第11話【トニー隊長side】戻ってきてもいいんだぞ?

 一方、その頃。

 ≪ブラック・バインド≫のトニー隊長は、背水の陣でダンジョン攻略に臨んでいた。

 先日攻略しようとして失敗したAランクダンジョンは一旦置いておいて、今日はそれより簡単なCランクのダンジョンへと向かった。

「お前たち、気が緩んでいるぞ! まずはCランクダンジョンで気を引き締め直す!」

 トニー隊長はそう部下たちを喝破する。彼は今まで楽勝で攻略できていたものができなくなったのは、パーティメンバーの気が緩んでいるせいと考えた。一瞬アトラスが抜けたせいかもという考えが頭をよぎったが、そんな都合の悪い事実はすぐに思考の中から消えた。

 部下たちは「申し訳ありません」と声を揃えて謝る。その表情は当然曇りがちだったが、隊長はそんなことお構い無しに続ける。

「お前たちが本気を出せば、三十分で攻略できるはずだ!」

 そう言ってトニー隊長は先頭を切ってダンジョンに入っていく。

 今日攻略しようとしているのは森型のダンジョンだった。迷宮型と違い一本道で道に迷うことはないので、粛々とモンスターを倒していけばよく、その意味でも難易度は低かった。

 そしてさすがのトニーたちも、Cランクダンジョンの入り口付近に出てくるモンスター相手に苦戦するようなことなかった。

 だが、苦戦しなかったというだけで、今までに比べるとその進みは遅い。今までなら一秒で倒せていた敵に数分かかる。

「おい、お前たち! いつまでダラダラしてるつもりだ! 早く本気を出せ!」

 トニー隊長が、部下たちを叱りつける。部下たちは黙って上司の言葉を聞いたが、不審げな表情を隠しきれていなかった。自分はいつも通りやっている。隊長を含めてきっと他のメンバーがサボっているに違いない。お互いにそう思っていたのだ。

 だが部下たちのその態度が、トニー隊長をさらに怒らせる。

「なんだ、お前たち。文句があるのか!? Cランクモンスターに手こずる雑魚のくせに、反省もせず生意気な奴らだ!」

 ダンジョンの中でトニー隊長の説教が始まる。部下一人一人の戦闘のダメ出しが行われた。

「おい、前衛なんだから俺たちに攻撃が飛ばないようにしろ。あの無能アトラスでもできたぞ!」

 まずは前衛の男にそう言う。

「後衛ももっと早く回復させろ! 前よりスピードが落ちてるぞ! おかげでライフの減りが速くて冷や汗ものだ! それに弱い魔法ばっかり打ってないでもっと上級魔法を打て!」

 説教し続けるトニーに、部下たちはうつむいてただ時間が過ぎるのを待つ。

 そして、トニーは最後に全体に向かって改めて言う。

「無能は、アトラスのようにクビにするからな!」

(よし、これで部下たちも気が引き締まっただろう……)

 トニー隊長はふんと鼻を鳴らしてから踵を返し、再びダンジョンを進み始める。

 ――だが、

「隊長、中ボスです!」

 部下の一人が前方に≪トロール≫を見つける。Cランクのモンスターの中では強力な部類だが、本来Sランクパーティであれば難なく倒せる相手だ。

「お前たち! 死ぬ気でやれ!」

 トニーは部下たちに発破をかけて臨ませる。前衛たちが敵に向かっていく中、自身も大魔法の準備をする。

 だが、トニーは大魔法の詠唱が終わる前に、部下たちがさっさと敵を倒すという展開を期待していた。本来Sランクパーティならば、大魔法などなくとも前衛だけで倒してしまうくらいでなければおかしいからだ。

(いくら気が抜けているとはいえCランクの中ボス程度に手こずるはずがない……)

