったばかりの真っ昼間にろくに影の無い屋上という場所は立っているだけで辛いものだ。

 こんな時期のこんな時間帯にわざわざ辛い場所に来たのは決して俺の趣味では無く、机に可愛らしい手紙が入っていたからだ。

 

 『放課後、私に時間を下さい。伝えたい事があります』

 

 丸っこい字で書かれたそれにラブレターかと喜んだのも束の間、手紙の差出人を見てその可能性を切り捨てた。

 差出人は同じクラスの学級委員長である小町さん。去年も同じクラスだったがまともに会話した記憶はほとんど無いし、高校生になってから知り合ったので昔からの顔見知りとかいう訳でもない。

 それに小町さんは女性好きだという噂もあり、俺自身その噂は真実ではないかと思っている。

 あれは入学式の日の事件だった。今と変わらずみつ編み眼鏡スタイルだった小町さん、第一印象はいかにも真面目そうな人だなという感じだったのだが、その印象は一瞬で崩れ去る。

 入学式の日ということもありまだ友人グループなんて形成されていない空間で、小町さんは俺の隣の席に座っていた女子の前に現れると、いきなりその女子の手をがっしりと両手で掴み言った。

 

 「好き、ちょー好き。ヤバい本当に好き、はー実物はやっぱ違うわ可愛いずっと一緒にいたい」

 

 突然の愛の告白。声のボリュームも大きめだったこともあり教室は一気に静まり返った。

 告白された女子はというと、ただただ困惑の表情を浮かべるばかり。さもありなんといった感じだ。

 その後も小町さんは同じような告白を色んな女子にしまくっているところを様々な人に目撃され、結果女子だけど女好きでハーレムを作ろうとしていると噂されるようになった。 

 そんな推定女好きの変人小町さんに呼び出されたところで、愛の告白なんて期待できない。

 なにしろ、俺は普通に男である。だがしかし、そんな予想を容易く裏切ってくるのが小町さんという人だった。

 

 「相川くん、好きになる予定です。私と付き合ってください」

 

 屋上で待ち受けていた小町さんは、俺が近づくと同時にそう言って右手を差し出しながら頭を下げた。

 これは告白ということでいいのだろうか。

 俺の成績がとても良いから、将来良い大学に行って一流企業に努めて、将来は独立しちゃったりなんかしてそこそこの金持ちになると思ったから『好きになる予定です』と打算丸出しの告白をしたのだろうか。

 青田買いってやつだ。

 なんて考えてしまったが残念なことに俺の成績は普通なのだ。小町さんのほうが圧倒的に将来有望な成績を残している。

 じゃあ好きになる予定ですとは一体どういうことなのだろう。

 

 「小町さん、取りあえず顔を上げてもらっていい」

 「小町さんなんて呼び方は止めてちょうだい。私は小町だけど相川よ」

 「え、なにヤバいこの人」

 

 小町さんは顔を上げると、少しずり落ちていた眼鏡を掛け直した。そして俺の方へ一歩近づく。

 なんとなく避けるように一歩離れてみたが、それに眉を顰めた小町さんは大股でまた一歩近づいてきた。

 

 「なんで近づく!」

 「離れても無駄よ、離さないから。話すまで離さないわ」

 「審議」

 「セーフ」

 「勝手にセーフにすな! 圧倒的つまらなさのダジャレだったわい」

 

 暑いので俺の汗の匂いが少し気になったが、話が進まないので距離感については諦めることにした。

 同じ環境下にいるというのに小町さんは涼し気な表情だ。

 

 「それで、さっきの告白っぽい何かはどういう意図があんの?」

 「告白っぽい何か、じゃなくて告白よ、告白。将来的には相川くんにラブずっきゅんなの」

 「将来的にはラブずっきゅん」

 「今はそうでもないわ。ラブぴちゅんぐらいよ」

 「ラブぴちゅん」

 

 意味が分からないが、今現在のところ小町さんは俺のことがそこまで好きでもなさそうということは何となく伝わった。

 しかしさっきから『将来的には』とか『好きになる予定です』だとか言っているが、まるでどうにか俺のことを好きになろうとしているように聞こえるのだが──

 

