第九話 ー禁ー
午前三時を示す時計が薄っすらと視界に映った。それと同時にカタカタ、という物音も聞こえた。
「……またか…」
布団に潜ったまま、赤本一哉は呆れ半分恐怖半分といった調子で呟いた。
最近になって聴こえる異様な音。屋根裏に動物でもいるのか、はたまた幽霊の仕業か。正体不明ほど怖いものはない、赤本はそう思い始めていた。
だが、ひょっとしたら新しいネタを投稿できるかもしれないとも思っていた。できるだけ楽観的に考えて、恐怖を紛らわしたかった。
結局、赤本は一睡することができず、カーテンから差し込む細い月光を見つめることしかできなかった。
放課後。匠海は鬼気迫る表情の岡本によって招集された。早く帰って特撮映画でも観ようと思っていた訳だから、匠海は少しばかり気だるく感じていた。
同じく伊藤も招集されていたので、ボロい部室には三人。その正面に据えられた黒板には『ヌーのネタ考える会議』と白チョークでデカデカと書かれていた。
月刊ヌー。丁度三ヶ月前から始まった生徒制作の雑誌だ。文芸部との共同制作で、オカルトチックな話題を全面に載せるという代物だった。当初は、ほぼやる事無しのオカルト同好会のためのお情け企画だったが、意外と好評だったので月刊誌化したのだ。
それ故、彼らは調査も含め先を見越してネタを考える必要があった。文芸部の編集時間も考えると早めにネタを提供しなければならない。今月分は押さえたので、今回は来月分のネタを考えるのだろう。
「じゃあ、俺やりたいネタあるんだけどさ」
匠海が口を開いた。こちらに向いた二人の視線に、匠海はとあるページを開いたスマホを見せた。よくあるインターネット掲示板が開かれていた。西園寺コーポレーション系の会社が運営しているSNSと掲示版をかけ合わせたようなサイトで、ユーザーは名無しではなくアカウントを持っていた。
スレッドの題名は『俺の家なんかやばいかも』。もちろん、心霊系だ。
屋根裏から変な音が聴こえ、動物の仕業かと思われていたが、屋根裏にそんな動物は居なかった。ちなみに変な音はその日以降も鳴った。それどころか、女性のものと思わしき長い髪の毛が見つかった、というのが現時点までの流れだった。
「実は俺、このスレ主と知り合いなんだよね。だから詳しい調査もしやすいかなって」
匠海の提案をまじまじと聞いていた岡本だったが、ついに口を開いた。
「匠海、それ……採用!」
「やったぜ」
匠海はガッツポーズをしてみせた。二人は他のネタを探さなければならなかったので、家の件は言い出しっぺの匠海一人で調査するという形で収まった。
待ちに待った休日が訪れた。快晴の元、自転車を駆り匠海はスレ主こと赤本一哉の元へ向かっていた。
赤本はもともと匠海の近所に住んでおり、小さい頃にはよく遊んでもらっていた。彼の家についての知識もある程度有していたため、スレの情報を纏める過程で赤本の顔が浮かんだのである。その予想が正しかったのは赤本本人から確認がとれていたので、岡本に件の提案ができた、という次第である。
赤本の家は割と立派な感じがした。一人暮らしにはやや大きすぎる気もするが。
彼の家に行くのはこれが初めてだなと思いながら匠海はインターフォンを押した。まもなく玄関から赤本が出てきた。
「匠海!久しぶりじゃん!」
笑顔の赤本に同じく笑顔で応じた匠海は家の中へと入っていった。
アポイントの際に細かい話は説明していたので、赤本は変な様子を示さなかった。それどころか、実はすごい悪霊が棲み着いていて、一連の話を映画にしたら売れる、などとだいぶ元気そうだった。ラップ音ごときでは彼の精神は砕けないということか。もしくはただ単に恐怖でイカれただけか。
