第12話 え、戻ってきてもいい? いや、大丈夫です。


 一日のダンジョン攻略を終え、アトラスパーティは街に帰ってくる。

 ≪ブラック・バインド≫にいた時は、ダンジョン攻略がなかなか進まず、残業に次ぐ残業で日を跨いでの帰宅も当たり前だったが、≪ホワイト・ナイツ≫では違った。サクッとダンジョンを攻略して、時刻はまだ16時だ。

(なんてホワイトなギルドなんだ……)

 アトラスは夕日を見ながら、しみじみする。ダンジョンの外で夕日を見るなんて、一体いつぶりだろうかと涙が出そうになった。

「みんな、今日はお疲れ様です。明日もよろしくお願いします」

 アトラスは部下たちにそう声をかける。アトラスの歓迎会は、ギルドマスターのエドワードも呼んで金曜日に行われる予定だったので、部下たちに別れを告げて踵を返そうとした。しかしそれをイリアが引き止める。

「隊長、よかったらこれから飲みに行きませんか? プレ歓迎会ってことで」

 部下からの誘いに、アトラスは心を弾ませる。

「もちろん、ぜひ」

 次の瞬間、イリアはアトラスの手を引っ張る。

「じゃぁ、私のオススメの酒場があるんで、そこに行きましょう!」

 アトラスはイリアにグイグイ引っ張られ、街に繰り出す。そして他のパーティメンバーはそのまま帰っていくので、アトラスはようやくそれが「サシ飲み」だと気が付いた。

 年下の少女とのサシ飲みなんて初めてだったのでアトラスは少し緊張した。

「隊長はよく飲みに行かれるんですか?」

「いや、前のギルドでは飲めるような時間には帰れなかったから……」

「じゃぁ、ぱーっと行きましょう!」

 アトラスは手を握られたまま街中を歩いていく。そして、そのままイリアに連れられ小さな酒場へと入っていった。

 そこはたまたまアトラスの家の真向かいの建物だった。

「ここ、家の近くなんだけど実は入ったことなかったんだよね」

「え、お家そこなんですか!? まさかおうちが私の行きつけのお店の近くにあるなんて。実は今まですれ違ってたりしたのかもですね! これはもう運命ですね!」

 イリアがひとりでに盛り上がる。

(うう、運命?)

 アトラスは部下のそんな不用意な言葉に心を揺さぶられる。

「ここ、店は狭いけど、美味しいんですよ!」

 イリアの言う通り、店はかなり繁盛していて、建物の中は満席状態だったので、二人は路面のテラス席に腰を下ろす。

 四人席だったのでアトラスは手前の席に座る。すると、イリアはてっきり真向かいに座るのかと思ったら、そのままアトラスの真横に座ったのだった。

「隊長、料理は何か嫌いなものありますか?」

 アトラスは女の子が自分の隣に自然と座ったことに動揺しながら答える。

(……っていうか、距離近くない?)

 部下の距離感の近さに驚くアトラス。

「き、嫌いなものとかはないけど……」

「じゃぁオススメを適当に頼みますね! 他に何か食べたいものがあったら言ってください」

「あ、ありがとう」

 アトラスは自分ではない人間が飲み会の注文をしてくれることにまた感動するのであった。前のギルドでは飲み会のセッティングや進行は、当然Fランクであるアトラスの仕事だった。

 それから少ししてお酒が運ばれてきた。

「それじゃぁ、隊長が来てくれたことに乾杯?!」

 イリアはグラスをアトラスのそれにぶつける。

「ありがとう」

 それから、少しして料理も運ばれてくる。当然のようにアニスがすべてを切り分けてくれる。

「ところで隊長、一つ聞いてもいいですか」

「なに?」

「隊長はこんなに強いのに、私今まで隊長の存在を全然知らなくて……。もしかしてどこか別の国で活躍されてたとか?」

 イリアは無邪気にそんなふうに聞いてくる。アトラスとしても別に隠そうとは思っていなかったので正直に答える。

「いや、前のギルドではFランクだったから……知らなくて当然というか」

 アトラスが答えると、イリアは驚きの表情を浮かべる

「え、Fランク!?」

「うん。5年間ずっと。だから、知らないのも当然というか」

「隊長がFランクって、どういうことですか!? だってこんなに強いのに!?」

 それはイリアからすれば当然の疑問だった。

「HP以外の能力値は低かったから仕方がなかったと思ってるんだけどね。あとすぐダメージを受けるからって怒られてたなぁ」

 と、アトラスはお酒を追加で一口飲んでしみじみ言う。

「倍返しがあるんだからダメージを受けるのは当たり前じゃないですか!?」

「うん、僕もそうは思ったんだけど、聞いてもらえなかったな……。ダメージを受けるときも、基本的には仲間の身代わりになってたつもりなんだけど。ポーションを無駄遣いするな、ってのも言われたなぁ」

 イリアは「信じられない……」とつぶやく。開いた口が塞がらないとはこのことだった。

 一方、アトラスはそうして説明していると、脳裏に自分を罵倒するトニー隊長の姿が浮かんできた。

「あと、隊長がトラップのスイッチとか、あと魔物が暴れ出す部位とかを攻撃しそうになった時にとっさに自分の体で防いだりもしてたんだけど、何度、説明してもわかってもらえなくて、俺がのろまなせいだって言われたり」