 「私は相川くんのこと好きになろうとしてるのよ」

 

 その通りだった。

 

 「でも安心して、将来的にはぞっこんラブ。私から伸びた毛細血管は相川くんに繋がってるわ」

 「血管操れる人なの?」

 「間違えた、運命の赤い糸だった」

 「なんてエキセントリックな間違いだよ」

 「とにかく、私を信じて付き合ってくれればいいのよ」

 「信じられる要素を作る努力をしろよ! プレゼン下手くそか? 下手くそなのか!?」

 

 小町さんはため息を吐くと、やれやれと肩を竦める。

 なんで小町さんがそんな態度なんだと思ったがぐっと堪え、小町さんが話し出すのを待つ。

 

 「相川くん、将来的に愛する貴方に私の秘密を教えてあげる。この秘密を聞けばきっと相川くんはきっと目と口から涎を垂れ流しながら『ん、んぴぃぃい! 小町しゃんと付き合うっぴ! ぼくちんが幸せにしてあげるっぴよ!』と言って私の髪の匂いをくんかくんかする事になるわ」

 「はやくぼくちんに秘密を教えるっぴ」

 「……流石私の旦那(仮)だわ。ノリが良いのね、あ、私超能力者で未来が視える系女子なのよマジウケる」

 「は? さらっと何言ってんの? 軽くね?」

 「こういうのは軽く言ったほうがいいのよ。ほら例えば、あ、その、あのー、あれよ! あのあれあれ、なんかこう……フワフワしたやつ並に軽く言ったほうがいいのよ」

 「例える必要が無い場面でカッコつけて例えようとしたものの、軽いものの例えが思いつかなくて焦ってしまった。しかしカッコつけて見切り発車してしまった手前引くに引けなくなり、結果フワフワしたやつとかいうフワフワした表現にいきつくくらいなら最初から例えようとするんじゃないよ! フワフワしたやつまで思い付いてるなら綿飴とかで良かったじゃん」

 「それ、いただきマッスル」

 「もう遅えよ!」

 

 俺は疲れた。小町さんが変人というのは知っていたがほとんど喋ったことが無い俺を相手にこのノリなのだ、仲の良い相手とはどんな会話をしているのだろうか。

 入学式の日、愛の告白を受けた女子は今では小町さんと大の仲良しになっているが、もしかしてあの女子も小町さんみたいな変人なのか。

 そうに違いない。変人と付き合えるのは変人のみである。

 超能力者だの未来が視えるだの言っているが、間違いなく変人の妄言であり、俺は遊ばれているだけだろう。

 何故遊び相手に俺を選んだのかは分からない。

 

 「私が超能力者とは信じてないって顔に書いてあるわよ。うん、顔はまあ私の好みスレスレではある」

 「顔の品評するんじゃない」

 「スレスレでボール」

 「ボールかよ!」

 「ツッコミが地味。ボールツーね」

 「制球力無いな俺!」

 「はい今のも全然だめ。カウントが悪くなったしここは申告敬遠ね、無理にカウント整えようとしても甘くなった球を痛打されちゃうわ。次は左バッターだしワンポイントで変則左腕を使おうかしら」

 「交代させられちゃったよ! ……また脱線したけど、取りあえず遊び相手なら他を当たってくれ」

 「……もしかして私、フラれてる?」

 「そもそもマジ告白だったの? 将来的にはとか好きになる予定とか、未来が視えるとかふざけ──」

 

 その瞬間俺はこの茶番の設定に気づいてしまった。

 好きになる予定。

 将来的にはラブずっきゅん。

 超能力者で未来が視える。

 なるほどそういう事か。冴え渡る俺の推理力が怖い。

 

 「……えー、ある日小町さんは閃きました。そうだ! 未来視ロールプレイをしようと! でも突然未来視ロールプレイなんかやりだしたら仲の良い相手でもドン引きされるのは間違いない。そこで小町さんは一人の男に白羽の矢を立てたのです。そう、人畜無害な青年──相川くんに」