「しかしまぁ、すごく立派な家ですけど、よくこんなとこ買えましたねぇ」
匠海は高めの天井を眺めながら感心した。返答は直ぐだった。
「ここさ、家賃がバカ安かったんだ。すげぇよな」
その返答を聞き、匠海は少しばかりの悪寒を覚えた。
家賃がやたらと安い家は事故物件、いわゆる『出る家』の可能性が高いということは界隈では有名な事だった。おまけに不動産屋側は三人目以降の入居者にはその家が事故物件であることを伝えなくても良いなんて噂もあるわけだから、本当だとしたらたちが悪い。
そのことを赤本に話した匠海だが、どうやら事故物件という訳ではないということが解った。事故物件を探せるサイトで赤本宅を検索したが、事故物件を示すマークはついていなかったのが、一番の証拠であった。サイトの信憑性は保証しかねるが。
少しばかり話をしたところで、匠海達は問題の屋根裏部屋に向かうこととなった。
屋根裏部屋は異様に暗く湿っぽかった。本来あるべきの窓がなかった。そんな空間の中、懐中電灯で壁際を照らしつつなんか狭いと匠海は思っていた。その狭さは不自然極まりない。まるで、仕切りを立てることで、無理やり使えるスペースを狭めているような。その意図は検討もつかない。
「……あ、あれ……」
匠海が壁の側に置かれていた箱を見つけた。蓋と底が正方形、側面が横長の長方形の木製の箱だった。
「あ、それ開かないんだよ。ずっと屋根裏にあったんだけどさ」
匠海が箱に近づいたとき赤本は呟いた。そうなんですかと振り向いて応じた匠海は、試しに箱のつまみを持ち上げた。
意外にも、箱は開いてしまった。音を鳴らすことなく口を開く箱。箱の中を照らした匠海は恐る恐る中身を取り出した。
「これ……」
くしゃくしゃになった薄い紙。いかにも破られた、といった見てくれである。その表面には筆で書いたであろう、崩し文字らしきものがびっしり。その文字は、彼にあるものを想起させた。
「まさか……お札……?」
「あぁ、これお札だ……!なんで……」
匠海の驚愕に赤本は同調した。破れた御札は観察するにはあまりにも気味が悪い。匠海は直ぐにそれを箱の中に戻し蓋を閉めた。そして、赤本と共に逃げるようにその場を後にした。
あははは……、あははは……、あははは………
屋根裏部屋を出るとき、子供の笑い声が聴こえたようだった。渦中、二人の間に言葉は交わされなかった。が、互いに崩せなかった沈黙は、こわばりきっていた。
破れたお札と謎の笑い声。その正体は結局、翌日も解らずじまいだった。休日を利用しネットの海をスキューバダイビングしたのにも関わらず。
まずは、様々なサイトを周り赤本と同様の例がないか探った。別にヒットはしなかったが。
お札が見つかったという趣旨の投稿が追加された赤本のスレも見てみたが、赤本以外で同じような体験をしたというコメントは見当たらなかった。あるのは、多少ナンセンスとも思える考察ぐらいだ。
仕方がなく、肩から落ち込んだ空気を放ちながら匠海は階段を降りた。一階の喫茶店は定休日だった。刃もネクロ退治で不在。人気のない客席に夕日が差し込み何処か雰囲気が寂しい。
そんな客席の端の方で、高岩が誰かと話し込んでいた。よく見ると、話し相手が詩織だと見えた。匠海と目が合うと、詩織は手を振った。同調して高岩がこちらに振り向いた。
「タクくん、これあげる!」
近づいた匠海に、詩織がテーブルに置かれていた『百樹怪奇談話集』と書かれた本を指さした。
どうやら詩織が図書館勤務時代の友人から貰ったものらしく、匠海の方が興味を持つ本だろうということでこの話が持ち出されたのだとか。
