第30話 おいしそうなウサギ 1(レンヴラント視点)

 今日も夜会がある。出かける前には、ほとんどと言っていいほど、レティセラが裏庭におり、枯葉を集めていた。


 貴族の付き合いとは面倒なもので、それが気の進まないことであっても、表面上は取りつくろっておかなくてはいけない。


 決して、楽しいもの、ではないのだ。


 だから夕刻になる少し前の、世界が黄昏色に染まる頃。彼女と話すわずかな時間は、安らぎと後押しを与えてくれる大切なひとときだった。


 空を飛ぶ馬車に乗り、彼女をのせたらどんな顔をするのだろう、と外を眺めながら馳せる。


 最初から気になる存在だった。それが、愛おしいと分かってからは、もはや流行りやまいのように、想いは全身をむしばんでいた。


 それは、膨らみすぎて、苦しくて、いつか破裂してしまうのだろう。




 会場となる屋敷に着き、中に入る前に、父親に呼び止められる。うすうす予感はしていた。もう半月もすれば年が終わる。結婚相手を決める期限はそこまでなのだから。


 案の定、その話だった。

 しかも、決まらない時は、父親がよきに計らい決めるという。その場合、家に利のある相手となるだろう、と。


 どうするか。アルバートのいう通り、気になる女性ひとがいると告げてしまうか。だが、当のレティセラはうちに留まるつもりがない、と言われたも同然。


 その理由は家にあるのだろうが。あまり話したがらない彼女から、無理やり聞くことはしたくない。



 夜会が始まり、どこぞの令嬢と踊りながら思うのは、彼女と比べ、腰や背中は、もっとほっそりしていたなどという事で。後ろ姿が似ているから、と赤の他人を目で追っている。

 なるほど、どうも病状はかなりの末期のようだ。


「はぁ……」

「ため息なんてついて、どうしたの?」


 声の主は俺の顔を覗き込み、グラスを差し出してきた。それを受け取りグイッとあおる。


「エリュシオン来ていたのか」

「ちょっとした情報収集だよ。なんか、困った事でもあった?」

「まぁ……そうというより」


 悩んでいる、と言ったほうが近いか。

 コイツは少なくとも一応の事情は知っている。俺は彼にそれを打ち明けることにした。


「なるほど。レンヴラントって意外と慎重なんだねぇ。もう婚約くらいは申し込んでると思ってたよ。それと、話を聞く限り、なんか、帰らなきゃいけない理由がありそうだよね、その子」


「それなら、もっと頼ってくれれば」

「それが嫌なんじゃない?」


 俺との婚約話がたち昇れば、おそらくレティセラの両親が、彼女を金蔓かねづるとして利用してくるだろうとエリュシオンは言った。


 確かにレティセラは、置かれている状況のせいか、親切心も同情のように感じている。俺は裏庭で話したある日の時を思い出していた。


「てかさ、ちょっと硬く考えすぎじゃない? 家のこととか、そういうのは抜きで、結局キミ自身はどうしたいわけ?」


「俺は……」

「ほら、飲んで飲んで。こういう時は、お酒ですこし考えを柔らかくしなよ」


 レンヴラントはフッと笑みを零した。


「……そうだな」


 どう考えても、彼女を愛してしまっている事は変わらない。


「ほら、飲んで飲んで」


 そのあとも彼と話をしつつ、グラスを次々に空にし、気づいたら自分の召喚獣であるフェニックスに乗って空を飛んでいた。

 もちろん断片的な記憶はあるものの……


「よくたどり着けたな、俺」


 レンヴラントは目の前にある自分の家をみあげて呟いた。


 早く会いたい……


 ドロドロな中毒患者のように歩き、彼女を求めている。部屋に着いたら、なんと言って呼びつけようか、と思っていると、玄関ホールに入り目を大きくあけた。


「お帰りなさいませ、レンヴラント様」


 なぜだ?


 いつもなら、出迎えはアルバートのはずなのに、今日に限ってレティセラがここにいた。聞けばアルバートは、妻の様子を見に行っているらしい。


 まさか、アルバートのやつ……わざとか?

 そんなふうにも思ったが、彼女にいち早く会えたことへの嬉しさが勝る。まどろんだ脳内で、パチパチと気分を昂揚させる物質が分泌され始めた。


「歩けますか?」

「まあ……歩いてきた……からな」


 時々心配そうな顔で振り返る仕草が可愛い。目はずっと細くして、彼女の後ろ姿を撫でる。


 結った髪が揺れると、見え隠れする、白くて細い首筋。揺れる黒いスカートが、擦れて聞こえる微かな衣擦れ。

 その上にある細い腰。


 そのお仕着せの下には、どんなものが隠されているのか……

 俺は知りたくて、触りたくて、腕が自然と伸びていた。

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