 「突然何が始まったの?」

 「男が相手なら普段ハーレム相手には出来ないプレイをしようと思った小町さんは、とある設定を考えました」

 「私、別に女好きじゃないから。あと『ハーレム相手には出来ないプレイ』って字面ヤバいわよ」

 「ヤバいですね!」

 「ヤバいわよ!」

 「……こほん! 小町さんが考えた設定はこうです──少女小町は、とある未来の光景を視た。それは普段接点の無いはずのクラスメイト、相川くんと付き合っている未来。未来の小町はそれはもう幸せな日々を送っており、なんと結婚も控えているのだ。その未来を視た小町は相川くんの事が気になりついに……!」

 「設定じゃないけどほぼ正解よ。結婚を控えているじゃなくてガチのマジで結婚してるから私は小町だけど相川なのよ」

 「その設定が固まった小町さんは、相川くんの机にラブレターっぽいものを忍ばせ屋上に呼び出したんです。手紙に釣られてのこのこ相川、略してのこ川が『あー彼女欲しいなーのこのこ』と屋上に姿を現しました」

 「安心して、私が彼女よ」

 「のこ川が来ればもう小町さんの勝ち、まるで未来が分かる風な言葉を次々と投げかけます。念願の未来視ロールプレイに小町さんはご満悦です。そしてある程度楽しんだ後、いい加減疲れてきたのこ川に言うのです──私は未来が視えるのだ、と」

 「うん、さっきも言ったけど設定じゃないわよ……というか疲れてきてたのね……ご、ごめんなさい」

 「いやまあ、疲れてはないけど」

 

 嘘である。疲れたし暑いが、顔を伏せ謝罪する小町さんが飼い主に怒られた仔犬のように弱々しい態度で見ていて罪悪感が湧いてきたので反射的に嘘をついてしまった。

 だが超能力少女設定はもうお腹いっぱいだ。普通に友達になってこの場はおしまいということにしておこう。

 じゃないと永遠に続きそうだ。

 

 「はあ、全然信じてくれなさそうだし、まずは私が未来を視れると証明するところから始めましょうか」

 「ほほう、じゃあ証明出来なかったら解散ってことで」

 「……やだ」

 「なんでちょっとデレかけなの? 現状ラブぴちゅんなのに」

 「今日の会話を通じて、ラブぴゅぅうんに格上げされたわ」

 「あらゆる基準が分からねえんだよなあ……それで、証明ってどうすんの?」

 

 俺が聞くと小町さんは不敵な笑みを浮かべ制服の内ポケットからトランプを取り出した。

 

 「レディィィィィース&ジェントルメェン!」

 「おいおいマジックショー始まったよワクワクするぜ」

 「タネも仕掛けもありません」

 「確かに、普通のトランプに見えるな……」

 

 どこからどう見てもタネも仕掛けも無い。いったいこのトランプで小町さんはどんな技を見せてくれるのだろうか。

 

 「では今から、私がトランプをこう……なんかこう……パラララララってやるので、相川くんのお好きなところでストップと言ってください」

 「語彙力」

 「はいパラララララ!」

 「ストップ!」

 

 ストップをかけた所からカードを引き抜く。引き抜いたカードはスペードのエースだった。

 なるほど、いいカードじゃないか。クールな俺にピッタリお似合いなカードだぜ。

 

 「はい相川くんが引いたカードはスペードのエースです」

 「一番盛り上がるところなのに何でそんなヌルっと言っちゃうの」

 「とまあ、口頭でこうやって言ってもいまいちピンとこないでしょうから、本当に未来を視たんだと驚いてもらえるように予め用意しておいたの」

 「いったい何が始まるんです……!」

 「では私が相川くんに宛てた手紙の封筒、その裏地をご覧ください」

 

 まさかと思い急いで手紙を取り出す。封筒の裏地を見るとそこに書いてあったのは──

 

 「スペードのエース……!」

 