内容はこの地域に伝わる怪異に関する話を纏めたというものだった。ちなみに百樹は西園寺シティが出来上がる前のこの地域の名前。
大まかな概要を聴いた匠海はとりあえず目次ページを開いた。面白そうなタイトルが並び、彼の興味を誘ってくれる。そして、匠海は目次の列するタイトルの中に『禁め
子、という文字が彼があの場所で聞いた子供の笑い声とリンクしたようだった。形容しきれぬ何かに触発された匠海は直ぐに本をめくり、お目当てのページにたどり着いた。
要約すると、嘗てこの地域では人身供養が行われていたという。人身供養によって、その地域に幸せが訪れるという言い伝えに基づいたものらしい。だが、しきたり故に犠牲になった赤子、禁め子の怨念が集合。怪異により人々を殺し続けたそうな。それを嘆いた坊さんが人々に人身供養を戒め、『禁め子』と名付けたそれを、お札の入った箱に封印したのだ。
封印の際にお札を入れた箱を用いた点や、日光の届かない部屋に禁め子を閉じ込めた点から、赤本の家で起きた怪異はその禁め子のしわざなのではないか、と推測するのは匠海にとっては容易なことだった。
同時に危惧の念も生まれることになったのだが。なにせ、封印用のお札がビリビリに引き裂かれていたのだから。やや安直な気もするが、お札が破られているなどということは、中々に縁起の悪いことのように匠海には思えたのだ。
ただ、匠海はこの事を話しはしなかった。確信がまだ持てていないのだ。それらのことを自覚した上で、匠海はしばらく、この事を独りで考えることに徹した。
考えている間に赤本が怪異に襲われたらどうしよう。実体の無い不安をかき消すことはできなかったが。
匠海はお札を発見したが、怪奇現象が鳴りを潜めるはずはなかった。むしろ、酷くなっている。自身のスレが賑わうのを横目に赤本は一人、得体のしれない驚異に苛まれていた。
晩御飯を食べ終え、赤本は適当に目線を時計にやった。時刻は午後八時十一分。特に気にすることもなくスマホをいじっていた時間がその日、彼にとっての最後の安息の時間となった。
例の屋根裏部屋からラップ音が鳴り渡った。ガタン、ガタン、ゴトッ………
いつもより早い。赤本が抱いた感想だった。いつもラップ音が起こる時間は大体深夜帯だ。それを加味すると、午後八時は実にタイミングがずれている。
もう一つ違いがあった。異様に音がデカい。ガタン、ガリッ、バキバキバキ………
壁か何か、障害物を破り捨て進もうとする、そんな様子だった。アブノーマルな現象は赤本の身体を硬直させるには十分どころかお釣りが出るくらいだ。
バキバキ………バキン!グワシャッ!
とうとう、その何かが破られた。音的には木材の類だろう。
その頃には、何とか身体を動かせるようになっていた赤本。スレを開いたスマホ片手に恐る恐る屋根裏部屋に向かった。その間も音、そして、子供の笑い声が聴こえ始めた。部屋に近づくたびに大きくなる。
恐らく音が最大音量になったであろう屋根裏部屋に続くはしごに赤本はたどり着いた。未知の怪奇に打ちのめされている彼はしばらくそこで立ち尽くすことになった。ほんの数分だけだったのかもしれないが、恐怖の時間は何時間も続いたように赤本には感じられた。脚が動かなかった。鼓動で心臓がうねる。自然と浮かぶ冷や汗。進むことも逃げることもできなかった。
ここで立ち止まる訳にはいかない。ほんの少し残った探究心は赤本にそう告げた。やがて彼はスマホのカメラを起動し、はしごを一歩ずつ登り始めた。
はしごに乗り、頭だけを屋根裏部屋に入れる体制の彼が最初に感じたのは、生臭さだった。腐乱臭、そんな言葉がよぎる。そして、次の視界で赤本は仰天の意味を知った。
