アクア・テラリウム~教育係は成長中?~

幻狼院 蒼月

第1話「はじまる夏」

 7月も終わり8月をむかえようかという暑い日に大学生水谷涼太は自転車を漕いでいた。

「なんで今日に最高気温更新なんだよ」

 汗を流しながら自転車を漕ぐ涼太はそう叫んだ。家を出る前に見たニュースで今日は今年の7月の最高気温を更新するそうだ。明日から8月という最終日に更新とは、ましてやバイトの面接で自転車に乗る日の今日にだ。

「まぁ雨よりはマシか」

 涼太はそう言いながら自分が走る道のすぐ隣の海を見ながら呟いた。涼太が走っているのは海岸沿いの道、海からの風を受けることができるのでかいた汗が涼しく感じる。今日は暑いがいい風が吹いているようだ、海を見ても風のおかげかいい波を求めたサーファーがちらほらいる。

「流石に汗だくで面接は悪いよな」

 そう考えながら自転車を漕いでいると面接先のすぐ目の前に海を見渡せる広場があったことを思い出した。面接の時間より早くに着くし、そこで汗を乾かすことにした。

 広場につくと海に近い防波堤に自転車を寄せ、風に当たることにした。すぐ近くに自販機があったので飲み物を買い海を眺めながら涼んでいると波打ち際に人がいることに気づいた。防波堤からは少し距離があり顔までは分からないが海風になびく長い髪が見えた。女性かなとか思いつつ見ているとその人は急に駆け出した、手には虫取り網のようなものが見える。もう片方の手にはバケツっぽいものも見える。

「オレも子供のころはよく魚やカニ捕まえたりしたな」

 近くには磯もあって生き物を捕まえるには適した場所でもある。そんな子供のころを思い出してると走り出したその人が急にコケるの見た。波打ち際を走っていたのだ、普段の砂浜より足が取られるのも当たり前だ。頭から思いっきりスライディングしているように見え、大丈夫だろうかと心配したがすぐに立ち上がって濡れたことを気にする素振りも見せずまた駆け出していた。そんな光景を見ながら涼んでいたら汗も乾いてきた、腕時計を見ると約束の時間には少し早い。もう少し涼んでいこうかとも思ったが、ギリギリに駆け込んでまた汗をかいては意味がないと思い自転車を押してのんびり向かうことにした。


 ~ ~ ~ ~


「では涼太くん明日からよろしく頼むよ」

 白髪の男性はそう言って涼太に笑いかけた。笑って顔のしわが深くなるが、年齢を感じさせない活気ある笑顔であった。

「いえ、こちらこそよろしくお願いします」

「まさか涼太くんがうちで働くことになるとはね」

「まぁバイトですけどね。でも助かりました、この辺りはバイト探すのも一苦労ですから」

 海水浴場もあるこの地域ではコンビニなどの一般的なバイトだけではなく海の家などの求人も多い。もちろん夏などのシーズンは人手が必要で時給もそこそこいいのだが、その分競争率も高い。ましてや最近は夏だけの短期バイトとして県外からも住み込みで来るものも増えている。なのでバイト探すのは案外苦労するのである。

「じいちゃんがバイト紹介してやるって言ったときは驚きましたけど、まさか克一さんの水族館とは思っていませんでした」

 夏休みの間バイトをしようと探していたがなかなか見つからない涼太に救いの手を差し伸べてくれたのは祖父の源二であった。

「ゲンさんには水族館共々お世話になってるからね。それにちょうどお盆休みに向けてバイト募集しようと考えてたところだ」

 祖父の源二は漁師だ。毎日のように海に出てはたくさんの魚を取ってくる、その中には食用になるならない関係なく珍しい魚も取れたりする。そういった珍しい魚が取れたり、水族館で展示したいなと考えている魚が取れると源二は幼馴染で館長の克一に連絡し水族館に寄贈しているというわけだ。