 まさか本当に未来を視れるというのだろうか。こんなの未来を視ないと成功しようがないはず、と考えたところでふと冷静になる。

 未来を視れるかどうかの証明という前提に引っ張られているような気がするのだ。

 いや、スペードのエースを当てたのは凄いと思う。しかしこれは本当に未来視が必要なことなのだろうか。

 

 「なーんかテレビとかで似たようなマジック見たことあるんだよな……いや凄いよ? 凄いしタネも仕掛けもわかんないけどさ──これトランプマジックじゃね?」

 「………………」

 「………………」

 「小町マジックショー、お楽しみいただけましたか」

 「やっぱマジックじゃねーか! マジック方面でボケるならせめてもうちょっと分かりやすくしろ! 『あれ、こいつマジで未来視れんのかよ』って一瞬思っただろ! こちとら小町さんが『レディィィィィース&ジェントルメェン!』って言ったあたりから『いやいやこれ本当にマジックショーやないかーい!』ってノリツッコミする準備できてたわ!」

 「ほうひはらひんひへふれふんれふは」

 「口から万国旗出しながら喋るな!」

 

 小町さんには申し訳ないがもう帰ろう。これ以上は俺の体力が保たない。

 未来視ロールプレイにはもう充分付き合ったはずだ。

 なんだかんだ俺も楽しんだところはあるし、今後は普通に友達として付き合っていきたいなと思う。

 

 「俺、帰るね……また明日教室で」

 「えっ……告白の返事は?」

 「は、告白って本当の本当にマジなの?」

 「大マジよ、とアピールしてみたがこれがどういう結果をもたらすのかこの時の私は知る由もなかった──」

 「それ独白じゃん」

 「吐き気が止まらないわ」

 「それはよく吐く」

 「一気に吐き気が……!」

 「それは即吐く」

 「うーんこの問題どうやって解くのかしら」

 「四苦八苦な」

 「日本の球団に所属、オリンピックではアメリカ代表として──」

 「それはマクガフ、クしか合ってねえんだわ」

 「私、相川くんにラブぴょわんよ。付き合ってほしいわ、ガチのマジで」

 「それは告白! ガチのマジな告白をこの流れでするのか!?」

 「照れ隠しよ、察してほしいわ。告白は本当、好きになる予定も本当だし、将来的にラブずっきゅんなのも本当。なんなら今もう既にラブゲージが溜まってきてるわ。ほら今この瞬間も『ラブでやんす!』って音をたてながらゲージが溜まってるわ。こんなヤバい女になんだかんだこうやって付き合ってくれて優しいなあって思ってるのよ」

 「自覚あったのかよ! ラブゲージの音もヤバいよ!」

 「未来が視えるっていうのも本当よ」

 「……それさあ、まだ続けんの?」

 「だってえ……! だって……本当なんだもん……」

 

 急に『だもん』とか言うのは止めてほしい。散々ヤバい姿を見せ続けてきたくせに何故急にしおらしくなるのか。

 少しだけ可愛いと思ってしまった。

 小町さんはどうしても未来視ができると信じてほしいようだ。

 だが待ってほしい。仮に、仮にだが小町さんが本当に未来を視れるとして、それがどうしたというのだろうか。

 小町さんが俺にぞっこんラブでラブずっきゅんなのはあくまで未来の出来事であって、今の小町さんは俺に対してラブぴょわん程度の感情しか持ち合わせていない。

 ラブぴょわんがどれくらいか知らないが多分大したことなさそうだ。なんか言い方も軽いしそうに違いない。

 いや、ぞっこんラブでラブずっきゅんもだいぶ軽い感じが出てるがそこは無視だ。

 とにかく、今現在は俺に対してどデカ感情など持っていないのだ。ならば、今ここで無理に押してこなくて良いのではないだろうか。

 

 「未来視とか信じてないけど、信じてないって言っても話し進まないから信じた体で話すよ。小町さんさあ、未来に引っ張られすぎじゃない?」

 「どういうこと?」

 「いや、未来の小町さんは見たことないから分からないけど、今の小町さんはそこまで俺のこと好きじゃないでしょ。ラブゲージが溜まってるとか言ってたけど、それって未来の小町さんが俺にラブずっきゅんだからそれに引っ張られてるんじゃないの。小町さん、今の俺のことどれくらい知ってる?」