そこには、暗闇の中で蠢く肉塊のようなものがあった。恐らく、それが音の正体だろうと推察出来る。
腕が異様に肥大化し、相対的に短く見える脚の前に手をついた四点により立っていた。皮膚には瘤のようなものが多くあり、その一つ一つに穴のようなものが据え付けられていた。顔も含めてまるで歪んだ胎児の顔が無数にある様だ。
奴と目があった。ここまでほんの一瞬だった。赤本の気配に気づいた奴は目を細めケタケタと笑った。
殺される。胸の鼓動だけが響く彼の脳内にその四文字が浮かんだ。
「アハハハ、アハハハ、ギエャァァァァァァァッ!」
苦しむ赤子の泣き声が赤本の鼓膜に突き刺さる。そして、奴が迫ってくる。
「うわあぁぁぁぁぁぁっ!」
叫んだはずみで赤本ははしごから落ちた。だが、すぐに起き上がりその場から逃走した。最大の恐怖は、彼の痛覚を遮断したいた。
未知の衝撃に駆り立てられていた匠海は喫茶店の外でバイクにまたがった将暉を見つけ、安堵しつつも彼に近寄った。
「何々、一体どうしたのよ?」
匠海達に料理をご馳走した帰りだった将暉は匠海の緊迫した面持ちに驚きを示した。匠海は構わずにスマホを将暉登り目前へとやる。
そこには、赤本のスレが広がっていた。
『やばいたすけて』
それが赤本自身の最新投稿だった。その下には状況の変化に喜々としたり、懐疑を向けたりと、コメントか往々にして連なっている。
「これ、本当だったらネクロの仕業ですよね?」
最初の方はたかがスレだと、信じる素振りを見せなかった将暉だったが、匠海が赤本の家で経験したことを一通り話すと、口を開いた。今までさほど接点がなかったものの、将暉は匠海が変に嘘をつく人間ではない事を見抜いたのだろう。
「そんなら心当たりがある。そいつを連れて俺の知り合いのもとに行け。多分お祓いぐらいはやってくれると思うぜ」
そいつとは赤本の事だろう。そして、将暉は懐から折り紙のようなものを取り出し、空中に放り出した。それは瞬時に折り鶴に変形した。
「こいつについていきゃ問題はない」
将暉は折り鶴を見ながら呟いた。そして、おもむろに少し遠くに目線を向けて
「それに、お前の戦いがまた見れるんだ。いい機会だと思わない?タクくん?」
と匠海の方に手を置いた。え、と将暉が見ているであろう景色を視界に入れる。
そこには、黒いロングコートを着た刃が立っていた。
「奇遇だなぁ。せっかくだからあいつにはボディガードでもさせてやれよ。性に合ってるだろ、神崎?」
将暉が刃に問いかける。刃は顔色一つ変えず鋭い目を将暉に向けている。
「俺はネクロを始末するだけだ」
きっぱりと刃は応じた。だが、将暉は嫌味な笑みを浮かべるだけだった。
「俺さぁ、やっぱり実感わかないのよね。だからさ、見せてくれよ。お前が人を守る姿」
その発言が、周りの空気を冷たく、張り詰めたものに変えた。その変貌ぶりは匠海にも伝わった。夜闇の中、疑念に満ちた沈黙が場を支配する。
だが、やがて刃は声帯を震わせた。
「言われなくてもやってやる……!」
その一言を、将暉は満足そうな顔で受け止めた。その笑みは挑発の意も含んでいたのかもしれない。
「まぁ、頼むよ。車の席はちゃんと全部埋めろよ。お化けが入って来ちゃ嫌でしょ?」
それが最後だった。将暉はすでに背を向け歩きだしていた。適当に手を振る将暉を見つつ先程の発言について匠海は言及したかったが、刃の険しい表情がそれを拒めてくれた。
それから、匠海、高岩、詩織は車を唸らし、折り鶴が飛ぶ方向へと進んだ。運転は高岩が担当。途中のコンビニで震える赤本と合流。コンビニに逃げ込んだとスレに書き込まれていたので、スムーズに彼を拾うことができた。
