第25話 【ギルマスside】嘘はすぐバレるんです。
「お前たち、いい加減にしろ!!」
今日もダンジョンに鳴り響くクラッブの怒声。
≪ブラック・バインド≫の面々は今日もSSランクダンジョン攻略に励んでいた。
しかしCランクにさえ苦戦する彼らのレベルでは、SSランクになど到底太刀打ちできるはずもない。平隊員たちは当然そのことを理解していたが、実情を知らないクラッブはメンバーが急に弱くなったように感じていたのである。
「一体いつから我がパーティはこんな腰抜けどもばかりになったのだ」
クラッブは、一通り怒鳴り散らした後、大きくため息をついた。
いつからも何も、アトラスを除けば最初からずっとこんな感じだったのだが、アトラスのことを無能と思い込んでいるクラッブがそのことに気がつけるはずもなかった。そしてギルマスの過ちを正せる部下などいるはずもない。
「こうなったら、他のパーティを使うしかないか」
クラッブはその日の攻略を諦め、早々にダンジョンから引き上げた。
「ところでコナン。いつアトラスは来るんだ?」
クラッブは、コナンにそう尋ねる。クラッブにとって目下の問題はそれだ。アトラスが来なければ、王女様に嘘をついていたことがバレてしまう。
「そ、それが……」
コナンは口ごもる。口が裂けても、妹ちゃんに情けない過去を暴露されて泣きながら逃げ帰ってきたなどとは言えなかった。しかし、適当な言い訳も思いつかず、黙り込むしかない。
「おい、まさかとは思うが、失敗したのか!?」
「す、すみません!!! ギルマス!!」
それまでコナンは「大丈夫です」とギルマスに説明していた。怖くてアトラスが戻って来ないとは報告できなかったのである。しかしいよいよ王女様との約束の時間が迫ったところで嘘をつき通せなくなったのだ。
「愚か者!!!!!!」
クラッブの怒りは最高潮に達した。
「も、も、も、申し訳ありません……!!!」
「どうするんだ、このままじゃ俺が嘘つきになってしまうじゃないか!!」
「し、しかしギルマス! 奴には『役員にしてやる』と言ってもダメだったんですよ! もう戻ってくる気はないんです!」
「なんだと……? あんな無能を役員にするなんて絶対ありえないが、それでも戻ってこないなんて図々しい奴なんだ……」
ギルマスは顔を真っ赤にして怒る。
「ぎ、ギルマス……奴はどうあがいても戻ってはきません」
そんな弱音を吐くコナン。
「ええい、どいつもこいつも愚か者ばかりだな」
クラッブは愚かな新任隊長を今すぐにクビにしてやろうと思った。
だが、その時だ。再び馬車の音があたりに響き渡る。
「なんてことだ……王女がいらっしゃったぞ……!!」
クラッブは汗をだらだらかきながら、部下たちを並ばせる。
「クラッブさん、おはようございます」
王女ルイーズは馬車から降りてきて一行に挨拶する。だが、目当ての人物がいないことにすぐ気が付いた。
「アトラスさんはどちらに?」
その質問にクラッブは声を詰まらせる。
「ええっとですね……」
クラッブはない知恵を絞り、必死に言い訳を考える。そして出てきたのは開き直りの言葉だった。
「王女様。実はですね、アトラスはクビにしました」
ルイーズは驚きのあまり目を丸くして聞く。
「どういうことですか。アトラスさんはもう≪ブラック・バインド≫にはいないということですか?」
「申し訳ありません、王女様。残念ながらその通りでございます。あの男はあまりにも無能だったのです」
それがクラッブの考えた策だった。アトラスがあまりにも無能だから追い出した。そのことを言い出せなかったと。そういうシナリオである。
だが、それを聞いたルイーズは心穏やかではない。
「無能だからクビ……? あのアトラスさんが無能?」
ルイーズはアトラスが無類の強さを誇っていることを知っていた。なにせ国中の精鋭を集めた近衛騎士が手も足も出なかったのだから。それなのに、目の前のギルドマスターは、「アトラスは無能だからクビにした」と言う。ルイーズの知っている事実とはあまりにかけ離れていた。
「あのアトラスさんが無能なわけがないでしょう。私を欺こうとしているのですか?」
「欺こうなどとは! とんでもないことでございます王女様。本当にあの男は無能の極みだったのです」
クラッブはルイーズがそこまでアトラスの強さを信じていることが理解できなかった。彼は本当にアトラスのことを無能だと思っていたのだ。だが、その勘違いが王女の反感を買った。
「黙りなさい! 私がSSランクダンジョンの攻略を≪ブラック・バインド≫に任せたのはアトラスさんがいたからこそです。それなのにまさかアトラスさんがいると嘘をついていたとは」
普段温厚なルイーズだったが、この時ばかりは感情を抑えきれなかった。
「し、しかし王女様! あいつは本当に無能なのです! あいつがいたらSSランクダンジョンの攻略は無理です!!」
クラッブは必死に自身を正当化する。一歩も引きさがる気がないのだと、王女にもわかった。
だから王女はひとまずクラッブの主張を受け止めることにした。
「まだ言い張るのですね……それでは、それを証明してください」
「しょ、証明?」
「あなたがアトラスさんと決闘して勝ったら、あなたの言葉が本当だと信じます」
それを聞いてギルマスは「助かった」と内心で笑った。
(あの無能のアトラスと戦って負けるはずがない)
「わかりました、王女様」
「――では、王室の名において決闘を執り行います」
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