 「それは……」

 「わかんないでしょ。だって俺たちがまともに喋ったのって今が初めてだし」

 「そうだけど、未来の私達はラブラブよ」

 「未来の俺達はいつ付き合い始めたわけ?」

 「……分からないわ。だから試しに今日から付き合いましょう」

 「小町さんの未来視は確定した未来なの? 俺達が両思いになる前に付き合って未来が変わったりしない?」

 「………………う」

 「なんか全体的にガバいんだよなあ未来視が。情報少ないしさあ」

 「う、うう……」

 「まあ小町さんと話すのなんだかんだ楽しかったし、また話したいなあとは思うけど、告白の返事は取りあえず友達になりましょうってことで良い?」

 「う、ううううう! うんこ!」

 

 俺を指差して突然下品な言葉を吐く小町さん。

 小町さんのガバ未来視設定を多少煽り気味に指摘したのは自覚しているが、まさかうんこと言われるとは心外である。

 

 「俺はうんこじゃなくて、どちらかといえばうんちだろ!」

 「どうでもいいわあほー! ばかー! 相川くんが立ってるそこ、後十秒で鳥の糞が降ってくるからね!」

 「は?」

 

 未来視など信じていないが念の為、本当に念の為だがその場を離れた。

 すると数秒後──

 

 「うっそだろマジかよ」

 

 べチョッという音と共に、本当に鳥の糞が着弾したではないか。

 本当に未来が視えたというのか。正直、先程のトランプマジックより今回の鳥の糞事件の方が全然信用できる。

 もしかしてあのトランプマジックも本当に未来を視た結果だったのだろうか。いや、しかし小町さんもマジックショーと言っていたはずだ。

 そもそも、鳥の糞事件やトランプマジックの結果が分かるなら今回の告白の結果だって視えているのでは。

 まさかとは思うが俺は小町さんと付き合うのか、だから小町さんは粘っているんじゃないか。

 待て待て、何故俺は未来視を受け入れようとしているんだ。トランプはマジックで、鳥の糞も偶然だろう。

 いや偶然で秒数と着弾点まで分からないだろ。ならば本当に未来視か。

 ダメだ、考えたら気分が悪くなってきた。吐きそうだ。

 

 「相川くん、気分が悪いの?」

 

 いつの間にか元の調子に戻っていた小町さんが、優しく背中をさすってくれた。

 案外、普通に優しいところもあるみたいだ。体調が悪いせいか、優しい小町さんにときめいた。

 

 「考えすぎて吐き気がする」

 「そう……即吐く?」

 「…………ッ!」

 

 聞き覚えがあるフレーズに背筋が凍った。

 

 『一気に吐き気が……!』

 『それは即吐く』

 

 言った。俺は確かに即吐くとかいう謎の言葉を使っていた。

 まさか伏線か。未来で俺がこうなると知っていて小町さんは『一気に吐き気が……!』なんてフリを入れていたというのか。

 信じられないが小町さんは本当に──

 

 「あら? ダメよ相川くん、学校ではちゃんとマナーモードにしておかないと」

 「へ?」

 

 直後、俺のスマホが着信音を鳴らしながら震えた。

 スマホを鳴らしたのは俺の妹。小町さんとの繋がりなんて無いはずの人物だ。

 

 「ま、マジかよ……」

 「だから言ってるじゃない、私には未来が視えるって。さあダーリン、手を繋いで帰りましょう」

 「あ、ああ…………あ?」

 「どうしたの、マイスウィートダーリン」

 「いやおかしいでしょ! 小町さんが未来視できるのは分かった、信じよう。でもそれと俺がダーリン認定されてるのは関係無いよね! あぶねえ、雰囲気に流されるところだった! 孔明の罠か!」