喫茶店にいたからという理由で連れてこられた高岩と詩織だったが、車に乗ってもなお頭を抱えて恐怖に悶える赤本を見るたび、これがおふざけか何かの類ではないと察知した。素人の演技にしてはあまりにも自然すぎる。確かに匠海もそう思えるほどだ。
やがて車は雑木林の中に入ることとなった。獣道のように全く舗装されていない訳ではないのは幸いだが、ガードレールがない。足場もそれなりに悪く、少しのミスで脇に広がる森林帯に突っ込んでも文句は言えない。鶴は悠々と進んでいく。
「やっばいなぁ……!こんなとこはいるなんて聞いてねぇぜ……」
必死にハンドルを捌き車を走らせる高岩。
「ちょっと!もう少し安全運転でぇ!」
地震のごとく揺れる車内に慣れない詩織は高岩に向かいそう叫んだ。
「それができたら、とっくにしてるわい!」
高岩が怒鳴り返した。
そんな車内だが、匠海は恐怖の形相で窓ガラスにへばり付いている赤本に気がついた。
「あぁ、あ、赤本さんん?!」
振動で自然と抑揚のついた声が出来上がっていまう匠海だったが、赤本は枯れた声で応じた。
「やばい……奴が、奴が来たぁ!」
直様外を確認する匠海。彼の言葉通り、先程通った道を駆け抜け、こちらを追う異形の怪物の姿を確認できた。四足歩行で動きはもっさりしているが、異様に速い。
「よぉしぃ!もうすぐ平坦な道だぁ!」
そんなことに気づくはずもなく、高岩は叫んだ。怪物は先程よりも距離を詰めている。木の根等が横たわる足場の悪い道でここまで速く走れるとしたら、平坦な道ならもっと速く走れる。匠海にはそう推察できた。
やがて社内の揺れがなくなった。そして、詩織もまた、怪物の正体に気づいた。サイドミラーにはっきりと映っている。
「やばいです高岩さん!ネクロが来てるんです!」
「叔父さん!速く!」
高岩の左袖を引っ張り詩織が、後ろから匠海が絶叫した。
「あぁ、くっそぉ!一度に叫ぶんじゃあない!」
高岩がアクセルを更に踏み込む。速度が極端にも速くなる。
だが、怪物は諦めない。更に距離を詰めようと疾駆を盛り上げる。
「駄目だぁ!もぉ終わりだぁ!」
赤本が嘆いた。その場の誰もが同じことを思っていた。
その刹那、ハイスピードで黒いバイクが怪物と車の間に割り込んだ。恐らく、怪物の頭上を飛び越えてこの位置についたのだろう。そのバイク『ニンジャ』には見覚えがあった。
「今日も今日とて英雄面か………あの裏切り者が……!」
現れた黒バイクの神崎刃を見つめつつ、将暉は呪詛とも取れる言葉を吐いた。視界に映る刃は暁の姿に霊装し、ネクロと対峙している。これまで何度も影に隠れ見てきた光景だった。カメレオンの時も、蟹の時も………
「もっと見せてくれよ………人殺しが人を救う姿をよ………」
暁の目前にそびえるネクロ『トドメゴ』。その口から赤黒いゲル状の何かは吐き出された。
「ハァっ!」
霊刀で切り払う。分かれて四散したそれは暁の左胸装甲の一部に付着。その瞬間、しと共にその部分がどろどろに溶け出した。被害は小さいが、溶け出した部分が黒く変色している。
「溶解液だ。完全に当たれば鎧も持たないぞ!」
ノウンが絶叫気味で忠告する。
「承知!」
刃の叫びと共に、霊装時に変化したフレイムチェイサーが浮遊する。後輪を覆っていたアーマーが翼のようになり、節と節の間から炎が羽のように舞う。
突撃。フレイムチェイサーの角がトドメゴの土手っ腹に突き刺さり、そのまま闇夜へ舞い上がる。
「ギェャァァァァァァ!」
トドメゴが吐瀉物の如く溶解液を撒き散らし悶る。もちろん、いくつか暁やフレイムチェイサーに付着し、着実にその硬い装甲を溶かしていく。
「クソっ、つくづく面倒な奴だ!」
ノウンが愚痴った直後、トドメゴが大きく口を開いた。
