第36話 レースのリボン

 どういうわけか手紙には、結婚相手さがしが出来ないだろうから、すぐ帰ってくるように、と書かれてあった。

 あと、帰ってくるまで、弟の食事を出さないという事も。


 え? ただの脅しだよね。


 そう思っていたけど、もし、という思いは拭いきれない。その日は弟が夢に出てきて、「お姉ちゃん、お腹すいたよ」と、ガリガリに痩せた姿で言われたところでハッ、と目が覚めた。


 汗をかき、結構うなされていようだ。


 レンヴラント様ともお会いしたいけど、そんなことも言ってられないわ。


 後回しにできる事とできない事がある。話は生きていたらいつかできるけど、弟の安否は今すぐしなくちゃいけない。


 レティセラは目をつぶり、頷いた。


 うん。

 家に帰らなくちゃ。でも、どうやって?


 お屋敷の周りは塀があり、門には兵士が立っている。自由に出入りができない。


 考えて部屋をうろうろしていると、小さな箱が目に入った。

 これは確か、レンヴラント様が置いていったものだと、アルバート様が言っていたっけ。


 レースのリボンが可愛らしく結ばれている。それを眺めてリボンだけを解き、その代わりに、箱の下に手紙を置いた。



 たぶん……帰ってこれないだろう。

 だけど、ここに戻ってきたらじゃないと、これは受け取れない。そういうものがこの中には入っている気がする。


 レンヴラント様や、このお屋敷のみんなは、事情を話したら手を貸してくれると思う。いい人たちばかりだもの。

 だからこそ、その人たちを個人的なことで振り回すことはできない。


 箱を見つめてレティセラは悲しげに微笑み「ありがとう、ごめんない」と呟いた。


「レティセラ?」


 そうしていると、急に人が入ってきたから、びっくりして振り返る。


「わっ! アネモネ。どうしたの? こんなところで」


 ここは、限られたひとしか、入れないって言ってたのに。


「あなたが調子を崩したってことで、しばらく私が、レンヴラント様の専属メイドをすることになったのよ」


 え……?


「それより、大丈夫なの?」

「あ、うん。この通りよ!」

「よかったぁ! でもなんかすごく落ち着かない顔をしているわね」


 そうかな?

 アルバート様やロザリーさんもだけど、ここの人たちはよく気づいてくれる。そんなことすら私にはできないんだ。


 きっと、レンヴラント様も、そういう人が専属になった方がいいと思ったのかも、と考えてしまうと胸がズキっとする。


「実は……」


 だけど、私はにっこりと笑い、アネモネに手紙のことを話すことにした。


「酷いわね! 弟くん大丈夫かしら」

「うん、とても心配なの。アネモネ、このお屋敷からこっそり出る方法はない?」

「そうねえ、転移魔術なら……」


 アネモネが口に指をあてた。


「そんなの、私には使えないよ」


 だって、魔術を習う学校には、家の事情で一年も通えなかったんだもの。


「私に任せて!」


 私の手を握りしめてアネモネが言った。


「え……いいの!?」

「もちろんよ! 早く行ってきてあげて」

「ありがとう、アネモネ!!」



 そうして簡単に荷物をまとめて、っていっても、ほとんど持っていくものはないんだけどね。


 残しておいたお金と、鞄をひとつ持ち、レティセラは胸元のネックレスに、レースのリボンを結んだ。


「準備はいい?」

「うん、よろしくお願いします」

「やだ、水臭いわよ。それより、私の行ったところしか飛ばせないから、『ユグネル』まだだけど、いい?」


 『ユグネル』は実家のあるところの隣町。そこまで飛ばしてもらえるなら、後はどうにか辿り着けそう。


「すっごく助かる!!」

「いくわよ」


 まじないを唱えてアネモネが魔法陣を出した。


「さぁ、どうぞ」

「本当にありがとう」

「いいのよ。でも、気をつけてね」

「うん。アネモネも、もし私の事を聞かれたら、知らない、って言うのよ!!」


 アネモネの手を握りしめる。

 魔法陣にのり、視界が歪んでいく。彼女の手を離しながら、私はそれだけは伝えなくちゃ、と叫んだ。


「あなたの事だからそう言うと思った」


 嬉しそうに笑って、アネモネは手を振っていた。

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