 「どうしてよ、関係あるわ」

 「無いから!」

 「貴方、私、将来、結婚。今日、交際、開始、多幸」

 「何でカタコトなんだよ!」

 「ワタシ、アナタ、イッショニイタイ」

 「人間が好きだけどその強大な力ゆえに人間から恐れられ忌み嫌われている心優しい哀しきモンスター風なのやめろ!」

 「あのねえ、私と相川くんは夫婦になるの。だから今付き合うの、はい論破。なんで負けたのか明日までに考えておいて下さい」

 「論戦してねえよ! ねえ、告白の返事はさっきした通りだからさ、まず友達として仲良くなっていこう」

 「やだもん!」

 「急に口調変えるのやめろ! 情緒不安定か!」

 

 聞き分けが悪いってレベルじゃない小町さんは、目を潤ませ口をへの字に曲げながら俺を見つめている。

 なにが小町さんを突き動かしているのだろうか。俺と小町さんが将来結ばれるならば、ドンと構えておけばいいのだ。

 小町さんを避ける気なんて無いし、友達から始めようと言っているのに凄い粘ってくるし今は泣きそうになってるし困った。

 

 「だって……だってえ……!」

 「だって?」

 「私だって……私だって! か、彼氏欲しいんじゃい!」

 「──は?」

 「夏休みさ、友達から送られてくるんだよ! リア充のスナップショットが! どいつもこいつも匂わせてきやがるんだッ! 男の存在をよォ!」

 「は、はあ……」

 「私だって彼氏欲しい! でも誰でも良いわけじゃない! 私は憧れてる! 学生時代から付き合っていて社会人になっても仲良しこよしイチャイチャちゅっちゅっな夫婦に! 学生時代からの交際でゴールインまでいくのは難しい、ほんの一握りの勇士のみ! そんな存在に私はなりたい!」

 「そ、そうっすか」

 「中学生の時に視た未来視で私が結婚する相手は相川くんと分かっていた! ははは、最高だ! 私の憧れを現実にすることができる! 震えたね、相川くんと同じクラスになったときは! おいおい私の高校生活輝いているじゃねえか! しかも未来の旦那様の隣の席には私の大親友(予定)が居るときた! 完璧だ! 整っている! 青春の下地がッ!」

 

 大親友(予定)とは入学式の日に突然愛の告白をかました女子のことだろう。

 小町さん女好き疑惑の発端となった出来事だ。

 

 「なのにどうだ!? 現実ってやつは本当にどうしようもない! 小町さんは女好き? ハーレムを作ってる? ちっがーう! 未来視で視た社会人になっても仲良し予定のメンバーに愛を囁いていただけだろう!?」

 

 完全に自業自得である。

 

 「しかも未来の旦那様は、一向に声をかけてきてくれない! でも私から話しかける勇気もない! 同性ならイケるが異性に声をかけるのは難しい! なぜだ! なぜ仲良くなれない!? 私が足踏みしている間にも旦那様は男女問わず交友関係を広げていく! 羨ましい! おいそこの女、私の旦那様に近づくんじゃねえと何度思ったことか……! 私は血の涙を流した……ような気がしたッ!」

 

 俺が小町さんに絡まなかったのは、小町さん女好きハーレム女説を地味に信じていたからである。

 初日に熱烈な告白を見たらそりゃ信じたくもなるわと思ったが、今の小町さんを刺激したくないので黙っておいた。

 小町さんが未来視してなかったら普通に仲良くなってたんじゃないかと思わなくもない。

 

 「私は自分の人生に関わる未来視は極力避けるようにしている……ただちょっと結婚相手と親友になっている人は見ちゃったが極力避けるようにしている!」

 

 自制心はガバガバだった。

 だが未来視なんて力を持ってたら、俺も気になることは視てしまうかもしれない。

 

 「だが旦那様と会話もろくに出来ないまま一年経った時、堪えきれなくなった私はいつ相川くんと仲良くなれるか調べようと未来視を使ってしまった! 高校生カップルといえば放課後デートだと考えた私は、高校生活中の放課後を中心に軽率に未来視しまくった!」

 

 やっぱり小町さんの自制心はガバガバだった。

 

 「結果分かったのは、私と相川くんが仲良くなるのは大学生になってからという事! 絶望したよお! 高校生活はどうなるんじゃいと!」

 

