第15話【トニー隊長side】逃亡
泥だらけのまま現れた隊長を見て、部下たちは驚いた。しかし、誰も理由を聞こうとする者はいなかった。とてもそれができる雰囲気ではなかったのだ。
「お前たち……行くぞ」
トニー隊長は力なくそう言って、先頭を切ってダンジョンへと入っていく。
今日のダンジョンはBランクの迷宮だった。Cランクダンジョンの攻略にさえ失敗しているのだ。アトラス抜きのパーティでは、とても太刀打ちできないレベルではない。
だが、クビを回避するためにはやるしかなかった。トニー隊長には、これ以上の失態は許されなかった。
パーティは慎重に、ダンジョンを進んで行く。当然、ダンジョンのモンスターは簡単には倒せない。だが、隊長はここに来る前に、大金をはたいて自腹で高価な上級ポーションを買い込んでいた。それを惜しみなく使っていくことで、なんとか序盤のモンスターたちを倒していく。
ポーションはトニー隊長が勝手に買ったもので、経費精算の対象にはならない。彼の小遣いを溜め込んだへそくりは跡形もなく消え去ってしまったが、ダンジョン攻略を成功させるために、背に腹は代えられなかった。
そして半日かけて迷宮の中階層へ入っていく。
「隊長、エリート・ゴブリンです!」
通路の向こう側から上級モンスターの群れが現れる。
複数の敵を一気に焼き尽くすべく、トニー隊長は大魔法を準備する。大量の高級ポーションのおかげもあり、部下たちは大魔法の準備が完了するまでの長い時間なんとか持ちこたえた。
「“ファイヤーランス・レインズ”!」
隊長が放った火の槍が、雨のようにモンスターたちに降り注ぐ。それによって敵が次々倒れていく。
「やったぞ!」
トニー隊長はようやく自分の魔法によってモンスターを倒したことに自信をつける。
だが――大量の炎攻撃を放ったことで――敵以外の物にも当たってしまった。
――突如鳴り響く、大音量のアラーム。
「な、なんだ!?」
未経験の事態に戸惑う一行。
そして次の瞬間、パーティメンバーとトニー隊長の間に、突然鉄の格子が降りてきた。
「なんだよこれ!!!」
それはパーティを分断する迷宮の罠だった。しかも格子はちょっとやそっとでは壊れない仕様になっていた。
格子によって、前衛と後衛が分断されたことで、パーティは機能不全に陥る。
そして、アラームの音はいまだに鳴り響いている。それを聞きつけたモンスターたちが一気に通路の前後から押し寄せて来た。
「た、隊長! どうすれば!」
部下たちが隊長にすがりつくように尋ねる。
しかし――
「――な、なんとかするんだ!!!」
トニー隊長は自分のことで精一杯だった。自分の方にもモンスターたちが押し寄せているからだ。
そして次の瞬間――
「た、たすけてくれぇええええ!!!!」
トニー隊長は、部下たちを置いて、ダンジョンの入り口の方へと逃げ出した。
「た、隊長!!!!!!!!!!!!!」
呼び止める部下たちの悲鳴が迷宮に鳴り響くが、アラームのけたたましい音がそれをかき消すのだった――
†
一日のダンジョン攻略を終え、早々に帰路につくアトラス。
アトラスは妹ちゃんの待つ家へとのんびりと歩く。日が昇っているうちに帰路につけるなんて、少し前の自分の状況を考えると信じられないほどの幸福だった。
だが、そんなところに、息を切らしながら必死の形相で現れた男がいた。
「……あ、あ、アトラス!!!」
大量の汗をかき、全身泥だらけで現れたのは、トニー隊長だった。今朝、土下座した時についた泥がそのままになっていたが、それ以外にも汚れが増えていた。
「どうしたんですか」
アトラスはこの男のことを完璧に見限っていたが、それでも尋常でなく取り乱した様子をみて流石に声をかけたのだ。
「……た、助けてくれ! アトラス! このままじゃ、俺はクビなんだ!!」
またその話かと思ったが、しかし今は朝よりもさらに必死な形相だった。
「何かあったんですか」
アトラスが聞くと、トニー隊長は震えた声で叫んだ。
「迷宮でトラップに引っかかって仲間が閉じ込められて、命からがら逃げて来たんだ!」
――その説明にアトラスは違和感を覚える。今目の前にいるのはトニー隊長ただ一人。その「閉じ込められた仲間」は一体どこにいるのか。なぜこの男だけがここにいて、異様な形相を浮かべているのだ。そう考えて、アトラスは一つの結論にたどり着く。
「まさか隊長、仲間を置き去りにしてきたんですか?」
アトラスの質問にトニー隊長は答えず、代わりに両手で縋り付いて懇願する。
「頼む! 一緒に来てくれ!! あのダンジョン攻略に失敗したら俺はクビなんだ!!!」
トニー隊長の頭には、仲間を見捨ててきた事実はなかった。あるのはダンジョン攻略に失敗したら自分がクビになるということだけだった。
「……あなたは……どこまでクズなんですか!!」
トニー隊長を叱りつけるアトラス。
(部下を守るべき隊長が、部下を置き去りにしてくるなんて……ッ!!)
アトラスは心の中で憤る。しかし、クズを𠮟りつけている時間はなかった。
「ダンジョンはどこですか」
アトラスが聞くと、トニー隊長は「西門を出た先の草原の入り口に……」と答える。
それを聞いた次の瞬間、アトラスはダンジョンへと走り出していた。
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