「隊長、今まで苦労されてきたんですね……」

 アトラスはイリアが自分に慰めの言葉をかけていることに気が付いて、あまり飲みの場で話すのにいい話題ではないなと気がつき、話題を変える。

「でも、こうして≪ホワイト・ナイツ≫に入れたから、全部よしだよ! こうして優秀なメンバーと一緒に攻略できるんだから」

「ええ、そうですね! 私は隊長に一生ついていきますから!」

 そう言ってイリアはグラスをアトラスに向けてから飲み干す。

 ――アトラスが部下との楽しいひと時を過ごしていた時だ。


「アトラス!!」


 突然あたりにその名前が響いた。アトラスが振り返ると、そこには≪ブラック・バインド≫で後衛をしていたコナンの姿があった。トニー隊長の腰巾着である。

 自分の元へと駆け寄ってくるコナンを見て、アトラスはどうやら自分に用があるのだと気がつく。何事かとアトラスが尋ねる前に、コナンが口を開いた。

「喜べ、アトラス! 無能なお前をトニー隊長が許すそうだぞ!」

 彼はいきなり現れて、自慢げにそんなことを言い始めたのだ。

「……はい?」

 アトラスは予想外の言葉に驚くのだった。

「すみません、許すってなんのことですか?」

 アトラスは意味がわからず聞き返す。

「察しの悪いやつだな! お前をまた≪ブラック・バインド≫のメンバーにしてやるって言ってるんだよ!」

「は、はぁ……なるほど」

 アトラスもようやく「リストラをなかったことにしてやる」と言われていることに気が付いた。

「どうしたんだ、アトラス。無能なお前をまた雇ってやると、寛大なトニー隊長がおっしゃっているんだ。もっと喜んだらどうだ!?」

 コナンはあくまで上から目線でそう言う。5年間Fランクのままだった無能を特別に救ってやる。強がっているのではなく、心の底からそう思っているのである。≪ブラック・バインド≫のメンバーにとって、アトラス=無能という思いこみは、簡単には拭えないのである。

 もっとも、別にアトラスはそれを気にしてはいなかった。 5年間のブラックギルド生活で「自分は大した人間ではない」という考えが彼自身にも染みついていたので、今更無能と罵られても、特に怒りの感情は湧いてこない。ただ、今の好待遇を得たアトラスにとって彼らの提案は全くもって興味のないものだった。それだけのことだ。

「すみません、もう再就職も決まっているので、大丈夫です」

 アトラスの言葉に、コナンはぽかんと口を開ける。コナンは、アトラスが泣いて喜ぶ姿を想像していたのである。しかし、現実にはそうならなかった。

「聞き間違いか? 無能なお前の面倒を俺たちが見てやると言ってるんだぞ? 泣いて喜ぶべきじゃないのか?」

 コナンはそんな風に心底驚いたという表情で言った。

「心遣いは感謝します。でも、もう部下もいるんで」

「ぶ、部下だと!? お前が隊長なのか?」

「一応……」

 アトラスが頷くと、コナンはもうそれ以上は開けられないだろうというくらい大きく口を開けて驚いた。そして少し考えてから、そうだと再び口を開く。

「し、しかしどうせ中小ギルドだろ? それなら王国公認の≪ブラック・バインド≫にいた方がいいだろう?」

「いや、再就職先も王国公認ギルドなんで……」

「王国公認ギルド!? どこに無能のお前を隊長として雇う王国公認ギルドがあると言うのだ!?」

「えっと……≪ホワイト・ナイツ≫なんですけど」

 アトラスが言うと、コナンは鼻で笑う。

「ほ、≪ホワイト・ナイツ≫!? 冗談はよせ! 王国一のギルドがお前を雇うわけないだろ!?」

 コナンは唾を飛ばしながらそうまくし立てる。だが、それに対して横から反論が飛んだ。

「さっきから聞いていたら、あなた何様!? アトラスさんは本当に≪ホワイト・ナイツ≫のSランクパーティ隊長です」

 そう言い放ったのはイリアだった。

「……なんだ、小娘? 寝言は寝て言……」

 とコナンがイリアを睨みつけた――次の瞬間。イリアは瞬足でコナンに詰め寄り、人差しと中指を彼の眼球の前に突き出した。

「ひっ!?」

 コナンはイリアのあまりの速さに身動き一つ取れなかった。

「これを見ても、まだそんなことが?」

 イリアの指先には、≪ホワイト・ナイツ≫のメンバーカードが挟まっていた。

「ほ、ほ、≪ホワイト・ナイツ≫のSランクパーティ……だと!?」

 メンバーカードに記載された文字を見て、コナンは驚きに目を見開く。

そしてイリアそのまま至近距離で言い放つ。

「あなたみたいな三流ポンコツ冒険者に、アトラス隊長をバカにする権利はないです。これ以上失礼なことを言うなら、タダじゃおきませんよ?」

 イリアの圧に押されて、コナンは後ずさりした

「お、俺たちはアトラスのためを思って誘ってやってるんだぞ!?」

 震え声でそう言うコナン。しかし、それに対して、アトラスが否定する。

「すみません、俺は楽しくやっているので、もう≪ブラック・バインド≫には興味ないです」

 はっきりと言わないとわかってもらえないかもと思ったアトラスは、きっぱり言い切った。

「……お、お前ごときが……興味ないだと……。も、もう2度と誘ってやんないからな!!」

 コナンはよろけながら、踵を返しその場を後にした。その様子をイリアは白い目で見る。

「あれが、アトラス隊長をクビにした連中ですか。確かに、相当愚かな人たちのようですね」

 それに対して、アトラスは少し困った顔ではにかむ。

「俺のために怒ってくれてありがとう、イリア」

「当然です。あんなバカな人たちに隊長をバカにはさせません」

 アトラスの心に部下の優しさが沁みるのであった。


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