 そう思って、戦況を見守るトニー隊長。

――だが、部下たちは意外にも手こずっていた。なかなか大きなダメージを与えられず、トロールのHPは一向に減らない。

「全く、お前たち、気が抜けすぎだぞ!」

 そう怒鳴りながら、「やはり俺がとどめを刺さないとダメか」と鼻息を鳴らす。

 自慢の大魔法で一気にけりをつけようと思ったのだ。

 ――だが。

 トニーはようやく気が付いた。

 魔力の準備が一向に終わらないのだ。もう10分は経った。普段ならもう終わっている頃なのに、まだ半分もできていない。

「なぜだ……」

 トニー隊長は困惑する。

 だが、実際のところ、それがトニー隊長の本当の実力だった。

 もともと一般的なSランク冒険者なら3分で終わる詠唱を、彼は20分かけないとできない程度の実力しか持っていないのだ。そしてアトラスがいた頃は、≪倍返し≫によって魔力のステータスが大幅に向上していたため、詠唱時間も短く済んでいたに過ぎない。

 アトラスを追い出したいま、彼は「実力通り」にしか魔法を使えない。つまり、20分待たなければ大魔法は発動しないのだ。

 だが、それでダンジョン攻略においてあまりに致命的だった。

「た、隊長! これ以上持ちません!」

「た、隊長! もう限界です! 早く大魔法を!」

 部下たちが限界を知らせる。しかし、いくら急かしても魔法発動のために必要な時間がひとりでに短くなることはない。

「おい! たるんでるぞ! 踏ん張れ!」

 トニー隊長は額に汗を滲ませながら、逆ギレする。しかし急かしてもトニー隊長の詠唱が短くならないように、怒鳴りつけたところで部下たちの能力が上がるわけもなかった。

 とうとうそうこうしている前衛のHPがつきかけそうになる。

「も、もう限界です!」

 しかし隊長が撤退命令を出さないので、音をあげて自ら戦線を離脱する。

 すると、トロールの視線が後衛たちに向かう。

――その中には、もちろんトニー隊長も含まれていた。

「グゥアアアアア!」

 棍棒を振りかざして襲いかかってくるトロール。

隊長はようやく自分の命の危険を認識し、

「て、撤退だ!!」

 そう言うと同時に、全速力で先頭を切って逃走したのだった。


 †


 Cランクダンジョンから逃げ帰ってきたトニー隊長たち。

「……クソ。一体どうなってるんだ……」

 そう呟くトニー隊長。

 だが、理由は明白だった。そして勇敢にもアニスが現実を突きつける。

「隊長。やっぱりアトラスさんがいないと、私たちはこの程度の実力しかないんですよ」

 もはや、トニー隊長も認めざるを得なかった。パーティが弱体化したのは今週に入ってから――しかも今週になって起こった出来事はただ一つ。

 ――アトラスがクビになった。

それから急にパーティが弱体化した。

 確かに、気が抜けてるという精神論だけではパーティの弱体化ぶりは説明できなかった。

(働かないアリがいなくなると、他のアリが働かなくなる、という話を聞いたことがあるが、アトラスも多少は(・・・)パーティの戦力になっていたということか)

 トニー隊長はそんな整理をつけた。そしてその理屈で完ぺきに納得してしまったのだ。

 それは「無意識」の自己防衛というものだった。プライドを保つため、自分に都合の悪い事実を認めないのである。

 そして、トニー隊長は部下たちを見て言った。

「いくらFランクの無能とはいえアトラスを追い出したのはかわいそうだったな」

 隊長が突然そんなことを言い出したので、アニスは心の中で憤慨した。

(何を言っているのだ、この男は。5年間ずっと見下し、こき使い続け、挙句に勝手に追い出しておいて、「かわいそう」なんてそんな身勝手な……)

 だが、部下の怒りなどつゆ知らず、妙案だとばかりにトニー隊長は命令する。

「アトラスを呼び戻してやろう。きっとあいつも泣きながら喜ぶだろう」

(……なんて愚かな人なんだろう)

 アニスは心底目の前の男を軽蔑した。しかし愚かな上司でも部下は従うしかない。

「おいコナン。アトラスに戻ってきて良いと伝えてやれ」

 トニー隊長は、腰巾着の男コナンにそう伝える。

「承知しました、隊長!」

 こうしてコナンは意気揚々とアトラスの元へと向かうのだった。


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