「でも友人の孫だからってこんなあっさり決まるとは」

「そんなことはないよ男手は必要だし、募集しても基本的に若い男の子なんて海の家から水着のねーちゃん見るのにそっちの募集ばっかに行くからね」

「実際そんな余裕ないぐらい忙しいみたいですけどね」

 そう言って涼太は笑った。涼太の友人がそんな甘い考えを持って海の家へバイトに行ったが、実際のところ想像以上の客入りで余所見をする余裕はなくいざ見ようとしても人が多すぎて見つけられない。休憩時間にナンパしようにも体力がもたず休むことにしかできず、客が落ち着くころにはそもそも水着の女性も含めてそんなに人がいないというのがオチということらしい。

「それに涼太くんなら小さいころから知ってるし、魚の扱いとかも心配ないしね。最近は魚に触れないって人も増えてるし」

「触ったりするのは大丈夫ですけど飼育とかは初めてで不安ですけどね」

「その辺はみんな初心者だから、魚との壁がない分早く身につくと思うよ」

 そういって克一は手にある書類をまとめながら立ちあがった。

「じゃこれから簡単に案内しようか、ちゃんとした紹介は明日するにしても関係者には今日挨拶してもいいだろう」

「はい、お願いします」

 そういって涼太も立ち上がった。克一は手に持つ書類を自分の机に置くと、涼太を案内するためにスタッフ用通路のドアを開けた。通路を歩いていると克一が懐かしそうに口を開いた。

「それにしても涼太くんに”克一さん”と呼ばれると恥ずかしいね。いつも”克じぃ”だったから違和感があるよ」

「ここでは館長とバイトですから、いつもみたく呼んでは他のスタッフさんに示しがつきませんから」

「相変わらず真面目だね」

 そういって二人とも笑った。源二と克一は昔から家族ぐるみの仲だ、二人が漁師、水族館職員と別の道に進んでもその関係は変わらない。それぞれの子供、孫もわが子のように接してきた。涼太からしても克一は3人目の祖父のような存在だ。

 スタッフ用通路を進みしばらくすると目的のフロアのドアの前まで来た。克一がドアを開けそのあとに涼太は続いた。ドアの向こうは夏休みらしくたくさんの人で溢れていた。しかし、それを取り囲むように巨大な水槽が広がりそこには多種多様な魚たちが優雅に泳いでいた。

「さぁここが明日から君が働く海の魚たちのフロア、通称”オーシャンブルー”だ。って君はフロア分けについてはここの新人さんたちより詳しいか」

 そういう克一の顔は何かを思い出すような笑顔をしていた。

 涼太は子供のころから水族館に来ていただけではなく、祖父の手伝いに付いてきたり運び込みを手伝ったりと裏側にも出入りしている一般人である。とは言っても一般人、仕事内容なんて周りにいるお客さんたちと同じぐらい知らない。

「さてとドア周りにいないとなると、隣の浅瀬エリアかな」

 と呟きながら克一が歩き始め涼太もそれに続く。海の魚といってもよその種類は多い。浅瀬、深海と住む環境が大きく異なっている、当然環境が異なっていれば飼育方法だけでなく展示のやり方も変える必要が出てくる。ここでは大きく三つのフロアに分かれており、このオーシャンブルーのフロア内でもいくつかのエリア分けをしている。今いるエリアは水族館といえば誰もがイメージする海岸から離れた沖にいる魚たちがいるエリアだ。このエリアにスタッフがいるとしたらどちらかといえば水槽内で掃除をしているダイバーのほうが見つかるだろうが今探している人物はその担当ではない。

 浅瀬エリアに入るとさっきとは違って大中小と魚や展示に合わせた水槽が点々としている。ここも隣に負けないほどの人込みである。その中にバインダーを持ちながら水槽を眺める一人の女性がいた。