「何だ?!」
「奴、体内の溶解液を全て吐き出すつもりだぞ!気をつけろ!」
刃の問いかけにノウンが応じる。開けた口からコポコポと赤黒い液体が流れ出る。
「ならばぁ!」
刃が雄叫びの如く吐き捨てる。そして、炎を帯びた霊刀を口に突っ込んだ。烈火獄突だ。
「ギュアアアアアアアアッ!」
全身から溶解液と炎を吐き出したトドメゴは闇夜の花火となってひときわ大きく咲いた。
いつものように、喫茶店の準備をしていた高岩は客用テーブルの上に置かれた、開きっ放しの本を視認した。数日前の地獄の運転を乗り越えた高岩は、未だに残る疲労感を背負い本を取った。
「匠海のやつ……片付けとけって言ったのに……」
本が匠海の所有物だと解ると、高岩は大きく溜息を付いた。『百樹怪奇談話集』というタイトルが動かぬ証拠となった。また、客席は店を閉めた後は、高岩家のリビングのような使われ方をしているので、くつろいでいた匠海が本を置き去りにしても、何ら不自然なことはない。
人目のつかない所に本をやるついでに、高岩は何気なく開きっぱなしのページに目を通した。
『禁め子は封印することしかできません。彼らの怨念はどんな方法でも消えず、一生貴方達を呪い続けるのです。お坊さんは村人たちにそう言いました。』
「おおぅ………気味悪いなぁ……」
そんな感想を残し、高岩は本を閉じた。音もなく閉じた本を置く場所を探しつつ、
「まさか神崎君が倒しても、また復活するとか……そんな事ないか。再生怪人じゃああるまいしな」
と呟いた。
ネクロと遭遇した一件以来、赤本の身に起きた怪奇現象は鳴りを潜めた。霊道士という霊装武士の仲間とも言える人物にお祓いをしてもらっていた。ネクロ本体は暁が討伐したと、匠海は後から聴いた。
何故禁め子が赤本の家にあったかに関しては推測の域を越さないが、伝承の通りの儀式を行い幸福を得ようとした赤本宅の前の入居者がトドメゴをあの家に住まわせていたのではないかとのことだ。だが、前の入居者の行方、何故伝承を知っていたのかなどは謎のままだった。
月刊ヌーのネタ提供も一時の終焉を迎え、匠海達は次の機会まで当分暇人ライフを謳歌することになった。そんな環境を利用して、匠海はもう一度赤本のではないか家を訪れることにした。お祓いをしてもらったものの、何故か寒気がするとメッセージアプリで話していたので少し心配になっていたのだ。
チャリを走らせ数十分。赤本宅が存在する住宅街に匠海はたどり着いた。が、本来あるべき場所に赤本の家は無かった。ただ、売地と書かれた看板が立っているだけだった。
「えぇ……嘘だろぉ……?」
自宅が売地になったなんて話を聞いていた訳ではなかったので、匠海が驚くのも無理はない。真っ青な空の元、数分考え込んだ匠海は、とりあえず家に帰ることにした。こころには残念の二文字が鉛のように重くのしかかっていた。
アハハハ………アハハハ………あははは……。
家を去ろうとしていたまさにその時だった。嘗ての屋根裏部屋で聞いた赤子の笑い声が匠真の脳を弱く、だが確実に刺激した。妙に気味が悪くなった匠海は、気の所為だと自身を落ち着かせ自転車のペダルに力を込めた。
赤子の笑い声の中に明らかに低い声、成人男性の声が混じっていた。匠海の脳内にそんな感想がよぎったが、住宅街に空いた空白が遠ざかる程、抱いていた感想も徐々にかすれていく。
「……あれ俺どこ行ってたんだ?」
玄関のドアに手をかけたとき、匠海はふと疑問を口にしていた。肌をざわつかせる風は、さっきも変わらず吹いていたのだろうか。
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