第23話 会社員と交渉しよう 2

「小鳥遊クンは、単純な交換条件での交渉には、なかなか乗って来ぬから大変なのじゃ。こちらの要求を通すのに、毎回苦労するのじゃ」


エンリは菓子袋を眺めながら、嬉しそうに語る。

実際、小鳥遊クンは「○○をするから××をして」と云う、子を持つ親が良くするタイプの交渉を使いたがらない。


特に両者のパワーバランスに著しい偏りがあり、物で釣ったり、ともすれば脅迫とも成りかねないような交渉は、子供の教育に害悪だと思っている節がある。


だからエンリは、これまで小鳥遊クンから「○○を買ってあげるから、××をして」と云われた経験が無い。


ただ、これは逆もまた然りで、エンリが あからさまに、魔法を対価として、脅しにも似た提案をしようものなら、その時点で交渉は、即破断となる。


基本、小鳥遊クンに脅迫交渉は通じない。

要求を通すには、必ず<<搦めて手>>が必要なのだ。


そして言葉にこそしないが、単純な脅しが通じない事を、エンリは非常に「面白い」と感じていた。


弱肉強食とは異なる、言葉による意見の摺り合わせ。

力に依らない言葉による利害関係の調整。


エンリが『交渉』と云うモノに興味を持った、きっかけでもあった。


「最初に こちらの要求をワザと拒否させてのう、次の要求を通しやすくするじゃ。言葉にすると至極簡単じゃが、いざ試すとなれば、なかなかに難しいものじゃった」


エンリは、お菓子購入の約束を小鳥遊クンからぎ取った時の事を思い出し、相好を崩す。


「子供の癖に、交渉術……過大Door In要求法The Faceを意図的に使用するのですか? 呆れるべきか感心するべきか……」


イケメンエリートは、戸惑いを隠せない表情で目の前の幼女を見つめる。

正直、彼女は見た目と言動が、まったくもって一致しない。

早熟にしても程がある。


『彼女は何者だ?』

ここに来て、ようやくエンリの異質さに気付くイケメンエリート。


これまで、つぶさに小鳥遊家を観察していた彼なら、その片鱗に気付く機会は幾らでもあったはずなのに、結局彼の目には、小鳥遊クン以外は見えていなかった訳だ。


そんな彼を鼻で笑うエンリ。


「正確には過大Door In要求法The Faceと交換条件交渉の合わせ技じゃのう。最初に、無理難題を断らせ、次に小鳥遊クンが本当に望む案を、譲歩案として提示する事で、なかば強制的にYesと云わすのじゃ。そして、その案件に交換条件を付け加える事で、ほれ、この様に見事に菓子をゲット出来た訳じゃ」


お菓子を獲得する為の交渉の場において、最初にエンリが提案したのは『暴走族の壊滅』だった。当然、小鳥遊クンは、それを全力で拒否する。

次に出された提案は『暴走族の放置』。当然、小鳥遊クンは、その提案に飛びついた。


だが、そこには罠が仕掛けられていて、『暴走族の放置』と『お菓子購入』は、セット案件になっていた。


暴走族の放置を望んだ手前、お菓子購入を断りにくい雰囲気が、その場に形成され、結果としてエンリは、見事に小鳥遊クンから お菓子を勝ち取った。


「小鳥遊クンは頑固じゃからのう。きちんと手順を踏んで、心理的な抵抗を下げてからでないと、こちらの要求を呑ます事が出来ぬのじゃ」


やれやれと云うジェスチャーを取るエンリに対し、ぐうの音も出ないイケメンエリート。

どう云った交渉が行われたのか、その詳細は判らずとも、エンリの口から語られる内容から、目の前の餓鬼が非常に高度な交渉術を駆使した事は伺い知れる。


そして、それによって勝ち得た結果に、彼女が自負心を持っている事も感じ取れた。


「他人から与えられる棚すべての菓子より、自ら勝ち得た両手いっぱいの菓子の方に価値を感じるって事ですか……」

「然り。そして道理なのじゃ!」


エンリは得意満面の顔を、イケメンエリートに向ける。

そして、ほんの数秒。辺りを沈黙が支配した。


「……さて、本当にそうでしょうか?」

「なんじゃと?」


イケメンエリートは、これでも大手商社勤務の営業成績トップ。

交渉事において、このまま幼子に主導権イニシアチブを取られっぱなしでは、立つ瀬がない。

彼の本格的な反撃が始まった。

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