第30話 会社員捕縛される 2

オペレーターからの報告を受けた班長が、間抜けなつらを晒して聞き返す。

「なんだって?」


思わずいて出そうになる溜息を、無理矢理 呑み込むオペレーター。

自分の報告をきちんと理解していない上司に向かって、オペレーターは姿勢を正し、再度報告し直した。


「ですから、盗まれたのは、男モノのトランクスです」

小鳥遊家のベランダを捉えた暗視カメラの映像をモニターに拡大させ、オペレーターは それを指差した。



「……なんだとぅぅ!?」


数秒遅れて、素っ頓狂な声が車内に響いた。



     ◇◆◇



その頃、黒ずくめの男は、必死でアパートの裏通りを走っていた。

後ろからは不審な男達が自分を追いかけて来る。「止まれ! 下着を渡せ!」と怒鳴りながら……


男は手に持ったトランクスを握りしめる。

『これだけは死んでも渡せない!』


必死の形相で、男は右前方の脇道に飛び込んだ。

この先の空き地に、逃走用の車両を隠しているのだ。

そこまで辿りつければ……


シャァァアァ


「うわぁぁぁあ! 化け物ぉ」


目的地であった空き地。

そこにあった光景を眼にした瞬間、男は自分が逃走中である事すら忘れ、思わず悲鳴をあげてしまう。


男が飛び込んだ先の空き地には、が、仲良く鎮座して男を待ち構えていたのだ。


「よぉ、初めてまして。下着泥棒さん」


巨漢の男は、地獄の底から響いて来るような声で、黒ずくめの男に声をかける。

すぐ後ろでは、巨大な蜘蛛が、周囲の動向に、文字通り眼を光らせていた。


その様子ざまは、さながら酒呑童子と土蜘蛛。


こんな妖怪コンビに突如出くわして、恐慌をきたさない豪胆な人間は、おそらく この世にいないだろう。


あまりの出来事に、声すら渇れはてた男は、腰を抜かして しゃがみ込んだ。


「ラクネ弐式。前方の男を速やかに確保。同時に隠形の術を発動。出入り口を隠蔽しろ……いえ、して下さい。お願いします」


巨漢の男の矢継ぎ早な命令口調に「ブモ」っと抗議の声を上げ、不機嫌オーラを垂れ流す巨大な蜘蛛。


そのオーラに気圧され、口調を改めさせられる巨漢の男。

たかが虫けらごときに、人間様が敗北した瞬間であり、両者の力関係があらわになった瞬間でもあった。


シャァァアァ


不承不承ながらも、指示を了承した全長3メートルほどの巨大な蜘蛛は、黒ずくめの男に糸を巻き付けて素早く拘束すると、今度は一足飛びに空き地の出入り口まで跳躍。そのまま周囲に溶け込むように姿を消した。


光学的に その表皮を周辺の景色と同化し、擬態したのだ。


流れる様な一連の動きに、黒ずくめの男は、頑強な糸に縛り付けられたまま、呆然とするのみ。


「しばらく そのまま静かにしておいてくれ。これで彼方あちらからは、此方こちらを伺う事は出来なくなったはずだ……」


そう云って巨漢の男は、煙草を胸ポケットから取り出すと、おもむろに口に咥え、空き地に放置された資材の上に座り込んだ。


遅れてバタバタと複数の足音が近づいてくる。


「どうだ? 奴は居たか?」

「いや、此方こちらには居ない。他を探すぞ」

「いや待て、 また命令が変更された。今度は「さっさと引き揚げろ!」だと。班長は御冠おかんむりのご様子だ」


黒ずくめの男を追いかけてきた男達の声が、道を挟んだ直ぐ傍で聞こえる。

息を潜めて じっとしていると、彼らはブツブツと上司の不満を口にしながら、次第に遠のいていった。


「さて……」

辺りに静けさが戻ると、巨漢の男はライターを取り出し、口に咥えていた煙草に火をつけた。


「大人しく その下着を還して立ち去れば、この場は何も見なかった事にしてやろう。渡せ」

巨漢の男は、下着ドロに小鳥遊クンのパンツの返還を要求した。

素直に渡せば見逃すと、破格の条件を付けてまで……


「嫌です!」


しかし下着ドロは、それを一蹴。

奪ったパンツを両手で守る様に抱え、いやいやと首を振った。


「あーぁ、やっぱ嬢ちゃんの云う通りだったか……」


巨漢の男は下着ドロの態度を見て、「ま~た、面倒事に ぶち当たった」と、後頭部を掻きつつ、空を仰ぎ、さめざめとなげいた。




そして、事の起こりは、数時間前にまで遡る……

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