辺境伯領での暮らし

1月半ほどが経ちました

 

 グレシア辺境伯領の領軍で働き始めてから1カ月半ほどが経ちました。


 辺境伯軍は普段、領都の見回りをして訓練をしています。

 魔物などの討伐依頼や出現の通報を受けた時はその場に向かうことになるのですが、私が辺境伯軍で仕事を始めてからそのような事があったのは10日に1度くらいの頻度です。


 見回りは治安維持に必要な事ですが、領軍に所属している騎士が全員で行う訳ではなく、日替わりで行うため殆ど訓練が主な活動のようです。


 私は回復士として領軍に居ますが、とある理由で回復士としての仕事自体はそれほど多くはありません。


 魔物などの討伐から帰ってきた時は多少忙しくなる時もありましたが、元より鍛えている方たちなので大怪我をして帰って来る、という事は今のところありません。

 それでも打撲や斬り傷などは多く負っているのですけれど。


 まあ、このようなことは頻度が低いため、私が普段領軍でしているのは訓練の補助程度です。補助と言っても、水や汗を拭くためのタオルを用意するくらいしかやることは無いのですけれどね。


「レミリア」


 訓練場の端で投げ捨てられたように散らばっているタオルを拾っていると後ろから声を掛けられました。声からしてアレスだと思いますが訓練中に声を掛けて来るのはそれほど多くはないです。


「何でしょう?」

「足を怪我した奴が出たからヴァルグを呼んできて欲しいんだが」


 ヴァルグという方は、私と同じようにグレシア辺境伯軍の回復士をしている男性の名前です。基本的に訓練の際に負った怪我は彼が治療しているのですが、現在は水分補給のための水を汲みに行っているためここには居ません。


「彼は水を汲みに行っているので呼びに行ったとしてもすぐには難しいですね。というよりも、ここに居る私が治療するべきだと思うのですが」

「いや……」


 何故でしょうか。毎回このような状況になると私には治療をさせてくれないのですよね。その割にアレスが怪我をした時はすぐ私に治療させるのです。他に理由があるのかもしれませんが、そういう事……なのでしょうか?


 ですがこれは仕事なのですよね。


「ヴァルグは先ほど行ったばかりなので帰って来るまで時間が掛かると思います。なので、私が治療しますね」

「いや、駄目だ」

「ですが、ヴァルグが帰って来るのを待っているのは時間の無駄だと思います」

「そうなんだが。あー、うーん。ここだけの話だが、レミリアが治療すると目立つ可能性があるから、出来るだけこういった場での治療をさせないように父上に言われているんだよ」


 なるほど、そういう事だったのですか。アレスの私情という訳ではなかったのですか。これは少し反省しないといけませんね。ですが……


「遠征の後では普通に治療しているのに今更ではないでしょうか?」

「まあ、そうなんだけどな。遠征の時とは違ってどうしても訓練中だと目立つだろう? 遠征の時は怪我しているやつは他の奴らと別行動になるからその分目立たないからな。その差だ」


 別に治療した程度で目立つ、という事はないと思うのですけれど、グレシア辺境伯様からの指示となると無視するのも良くないですよね。うーん。


「おや? アレクシス様とレミリア様。ここで何をされているのですか……ああ、なるほど怪我をした方が出たのですね」


 アレスと話している内にヴァルグが戻って来てしまいました。そして、私とアレスの様子を見た後、訓練場の方へ視線を向けて怪我人が居ることを把握したようです。

 このようなやり取り、実は何度もやっていますからね。理由を聞いたのは今回が初めてでしたけど。


 残念ですがヴァルグが戻ってきた以上、私の出る幕はないでしょう。仕方ありません。

 しかし、このままでは碌に領軍の回復士としての仕事が出来ませんね。この指示を緩和するか撤廃してもらえるように、辺境伯様に少し話を伺った方が良いでしょう。出来ればこういった状況でも私が治療して良いとの許可を頂ければいいのですが。



 後日、グレシア辺境伯様に話を伺ったところ、そのような指示は出していないとの事でした。どうやらアレスの独断だったようですね。しっかり、辺境伯様に叱られてきてくださいな。


 あら? という事は、私の予想はあながち間違っていなかった、という事なのでしょうか?




 

 グレシア辺境伯軍で働き始めてから3カ月ほどが経過しました。


 アレスの指示が嘘だったことが判明してから、私は訓練中に怪我をした騎士の治療を行うようになりました。ただ、やはりヴァルグが治療を担当することが多いです。私が担当するのは、アレスとヴァルグが居ない際に怪我をした騎士の方のみです。


 そして現在、訓練所には騎士の姿は殆どありません。

 これまで大きな事件もなく領軍の回復士として働いていたのですけれど、大規模な討伐の依頼を受けたため数日前から領軍の多くがそのための遠征に行っているのです。


 残念ながら私は居残り組として、訓練所でこれまでと同じように仕事をしています。ですが、ヴァルグは今回の遠征に回復士として従軍していますので訓練所には居ません。


 それとヴァルグも戦う事も出来るらしいので、今回のような大規模な討伐の際は毎回付いて行っているようです。

 私も戦えないことはないのですが、あくまでも護身術程度のため良くて盗賊までしか対応できませんので、従軍したとしても足手纏いにしかなりません。魔物と戦う、となれば自らの身を守ることが難しい私では従軍できないことは仕方のない事ですね。


 どうあれ、皆さんが無傷で帰って来てくれれば最良なのですが、それは無理な話でしょうね。


 グレシア辺境伯軍の皆さんを馬鹿にしている訳ではありません。

 ですが、いくら鍛えたところで人が魔物の身体能力を上回ることは出来ないものなのです。それに数が多くなれば対応も難しくなります。

 そうなれば怪我の1つや2つは当たり前のようにしてしまうものでしょう。特に今回は大規模な討伐なので何が起きるかなんてわかりません。


 さて、予定通りでしたら、そろそろ帰ってくる頃なのですが、少し遅くなっているようですね。

 連絡も無いようですし何かあったのでしょうか。心配になります。


 遅くなっているということは、想定よりも規模が大きかったのでしょうか。それとも、前と同じように予定よりも早終わったがために、近くの村や町で休憩でもして予定よりも遅れてしまっただけでしょうか。


 前と同じようにと言うのは、私がここで働き始めてから1度だけ、予定よりも早く依頼が済んだため、長めの休憩を取っていたら天候が崩れて雨が降って来てしまい、結果、予定よりも帰還が遅れた、と言うことがあったのです。


 その時と同じなら良いのですけれど……


 そう思ったところで遠征に向かっていた領軍の皆さんが慌ただしく帰ってきました。しかし、戻って来たと言うのに安堵の表情ではなく鬼気迫る表情をしています。


 嫌な予感がしたため、私はそちらに向かいました。


「っレミリアさん! 怪我人が出た。ヴァルグじゃあ応急処置しか出来ていないんだ! 至急、救護室の方へ向かってくれ!」

「了解しました!」


 私にそう指示を出した騎士の方はすぐに別の所へ向かって行きました。おそらく、ここへ来たのは私を呼ぶためでしょう。


 すぐに私は訓練所に併設されている救護室へ向かいました。


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