「いたいた、おーい霧島くん」

 館長に呼ばれ女性はこちらを向くとバインダーに何かを書き込むとこちらに歩いてきた。

「どうしました?東郷館長ってあら水谷君も、今日何か魚の受け入れでもありました?」

 そう言いながらバインダーに挟んである書類を確認する女性。

「いやいや、今日は明日からスタッフとして涼太くんが入るからフロアチーフの霧島くんに連絡しておこうと思ってね」

「あぁ明日からでしたか、改めてよろしくね水谷君」

 そう言いながらこちらを向き軽く会釈する。

「いえこちらこそお世話になります、霧島さん」

「ふふっ、いつもみたいに”さつきさん”でもいいのよ」

 と少し意地悪そうに沙月は笑った。

 オーシャンブルーのフロアチーフ霧島沙月、祖父と魚を運び込むと館長と一緒に対応してくれるスタッフの一人だ。祖父の運び込む魚は海魚ばっかなので当然担当者は大体同じ人となる。なので沙月さんとも顔見知りで、通っていた高校も同じだったということから運び込みの際にそれなりに話す仲となった。

「いえ働く以上は上司と部下ですから」

 笑いながらそう返すと

「相変わらず真面目ねぇ」

 と克一さんと同じ返しをもらった。

 それを見ていた克一もくすくすと口を押さえている。

 腰に手をあてながら沙月は

「まぁいいわ、好きに呼びなさい。この水族館であなたのこと知らないって人は少ないんだし、あたしも仕事に関して期待してるしね」

「それはありがとうございます、霧しま…」

「あっでも”霧島さん”は違和感あって恥ずかしいかな?」

 手で横髪を耳にかけながら、また意地悪そうに笑ってくる。きれいな黒髪を肩まで揃え、いかにも仕事に厳しいキャリアウーマンという雰囲気に見えるがこんな感じに気さくにイジってくる性格だ。そのおかげかスタッフから陰で姉御と呼ばれるほど人望の厚い人だ、この若さでフロアチーフを任されるのも納得である。

「いま何か考えた顔したね?数字の匂いがしたような?」

「いえ?!そんなことないですよ!」

 相変わらず勘の鋭い人だ。と思いつつも悟られないように平静を装いつつ返事をする。

「ふーん、まっとりあえずは明日からよろしくね。もう何をしてもらうかは見当はつけているのだけど、あたしが決めていいんですよね?」

「もちろんだ、君に任せるよ」

 と簡単に克一と言葉をかわす沙月さんは先ほどとは違う仕事の顔だ。

「水谷君まだ時間はあるかしら?」

「はい」

「じゃ今から君の先輩に会いに行こうか。いわゆる教育係ってやつ」

「はい、お願いします」

「いい返事ね、では館長ここからはあたしが彼を案内しても?」

「あぁお願いするよ。ぼくは部屋に戻って色々用意しないとだし。働くにあたって書いてもらうものもあるし、服も用意しておかないとね。涼太くん終わったらまたさっきの部屋で」

「分かりました」

 そういうと克一はさっきとは違うルートで戻り始めた。フロアを1周して戻るつもりのようだ、館長として色々目を配っているのだろう。

「じゃあ行きましょうか」

「はい」

 沙月の案内で教育係のもとへと向かう。道中はすれ違うスタッフに挨拶しながら、最近増えた魚や涼太の大学生活とたわいのない会話をした。

「おかしいわね、今日はサンゴ礁エリアにいるはずなんだけど」

 沙月は首を傾げながら周りを見回した。今いるのはサンゴ礁エリア、カラフルな魚が多くいる子供たちに人気のエリアの1つだ。

「エサの時間にはまだ早いし、一体どこに行ったのかしら?」

 エサやりのために裏側にいるということはあるがその時間ではない。沙月が悩んでいるのを気にしながら涼太も辺りを見回す。探し人は分からないが服を見ればスタッフかどうかは分かる。と涼太はあることに気づいた、わずかだが子供が少ないのだ。いやいないわけではない、だが子供に人気のエリアにしてはいつも自分が見ている光景と違和感がある。すると隣の通路から子供が走ってき、サンゴ礁エリアで魚を見ている友達に話しかけ二人そろって走ってきた道を戻っていった。確かあの先は…