 なんと小町さん、大学時代まで覗き見していた。結構軽率に乱用しているようだ。

 

 「大学までお預けなんて耐えられない……私だって彼氏と青春したい! その気持ちは日に日に膨らみ、夏休みに爆発した……! そして私は決意する、相川くんに声をかけようと! その結果がこれ! 私完全にヤバい女だぜいぇーい!」

 「否定できないわ」

 「う、うおおおおおおお!」

 「泣き方が男前なんだよなあ。てか小町さん、やっぱり未来に引っ張られすぎじゃない? しかも未来を意識しすぎるあまり未来変えちゃってるじゃん……俺と仲良くなるのって大学に入ってからなんでしょ」

 「し、仕方ねえだろうがよい!」

 「さっきからなにキャラなの!?」

 「だって『あの人が未来の旦那様なんだあ』って思うと自然と目で追っちゃって……まつ毛長いんだとか、笑顔可愛いとか、男女問わず友達多いなとか、優しいところとかおっちょこちょいなところとか、弁当は絶対卵焼きが入ってるなとか、体操服のほつれが先週より目立つなとか、多分次の休み時間トイレ行くなとか──」

 「おっと最初は良かったのに怖くなってきたぞ」

 「あの女、髪切ったのを相川くんに気付いてもらえて嬉しそうにしてたな(呪)だとか」

 「本性あらわしたわね!」

 「とにかく、目で追ってるうちにどんどん……その……好きになっちゃって……抑えきれなくて……」

 「……あー、えっと……結婚するって未来が変わっちゃったらどうするつもりだったの」

 「そうなったら頑張ってまた相川くんと結ばれる未来に変えるもん。好きになってもらえるように頑張るだけだもん……」

 

 急に照れるのやめろと言いたい。頬を赤くして、ソワソワ落ち着かない様子の小町さん。

 正直可愛かった。いや、怖いけれども。

 可愛いのは結構だがしかし、しつこいようだが掘り返さねばなるまい。

 小町さんは言った。

 好きになる予定だとか、将来的にはラブずっきゅんだけど今はそうでもないとか。

 それなのに今は頬を赤く染めて好きだと言っている。

 

 「なんで最初嘘ついたの」

 「う、嘘ってなにかしら」

 

 頑張って元の口調に戻そうとしているがもう素の小町さんが出まくっている今、それは無駄な努力である。

 

 「『好きになる予定』ってやつとかその辺の諸々」

 「それは……その……素直に告白するのが恥ずかしかったから、小粋な未来視ジョークを交えて気持ちを伝えようとしたんだけど暴走しちゃって……」

 「え? それだけ? 即吐くみたいな伏線が仕込んであるとかじゃないの」

 「ん? 伏線?」

 「え?」

 「ん? よく分からないけど、私は相川くんにぞっこんラブよ」

 「お、調子が戻ってきたな」

 「か、からかわないでよ! それで……どうしても付き合えない?」

 「友達からでお願いします」

 「ぶぅ……」

 

 可愛らしく頬を膨らませる小町さん。もうこれ以上粘るのは無駄だと悟ったのか、少し肩を落として猫背気味になってしまっている。

 小町さんからの好意は戸惑いもあるが嬉しさもある。

 当然だ、俺だって思春期の男子、好意を向けられるのは嬉しいしどうしても相手を意識する。

 小町さんは変人だが、女好きのハーレム女ではなく、ただ青春に強い憧れを持つただの未来視少女だと分かった。

 これから先、友達として付き合っていくうちに変人小町さんの素敵なところや実は可愛らしいってところをどんどん知っていくのだろう。

 その時小町さんに恋愛感情を抱くかどうかは分からない。

 確実なのは小町さんが加わったこれからの日常は慌ただしくも楽しいものになるということだ。

 

 「小町さん、今日はもう帰ろう。振ったばかりでなんだけど、一緒に帰る?」

 「か、かえりゅ! ラブでやんす!」

 「ラブゲージが溜まってる!?」

 

 願わくば小町さんが未来視で軽率に俺達の未来を見ないよう祈る。

 

 

 

 

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