第2話 ロリコン疑惑を回避せよ!2

「子供は、……好きです」

「そうか!」


絞り出す様な小鳥遊たかなしクンの答えに、部長は満面の笑みを浮かべる。

正直云って怖い。


<阿修羅の微笑み>と、すこぶる評判の悪い部長の笑顔だが、本人はこれで菩薩の様な笑みだと思っているフシがある。


「なら、小さな女の子はどうかね?」

「見ていると心がほっこりしてきます」

「そうか、そうか」


部長の笑みが増々深まる。

ロリコン疑惑を晴らす必要がある場で、小鳥遊クンは殊更、子供好きをアピールして見せた。


一見、悪手にも思える回答だ。

しかし小鳥遊クンは、ここで「子供なんかに興味がありません」とは云えなかった。

そう、絶対に。


小鳥遊クンが勤める部署は、厚生省の中でも、いわゆる出産と育児に関わる部署。

つまり子供好きでないと務まらない。


例えば、保育士に「子供、好きですか?」と聞いて「いいえ」と答えるだろうか?

この場合「はい」と答えるのがデフォ。むしろ「いいえ」ならば人事不適か、別の<何か>を疑わなければならない。


小鳥遊クンには、そんな疑惑を招く答えを返す度胸は無かった。

しかし、だからと云って、このままズルズル子供好きをアピールし続ける事もリスクが高い。


相手がこちらを嵌めようとしている可能性だってあるのだ。


『くそ!流れが悪い』


もっと直接的に、「お前、幼女に性的興奮を覚えるタイプか?」と聞いてくれれば、全力で「いいえ!そんな変態の訳がありません」と答えられるものを…

小鳥遊クンはゴリマッチョ部長の質問の仕方を呪った。


向けられる質問が「子供、好きか?」では、ロリコン疑惑を否定しようがないのだ。


忸怩たる思いを抱えながら、小鳥遊クンが次の質問を待っていると、おもむろに部長は、胸ポケットから一枚の写真を取り出した。


「この子なんだが、どう思うかね?」


写真に写っていたのは、小学校上がりたてとおぼしき、非常に可愛らしい女の子だった。


『誰?』


予想外の事態に小鳥遊クンは困惑する。

一瞬「例の事件の被害者なのかな?」と云う考えが頭をよぎったが、直ぐに、その考えを否定する。


幾ら、アイツが最低の小児性愛ペド野郎だったとしても、小学生なりたての子供に欲情するはずがない。

アイツの守備範囲は、少なくとも中学生以上のはず。


当然の事ではあるが、ニュースでは、被害者に関して、未成年者であると云う事以外は、一切触れられていない。


この ご時世、未成年者の個人情報は、そうそう簡単には流出しないし、今回の事件に関しても、被害者の年齢や性別など、一切の情報が非公開とされている。


だから犯人を良く知る小鳥遊クンにしても、推測以上の事はできないのだが、少なくともアイツが、小学校の低学年の女児に手を出す鬼畜だとは、どうしても思えなかった。


『じゃあ、誰?』と、小鳥遊クンは再度首を傾げた。写真を提示する部長の意図が読み取れないのだ。


とは云え、この場で長考するような余裕はない。

ひとまず、ここは無難に「さぁ? そこらにいる普通のお嬢さんですよね?」とでも云って急場を凌ぐか…


そう考えた その時だった。


<<部長の娘さん。今年6歳になるそうよ>>


口を開きかけた小鳥遊クンの頭に、突如、天啓が降りてきた。

確か、この前の飲み会で、部の重鎮たるお局様が、そうおっしゃられておりました!


改めて写真を見直せば、可愛さの中に、どことなくが漂う立ち姿。

これは間違いなく部長の遺伝子が成せる御業に他ならない。


情報提供ありがとー!お局様ぁ

小鳥遊クンは精一杯の感謝を心の中で捧げた。


「とっても可愛いですね。出来るなら、娘に欲しいくらいです。」

満面の笑み……いや、ドヤ顔で小鳥遊クンは答える。


部長は あの顔で典型的なマイホームパパなのだ。

美人の嫁さんと娘さんを珠玉の如く大事にしていると、内閣調査室顔負けの情報収取能力を持つ、我が部署のお局様は、そう仰られておりました。


そして、定期的に行われている部長連部長級飲み会でも、娘の自慢合戦で毎度毎度、血の雨が降っていると……


これは、所謂おっさん病「娘自慢」に違いない。

でなければ、幼女の写真を胸ポケットに入れて持ち歩く理由がない。部長が真性の小児性愛ペド野郎でもない限り。


つまり部長の歓心を買う為には、ここで娘さんを大プッシュしておくのが吉。

無関心、まして貶すなどの回答は、もっての他だ。そう、自分の人事査定的に。


「ご両親の教育が行き届いているからでしょうか? とても利発そうな子ですね」

「なかなかに目が高いな」


小鳥遊クンの過分な賛辞の言葉を受け、部長の微笑みはMAXにまで高まった。

どうやら自分は選択肢を間違えなかったようだと、小鳥遊クンは心の中でガッツポーズをとる。


「確か、君は まだ独身だったね?」

「はい」


小鳥遊クンは今年で36になるが、彼女はいない。

前の彼女に捨てられてから、少なくとも5年は女っ気のない生活を送っている。

そんな彼を、今年定年を迎えるお局様が狙っている事は、この部署では公然の秘密であった。


「実は古巣の上役から、子供好きで信の置ける人材はいないかと云われてな」

「…はい?」


どうも話が妙な方向へと転がり出した事を小鳥遊クンは自覚する。


「君の歳だと、来年からは独身税も大幅に上がる」

「14%は暴利ですよね…」


少子化、晩婚化対策の為に導入された独身税は、25歳から4年ごとに税率が上がっていく。しかし、この流れって…


「それで良い話があってな。受ける気はないだろうか?」


ゴリマッチョ部長の この一言で、小鳥遊クンは確信した。

そう、「これは見合い話である!」と。


部長が仲人で、古巣の上役と云う事は、防衛庁のキャリア官僚の娘さんが、お相手か?

そして、相手に求める条件が「子供好き」だなんて、家庭的な子に違いない。


「ぜひ、お願いします!」

小鳥遊クンは部長の言葉に飛びついた。

上手く話がまとまれば、自分の将来は安泰だ。


「では、この書類に必要事項を書きたまえ」

「はい!」


喜び勇んで小鳥遊クンは書類を手に取った。

……えゅ?


「養子縁組届?」


裏をひっくり返して確認してみるも、身上書とも釣書とも書かれていない。

しかもご丁寧に、必要記入事項の空欄は全て埋まっており、後は押印のみで完成する状態だ。

仕事柄、非常に見慣れた書類がそこには あった。


「ああ、それとコレにもだ」


ついでとばかりに渡された書類には、でかでかと【極秘】と云う文字が、現職総理大臣の署名と共に捺印されていた。


なぜだろう? 羽の様に軽い二枚の書類の重みに、両腕がプルプルと震える。


「守秘義務契約書?」


絞り出す様に発した小鳥遊クンの呟きに、部長は無言の笑顔で答える。

肝が冷え、全身が警鐘を鳴らす。


「小鳥遊クン。詳しい事は向こうで話そうか」


これはヤバイ案件に巻き込まれたと、小鳥遊クンはその時、本当の意味で自覚したのだった。

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