「霧島チーフ、磯エリアで何かイベントでもしているんですか?」

 涼太は沙月に駆け寄り尋ねた。

「いえ特に変わったことはしていないは、いつもと同じようにヒトデや小魚と触れ合えるコーナーがあるくらいよ。磯エリアがどうかしたの?」

 不思議そうに沙月が聞き返す

「いえ、ただやけに子供たちが磯エリアのほうに走って行くのが見えて」

「そう、まぁ生き物に触れ合うのが好きな子たちが多いのかし…、いやもしかして」

「どうかしました?」

 何か心当たりがあるのか、沙月の反応に今度は涼太が不思議そうに尋ねた。

「いいえ、ひとまずあたし達も磯エリアに行きましょう。」

 そういうと沙月は歩き出す、後に涼太も続き尋ねる

「磯エリアに何か?」

 すると沙月は頭に手をあてながらため息をついた

「君の教育係、多分磯エリアにいるわ」

「えっ?でも今日はサンゴ礁のはずじゃ」

「別に仕事放棄ではないわ、ただある意味仕事熱心なのよ。多分子供か誰かに魚のことで何か質問されて対応でもしてるのよ」

「それは分かりますが、それと子供たちが集まるのとどういった」

 磯エリアに向かっていると徐々に子供が増えているのが分かる、サンゴ礁エリアだけではない磯エリアにつながるエリア全てから子供たちが集まっているのが分かる。

「仕事熱心なのよ、魚のこと聞かれたら何でも答えちゃうし詳しい解説もしちゃうのよ。ましてや触れ合うこともできる磯エリア、解説どころか触れ合い方までレクチャーしてるわきっと」

 そういう沙月の顔は怒っているようには見えないが呆れている。どうあれ持ち場を長時間離れるのは良くない。

「担当の仕事をきちんとこなした上でやってることだから大目に見てるけど、あれなら飼育スタッフより接客向きよ」

 と話していると磯エリアに着いた。磯エリアは実際の磯を再現したレイアウトに合わせ日の光が差し込むように天井がガラス張りになっている。水槽には泳ぐ魚よりじっとしている魚のほうが多いせいかパッと目につくのは堂々と大の字でいるヒトデやカラフルなウミウシやイソギンチャクだ。

 そんな水槽を見ながら歩いていると子供が集中している場所を見つけた、さっき話していた触れ合いコーナーのほうだ。すると子供たちの山の中から明るい声がする。

「いいですか、手をいきなり突っ込んではお魚さんはびっくりしちゃいます。なのでゆっくりと近づけて少し待ちます、すると向こうから寄ってきてくれますよ~」

「わぁホントだ」

「こんなぬるぬるしてるんだ」

 明るい声と一緒に子供たちの喜ぶ声もする。

「海にいる魚さんもこうやってさわれるの?」

「近づいてきてくれるお魚さんもいますよ。ただ海にいるお魚さんはここにいるよりも種類はたくさんいます、でもその中には触るとダメなのもいます」

「そうなの?」

「はい、そうなんです。なので子供一人ではむやみにお魚さんに手を出してはダメですよ?お父さんやお魚さんに詳しい人と触りましょう」

「「はぁーい」」

「いい返事ですね、でもここのお魚さんたちは人と触れ合うのに慣れていますので自由に触れ合うことができます。でもお魚さんも生き物です、ビックリさせたり強く触って嫌な思いはさせないように注意しましょうね」

「「はぁーい!」」

 子供たちの上から覗くとそこには長い髪を揺らしながら子供たちに楽しそうに話しかける女性の姿が見えた、揺れる髪が差し込む光に当たると時折海のような深い青に見えた。

「ちなみにここにいるお魚さんはですね…、」

 と長い髪の女性は右手の人差し指を立て胸を張りながら子供たちに何かしら説明を始めた。どうやら魚の種類についてのようだが途中からなんちゃら科ホニャララ目など専門的なフレーズが聞こえる。

「(ある意味で仕事熱心ね…)」

 涼太はさっきの沙月の発言を思い出していた。それに気づいたのか沙月が呟く。

「そう。彼女がある意味仕事熱心なうちの姫様よ」

 最初は何かと目をキラキラさせていた子供たちも、少しずつ?が顔に出始めている。すると沙月が近づきながら持っていたバインダーを女性の頭に当てた

「……なのであって、このお魚さんはって何ですか人が折角説明をしていると…こ…ろ…」

 と長い髪をなびかせながら女性は振り向いた。そのなびく髪に何か引っかかるものを感じる涼太だが、その引っかかりも沙月の声が取り払った。

「担当エリアを離れてお魚解説とは精が出るわね、あ・お・み・ちゃ・ん?」

 沙月の顔は笑顔だったが、その声にはなにか意味深な圧が感じ取れた。そんな沙月の顔を見てさっきまで子供たち相手に笑顔であったであろう顔は、ひきつった笑顔に変わっていた。

「ちっチーフじゃないですかっ!お疲れ様です!いやっあのっこれはですね、魚のチェックが終わったので磯エリアを少し覗こうかなぁって思ってですね、そしたら触れ合いコーナーに困ってる子が見えたので…そのぉ~」

 見るからに自分がさっきまで流していた汗とは違う汗を流しながら必死に弁明する彼女の姿がそこにはあった

「子供たちの相手をしていたのは見てたわ、とりあえずこっちに来なさい」

「……はい」

 そう言われこちらに連れてこられる彼女は小さな声で”また怒られる”と呟いている。どうやらこういったことはよくあるみたいだ。

「水谷君、彼女よ」

「えっ?」

 っと声を上げたのは涼太ではない、バインダーで差された彼女だ。

「怒られるのではない?」

 彼女は驚きながらも不安そうに沙月を見る。それに反応するがすぐに涼太に向き直り

「水谷君、彼女が君の教育係になる碧海しずくさんよ」

「えぇ~!!?」

 とまたしても沙月の発言に驚いたのは彼女ことしずくだった

「さつきさん待ってください!私にはまだ教育係は早いですって!それに私人と話すの苦手……」

「さっきまで子供相手にペラペラと魚について熱弁してたのはどこの誰かさんかしら?」

「うっ……」

 痛いところ突かれてるな、こうなると沙月さん強いからなぁと涼太は思った。

「それにあなた今年で2年目でしょ?そろそろ人に教えることも覚えていかないと」

「でもいきなり教育係なんて~」

 しずくの目は少し潤み始めている、さっきの熱弁してた姿はどこえやら。

「だから彼の教育係なのよ、水谷君は頻繁にうちに出入りしてるし魚の扱いにもある程度理解あるわ。それとも0から人に教えるほうがいいかしら?」

「それは…」

「お姉さんとして彼をしっかり世話してあげなさい、文字通り先月お姉さんに成長したんだし」

「うぅ…、はい。わかりました」

 弱々しくもしずくは頷き、こちらを向いた。

「水谷涼太です。短い間ですが、よろしくお願いします。」

 涼太はそう言い頭を下げた、頭を上げると

「あっ碧海しずくです。こちらこそよろしくお願いです!」

 と頬を赤くしながら早口で挨拶された。その目は何とか涙には耐えているが潤んでいる。

「じゃあ水谷君、から碧海さんとよろしくね」

「あしたぁー!!??」

 またしても驚きの声が出る。沙月を見る彼女の涙腺はもう限界だ、いや溢れても可笑しくない。

「あっそれと」

 そう言われしずくは沙月の顔をまっすぐ見た、その顔をまっすぐ見つめ返しながら今日一番の笑顔で

「あとで、あたしのデスクまで来なさいね。あおみちゃん」

 彼女の口から驚きの声は出なかった、がかわりにひとすじの雫が頬をながれるのであった。



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